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翌朝、目を覚ました良秀はまず彼女の様子を確認した。部屋の端で毛布にくるまって寝ている。それからスマホを取り辰郎の番号を押した。色々考えたが、やはり話しておくことにした。きっとまた無茶なことを言い出すだろうがやむを得ない。このまま一人で抱えているわけにはいかない。
呼び出し音が鳴る。三回。辰郎は出ない。五回。寝ているのだろうか。良秀が諦めようとした時、電話がつながった。
「あ、良秀だけど」
応答はない。
「もしもし」良秀は何度か呼びかけてみた。軽い緊張が走った。「もしも――」
「ああ」
辰郎の声が聞こえた。
「びっくりした、大丈夫?」
「何が?」
「何がって…… 昨夜、由樹奈ちゃんがうちに来たよ。すごく心配してた」
由樹奈が何を心配していたのかはともかく、間違ったことは言っていない。
「ああ、そう」
「平気?」
「平気だよ」辰郎は覇気のない声で言った。
「そうは聞こえないけど。ところで例の卵のことだけど——」
「なあ」辰郎は良秀の言葉を遮った。
「ん?」
「あの女は、誰なんだろう」
「女? 誰のこと?」
「この前入った部屋の……」
「ああ、あの部屋の住人か。そんなの知らないよ。自分で調べたんじゃないの?」
「うん……いや」
辰郎は今まで聞いたこともないような弱々しい物腰で言った。
「そうなの? だけど女の帰宅時間とか分かってたじゃん」
「見てたから」
「は?」
どういう意味? そう聞こうとした時スマホが震えた。バイト先からだった。遅れずに来るようにという内容が恐ろしい言葉で書かれていた。良秀は時計を見た。
「辰郎ごめん、バイトに行かなくちゃ。また連絡する」
辰郎の返事を待たずに電話を切ると、支度を整えてリュックを背負った。
「あのお、バイトに行きます」目を覚ました彼女に声をかけた。
彼女は這うようにして近づいてくると、下から良秀を見上げた。
「帰りは夜になりますけど、部屋から出ないでください」
彼女が頷いたように見えたのは気のせいだったかもしれない。
「寒くないように毛布を掛けてください。お腹はすいてますか?」
そう言った途端、良秀はベランダで見た光景を思い出した。
「のどがかわいた」彼女が言った。
「ああ、そうですよね」食べ物を要求されたらどうしようと思っていた良秀はホッとした。「ちょっと待ってて」
キッチンに走り冷蔵庫を覗いた。そして彼女の前にミネラルウォーターと牛乳パック、それにグラスを置いた。
「これしかないんですが、自分で飲めますか?」
「ありがとう」
「それじゃあ行ってきます」
玄関を出るとき部屋の奥を見た。彼女はクッションに横座りをしたまま、良秀の並べた飲み物をじっと見つめていた。
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