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「あいつって……」
「お前の『従姉妹』だよ」
ようやく由樹奈の目的が分かった。
「い、嫌だよ」
由樹奈は蛇のような目で良秀を見た。そして良秀の影にいる彼女の腕を取った。
「やめてよ!」
すがりつく良秀を突き飛ばすと、由樹奈は二人の前に彼女を引っ張っていった。
「食え!」由樹奈が怒鳴った。
「はあ?」二人は同時に呆れた声を出した
「さあ、食えよ!」
由樹奈はさらに大きな声で言った。しかし彼女は動かなかった。
「何してんだよ、さっさとこいつらを食うんだよ!」
女二人はとうとう笑い始めた。
「由樹奈ちゃん、やめてってば」良秀は泣き出しそうな声で言った。
「おい、そいつはなんだ」
「由樹奈の子供か?」そう言って片方の女が彼女の前に歩み出た。「ちょっと顔見せてみな」
「やめろ!」良秀が悲鳴をあげた。
女が彼女のフードを払いのけた。
彼女の白い顔と大きな目が現れ、女が息を飲む声が聞こえた。
「びっくりした。これ被り物だよな?」
「彼女から離れろ」
良秀が女の体を強く押した。
横からもう一人が良秀に向かって拳を振り上げた。「お前さっきから気持ち悪いんだよ」
そのとき、彼女がもの凄い速さで女の背中に飛びつき、後から頭を食いちぎった。首の断面から滝のような血が溢れ出し、女は拳を掲げたまま前に倒れた。
「ひっ!」
残された女は小さく喉を鳴らしその場から逃げ出そうと背中を向けた。だが後ろ髪を由樹奈に掴まれ、その場に引き倒された。由樹奈は髪を手に巻きつけると女を彼女の前まで引きずっていった。
「じたばたすんじゃねえよ」由樹奈が言った。
「てめえ由樹奈、分かってんだろうな!」
由樹奈は女の頭を断頭台に乗せるようにして彼女に差し出しだ
大きく開いた彼女の口が女の頭に覆いかぶさった。
「ざまあみろ」由樹奈は子供のようにはしゃいだ。「食われてやがんの。笑えるんですけど」
良秀はうつむいて首を振った。
しばらくして食事は終わった。由樹奈はまだ浮かれている。
良秀は彼女のところへ行くと、袖で顔の血を拭ってやった。
「食べ終わったみたいだし帰ろうか」
フードを元に戻し彼女の手を取った。
「帰ったらまず洗濯だね」
自転車のチェーンロックを外し彼女を後ろに乗せようとした時、良秀は突然後頭部を殴られた。軽い脳震盪を起こし膝をつくと、その髪の毛を由樹奈が鷲掴みにした。
「いいか聞け。この子はあたしがもらうからな」
手を振り解こうしたが、興奮している由樹奈は想像以上の力で髪を捻じ上げてきた。
「あたしの言うことを聞くいい子」
「由樹奈ちゃん、だめ――」
「さあ、お前も食われちまいな。せいぜい腹の中であいつらと仲良くしてこい」
由樹奈は良秀の頭を彼女に突き出した。
「だめだ」良秀は呻くように言った。
すると由樹奈の手が離れた。髪がふっと軽くなり、代わりに生暖かい物が頭の上に落ちてきた。
見上げると、そこには首の無い由樹奈の姿があった。
彼女はまたしても三人分を綺麗に食べ尽くした。今度こそ食事を終えた彼女は、黒い目に外灯の明かりを宿しながら良秀を見た。由樹奈の血を浴びた良秀は、同じく顔中を真っ赤に染めた彼女に言った。
「さ、うちに帰ろう」
ことを終えた辰郎は体を起こしベッドに腰をかけた。そうして荒い息を整えた。これまで感じたことのない、まるで現実味のない感覚が皮膚に残っている。
タバコが欲しくなった辰郎は足元に脱ぎ捨てたままのジーンズを拾い上げ、ポケットをまさぐった。
後ろで女がゆっくり体を起こすのが分かった。
シャワーでも浴びるのか。まあいいだろう。だが夜はまだ長い。
しかし女はそれ以上動く気配がなかった。不思議に思った辰郎はタバコを口に咥えながら肩越しに女を振り返った。
半開きになった辰郎の口からタバコが落ちた。
最後に見たものが何だったのか。それを理解することは永遠にできなくなった。
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