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「由樹奈ちゃん……」 「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」由樹奈は唐突に切り出した。 「なに、急に」 「その前にさ」由樹奈は良秀の体越しに部屋の中を覗き込んだ。「中に辰郎いないよね?」 「え、いないけど」 「そっか……」 「聞きたいことってなに?」 「あんたさあ」由樹奈は背中を丸めパーカーのポケットに両手を突っ込んだ。「ここ寒いんだけど、中にどうぞとかないわけ?」 「ああ」そういえばだいぶ冷たい風が入ってくる。「中にどうぞ」 「最初から言えよ」  由樹奈は靴を脱ぐと良秀の横を通り越し、さっさと中に入っていった。  ふわりといい匂いが漂った。由樹奈はいつも香りを振りまく。いい匂いではあるのだが、少しキツい。もう少し穏やかならもっといいのにと思う。  由樹奈は部屋に上がり込むと勝手にもう一つのクッションに腰を下ろした。良秀は温かいお茶ではなく、冷蔵庫から冷えたビールを持ってきて由樹奈に差し出した。 「サンキュー」  缶を受け取った由樹奈はさっそくプルタブを引き、一気に仰いだ。  クッションを由樹奈に取られた良秀は、仕方なくフローリングの上に直に座った。 「それで何? わざわざこんな所まで」  由樹奈は缶を乱暴に置いた。「辰郎がなんか変なんだけど」  いきなりそう言われて良秀は返答に困った。 「あんた何か知ってる?」由樹奈がにじり寄ってきた。 「そう言われても……」  変と言えばこっちだって十分おかしなことになっている。だが言われてみればあの日以来、辰郎から何の連絡もない。確かにちょっとおかしい。卵のことは忘れてしまったのだろうか。  良秀は考えながら視線を下に逸らした。デニムのショートパンツから形の良い生足が伸びている。太ももからふくらはぎ、足首まで、全てに張りがあって柔らかそうだった。 「ちょっと、聞いてるの!」 「聞いてる」良秀はびくりと目を上げた。「いや、知らない。この数日メールもないし。由樹奈ちゃんにもないの?」 「ないから聞いてんのよ」 「由樹奈ちゃんから連絡してみたら?」 「したに決まってるでしょ。部屋に行っても留守だしさ」  こう見えて彼氏が心配なのだろうか。 「ねえ」由樹奈は訝しむように良秀を見た。「あんたたちさあ、この前ひと仕事したんでしょ?」  あの空き巣の件だ。良秀は頷いた。すると由樹奈は急に意地の悪そうな笑みを浮かべた。 「で、どうだったのさ?」 「どうって……」 「辰郎から聞いてるんだから。金持ちのバアさんの家なんでしょ。タンスに現金をしこたま隠し持ってるって。それでいくらあった?」 「何もなかったよ。手ぶらで帰ってきたんだから。それに年寄りじゃなくて若い女の人だって言ってたよ」 「若い女?」由樹奈が鼻に皺を寄せた。  やってしまったと良秀は思った。 「婆さんじゃないの?」 「あ、どうかな。僕はビビってたから聞き間違えたかも」 「あんたがビビリなのは知ってるよ」  良秀は黙り込んだ。もちろん卵のことは言う気はない。 「どうも怪しいな。ひょっとしてあいつ、儲けを独り占めしてトンズラしたんじゃねえか」 「そんなことはないと思うけど」 「言っとくけど私には分け前をもらう権利があるからね、あいつの彼女として」  心配してたのはそれか。 「でも本当に空っぽの部屋だったよ」 「空っぽねぇ」由樹奈は今ひとつ納得できない様子だった。 「僕に聞きたいことはそれだけ?」良秀は視界の端に映るクローゼットを気にしながら言った。 「早く帰れって言ってるわけ?」 「そういう訳じゃないけど」  由樹奈は足を伸ばし爪先で良秀の膝をつついた。 「ねえ、今夜泊めてよ」 「ええっ」  苦いものでも噛んだような顔をする良秀に対し、由樹奈は大きな声で笑った。 「嘘だよ、バーカ」 「そんな言い方……」 「っていうか、あたしを断るってどういうことよ。身の程を知れよ」  そう言ってまた笑うと、由樹奈はビールをもう一本要求した。 「どうぞ」良秀は新しいビールを手渡した。 「悪いね、ヨッシー」由樹奈はご機嫌な顔でその缶を受け取った。 「別にいいよ」 「なあ、あんたいい奴だからさ、女の子を紹介してやるよ」 「いいよ」 「丁度いいのがいるんだよ」 「失礼だよそれ」 「顔は10点中6点。性格は3点」 「どう受け止めればいいのか分からないよ」 「いいからいいから、楽しみにしてな」 「むしろ不安だよ」  三本目を飲み終えたところでようやく由樹奈は帰っていった。良秀はすぐにクローゼットを開けた。  彼女はクッションの上で丸くなって寝ていた。
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