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4.

 辰郎はあの部屋の前に立っていた。  陽はとっくに沈み、通路に並んだ外灯が足元をぼんやり照らしている。  もうすぐ女が帰ってくる頃だ。  辰郎は唾を飲み込んだ  ここへ何をしに来たのか自分でもよく分からない。ただあれ以来、もう一度この部屋に入りたいという衝動だけが膨らみ続けていた。  辰郎は電子ロックに触れた。メモを見なくても暗証番号は覚えている。  そのとき静かに玄関が開いた。辰郎はびくりと手を引いた。  ドアの向こうにあの女がいた。  真夜中、良秀は由樹奈に指示された場所にやってきた。雑居ビルの裏手にある小さな駐車場で、ナビがなければとても見つからなかっただろう。  横には彼女もいる。歩くには遠かったので自転車の後ろに乗せてきた。出発する時「ちゃんと掴まっててね」と言うと、彼女は腰に回した腕に力を入れた。さすがに力の加減は心得ているようだった。時間があったので少し遠回りをしながら深夜のサイクリングを楽しんだ。三人を食べたあと彼女の腹はまた少し大きくなっていて、走っている間ずっと背中に妙な感触があった。  ほどなくして由樹奈がやってきた。他に女を二人連れている。 「おまた!」由樹奈が手を上げた。 「うん」 「なんだ、元気ねえな」 「そんなことないけど」良秀はちらりと後ろの二人を見た。 「あいつらあたしの友達」  由樹奈は二人を親指で指した。友達二人は明らかに機嫌が悪そうだった。 「よお」由樹奈が呼ぶと二人は気怠そうに近づいてきた。「こいつヨッシー」 「なんなのこいつ」女の一人が鼻に皺を寄せた。 「この男なんか気持ち悪くない?」  二人は汚いものを見るような目で良秀を見た。 「で、何なんだよおいしい話って。こんな時間に呼び出して、まさかこいつのことじゃないだろうな」 「そうだったらマジで許さねえからな」  いきなり文句を言い出した二人に由樹奈はにやりと笑った。良秀はその表情にゾッとした。 「なに笑ってんだよ」 「ヨッシーは関係ないんだよ」由樹奈はニヤけたまま言った。 「じゃあなんだよ」  二人の友人は由樹奈を挟むようにして立った。 「呼び出したのは他でもない。お前たちに聞きたいことがあるんだよ」由樹奈は二人を交互に指さした。 「おまえ、頭でも打ったのか?」 「いいから聞け」由樹奈の顔から笑いが消えた。「お前ら、影であたしのことボロカスに言ってるだろ」  二人は顔を見合わせた。 「由樹奈、いい病院を紹介してやろうか」 「うるせえ!」  由樹奈は女の頬を叩いた。叩かれた女は髪を揺らしながらよろけた。 「てめえ何すんだ!」もう一人の女が由樹奈の腕を掴んだ。  由樹奈はその腕を振りほどき、叫んだ。 「全部分かってんだよ! てめえらのお陰でなあ、こっちはクビになったんだよ」 「マジ?」女はさも可笑しそうに言った。「笑える、クビだって。聞いた?」 「ざまあみろだ、バカ」叩かれた女が頬に手を当てながら言った。 「てめえらのせいだろうが」 「それは濡れ衣ってやつでしょ。あんたの噂話くらいはしたかも知れないけど」 「噂話だあ? デタラメばっか撒き散らしやがって」 「デタラメだっていいじゃん。お前みたいなクズが話題の中心になれたんだ、感謝しろよ」 「誰がクズだって?」由樹奈が猛る犬のように歯を剥いた。  良秀は間に入ることもできずオロオロするばかりだった。 「本当のことだろうがよ。自分の周りを見てみろよ。クズ女の周りにはクズ男しか集まらねえ」 「そのクズ男と寝たのは誰なんだよ」由樹奈は叩いた女を睨みつけた。 「ああ、あの男ね。『由樹奈がしつこくて鬱陶しいんだよお』って嘆いたぞ」  女は大げさに表情を作りながら言った。  由樹奈の拳が震えた。 「由樹奈ちゃん」良秀が由樹奈の肩に手を添えた。  すると由樹奈は拳を緩め、代わりにクスクスと笑い出した。  友人二人は面食らったような顔をした。 「おい良秀」由樹奈が言った。 「え?」 「あいつを連れてこい」
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