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その日も閉店まで働いた。帰ってくると彼女は膝を抱えて寝ていた。ペットボトルも牛乳パックも空だった。傍らに立ち見下ろしていると彼女が目を覚ました。大きな黒い目が良秀を見た。良秀の心臓が波打った。
「起こしてごめん」
彼女の大きな口が薄く開いた。わずかに見える口の中は毒々しいほど赤く、真っ白な顔に長い紅を引いたようだった。
「おなかがすいた」
その赤い口から綺麗な声が聞こえた。
「じゃあご飯でも。何食べる?」
とは言ってもここにはカップラーメンくらいしかない。食べるだろうか?
すると彼女は立ち上がった。その姿に良秀は驚いた。昨夜より随分大きくなっている。小柄な高校生といったところだ。
彼女は良秀の前を横切り、玄関に向かった。
「ちょっと!」
思わず彼女の腕を取った。
「外に出たら駄目だよ」
彼女は振り向いて首を斜めにした。「おなかがすいた」
「それは分かったけど」
良秀は彼女の腕を握ったまま考えた。飲食店に連れて行くわけにはいかない。コンビニで何か買ってこようか。何がいいだろう。唐揚げ弁当とか? いや、女性だからパスタがいいかな。
あれこれ思い悩んでると、彼女の腕を握っていた手が突然強烈な力で引っ張られた。あまりの力の強さに良秀はバランスを崩しながら手を離した。
「うそっ」
彼女は再び歩き出しただけだ。それなのに今の力はどういうことだ。まるでウインチで巻き上げられたような感じがした。
「お願い待って。一緒に行くからちょっと止まって」彼女の背中に向かって言った。
彼女はピタリと止まった。良秀は部屋に戻ると、衣装ケースの中からスウェットの上下と古いウインドブレーカーを出した。
「これを着て」
そう言ったが彼女は動かなかった。良秀はビクビクしながら彼女に近づき服を着せてやった。裾と袖を何重にも折り返し、顔にはフードを被せた。
「これでいいか」
良秀は彼女を連れて外に出た。
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