梶山くんと私。

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「ねえ。君、可愛いね。名前なんて言うの?」  うわ、初めてナンパされた。  本当に、こんなこと言うんだ。 「え?まさか、楢島(ならしま)さん?」  ナンパ男は私の名前を知っていた。  知り合い?  よく見たら、知っている人に似ていた。  あ、でもメガネかけてないし、髪色違うし。  でももしかして。 「もしかして、梶山くん?」  驚くべきことに、ナンパ男は高校時代の同級生の梶山(かじやま)数人(かずと)だった。  いつも一人で本ばっかり読んでいて、もさっとした黒髪の眼鏡の少年。  それが、イヤリングにネックレス、刺青のチャラ男になっているなんて?! 「えっと、楢島(ならしま)さん。随分印象違うね?」  梶山くんの話し方は変わっていなくて、さっきのナンパ男のセリフは本当に彼の口から出たのかと疑いたくなるくらいだった。 「まあ、そっちも、随分と」 「頑張ったんだ。でも全然彼女できないけど」 「え、彼女を探しているの?」 「うん。彼女を作ってデートしたい!」  梶山くんはチャラ男の外見で、無邪気な笑みを浮かべた。  こうして私たちは出会ってしまった。  なんというか、とても不思議な出会いだった。  ☆ 「それで、どうして彼女欲しいの」 「えっと、それは」  結局私たちは折角会ったのだからと一緒にお茶をすることになった。 「それより、楢島さんも眼鏡を外して、髪を染めてどうしたの?」 「か、可愛くなりたいなあって思って」  そう。  私は高校時代の頃、どさっとした黒髪を一括りにして、黒縁メガネをかけていて、まさに漫画の学級委員長のような姿をしていた。  うちの学校は進学校じゃないから、大学に進んだのは少人数。それで、私が入学した大学には誰一人知り合いがいなかった。  ずっと変わりたいと思っていた。  だから、アルバイトしてお金貯めて、コンタクトレンズを買って、髪を染めた。  ちょっと可愛くなった自分に驚いた。  それから、なんだか積極的に社交ができるようになった。 「うん。確かに、楢島(ならしま)さん、可愛くなったよね」 「あ、ありがとう」  真正面から誉められて照れてしまう。  この姿で地元の人に会ったのは初めてかもしれない。  私は地元から電車で五時間の大学に入ることになって、大学寮に入っている。なので地元の人に会う可能性はほとんどなかった。  そういや、なんで梶山くん、ここに?   「そういえば、どうして梶山くんはここにいるの?」 「誰かに癒してほしい。誰かの温かみがほしい。それで彼女が欲しいと思って、ナンパをするために」 「……もしかして、セックスが目的?」 「な、楢島さん。そんなこと平気で言うタイプだったんだ」 「いや、違うけど。なんていうか、梶山くんには言いやすいなあって」 「それって、僕のこと意識してないってこと?」 「いや、意識っていうか、うーん。私たち話したこともなかったじゃない。しかもお互い1匹狼だったし。何話しても誰にも言わなさそうだし。しかももう二度と会うこともないかもしれないし」 「なんか、色々酷いね」 「そうかな」  眼鏡を外して、髪色を変えたら、世界が変わった気がした。  同じ学部の子たちとカラオケに一緒にいったり、楽しいことがたくさんあった。高校の時はずっと一人だったし、勉強ばっかりしていたから。 「梶山くん、私がセックスしてあげようか。うまくはないかもしれないけど」 「は?え?いや、いいよ」  断られた。  めっちゃ恥ずかしい。  なんてことを口走ったんだ。私。消えてしまいたい。   「冗談だよ。冗談。まじめに答えないでよ」 「ああ、そう。冗談ね」 「梶山くんはカッコ良くなったから、きっと彼女見つかるよ。ああ、でも最初から体目的みたいにしないほうがいいかもね」 「しないよ!」 「後、避妊は忘れずに」 「し、知ってる」  梶山くんが顔を真っ赤にして、本当にチャラ男の外見と中身がそぐわない。  なんていうか姉さんとかに食べられてしまいそうだ。 「じゃあね。梶山くん」 「うん。楢島(ならしま)さんも」  私たちはそう言って店の外で別れた。  多分もう二度と会わないと思っていた。けれども二回目は突然やってきた。 「楢島さん、筆おろしさせてください」 「はあ?」  二週間後、大学の門で梶山くんが待っていた。  そして、私を見るなり、そう言った。  まあ、小さい声だったから、誰にも聞こえなかったと思う。  だけど私の驚いた声が大きく、周りに注目されてしまった。 「えっと、あっちで話そうか」  大学のそばに公園があり、そこのベンチで話すことにした。  なんでもあれから、彼女はできていないらしい。  そこで、彼は一度セックスをしたら、彼女ができやすいと思ったらしい。  あほか。 「あのさ、彼女が出来易さは、経験あるなし関係ないと思うの。彼女ができないのは、その誘い方がまずいじゃないの?突然可愛い子ちゃんとか話しかけてない?」 「あ、」 「それってちょっとキモいから。まずは女友達から作って、それから彼女に移行するのがいいと思う」 「だったら、女の子紹介してください」 「いいけど」  あまりにもおんぶ抱っこしすぎじゃないかと思ったけど、困っている様子だったし、学部でよく一緒にカラオケに行く友達たちを紹介することにした。  ただし、私がセックスについて語ったことは言わないでと釘を刺した。 「数人くん、見た目はチャラ男だけど、いい大学通ってるし、真面目なんだね」  友達と会わせた翌日、あずさがすでに彼を下の名前で読んでいることに驚いた。 「紹介してくれて、ありがとう」  なんか、妙な気分なんだけど、まあ、うまくいきそうでよかったかな。    その後二人はお付き合いを始めた。   「数人くんったらね。ホテルに行くのも初めてだって」 「あ、そう」  そういうシモの話は聞きたくないなあ。  友達同士ってこういう事も話すんだ。 「それでね」 「あずさ。ごめん。ちょっとこの後に用事があって」  それ以上聞かされたくなくて、話そうとする彼女を遮った。少し不機嫌そうな顔をしたが、知らない。そんなシモの話は聞きたくない。他の人に話せ。  友達って面倒。  なぜか、あずさが梶山くんと付き合うようになって、あずさと会うのも面倒になってしまった。  彼女とは同じ学部でとっている単位も被っているものが多い。  出なくて良さそうなものはバイトを入れて、講義をスキップしてしまった。  会ってしまった時も、避けてしまう。  ダメだと思ってるけど、梶山くんとのアレコレの話を聞かされるのはごめんだと思った。 「智恵子」  ある日、強引にあずさに呼び止められた。 「避けるの、やめてくれない?」 「避けてる?私が?」 「そうでしょ?私が数人くんと付き合ってから」 「違うよ。気のせいだよ」  気のせいじゃない。  だって、梶山くんの話を聞かされるのが嫌だったから。 「あのさあ。数人くんが好きだったら、好きって先に言ってくれたよかったのに」 「そんなんじゃない。ありえないよ」 「じゃあさあ、なんで避けるの?」 「それは、だって、そういう話を聞きたくないもの」 「別に他の話もするでしょ?」  そうだけど。 「智恵子。なんか私が二人の間に入って邪魔しているみたいで嫌な気持ちになるのよ。ちょっと数人くんと二人きりで話してよ」 「え?私が」 「そう。数人くんが好きじゃないなら、そう彼に直接言ってよ」 「は?どうして」 「数人くん、ずっと上の空で、いらいらするのよ。で、智恵子の話をすると食いつきがいいのよね?あの日だって、なんていうか、馬鹿な話を聞かされて、雰囲気もへったくれもなくて、できなかったし」 「あの日、え?」 「あんた、数人くんにセックス教えてあげようとしたんでしょ?」 「ひゃ。なんでそれを。梶山くんが話したの?」 「うん。いい雰囲気ぶち壊しよ」 「か、梶山あああ!」 「智恵子。そこ、怒るところじゃないから。っていうか、私が怒ってるの。なんかお互いが好きなのに、気がついてなくて、馬鹿みたいじゃない。私が」 「あずさ……」  私が梶山くんと好きなんて、わからない。  ただ彼が別の人と親しげに話していると思ったら、嫌な気持ちになって。あずさがそれを嬉しそうに話すから、また嫌な気持ちになって。しかもホテルに行くっていうし。私が誘った時は断ったのに。 「ああ、もう。なんていうか道化?ピエロ?当て馬?そういう役目は御免です。だから、智恵子。数人くんと話しなさい」 「え、でも」 「うだうだ言わない。私がセッティングするから、絶対に会ってよね」  あずさはそう言うと、教室へ消えていった。 「梶山くんか」  高校生の時は単なる同級生。今は友達なのかすら微妙なのに。  そんな彼を私が好き?  ありえないから。  あずさの気のせい。  そう思って、梶山くんには会いたくなかったけど、あずさが時間と場所を決めてしまって、いかざる得なかった。  しかも二人っきり。  気が重い。  その日がやってきて、私は重い足を引き摺ってカフェに入った。   「梶山くん?」  久々にあった梶山くんはチャラ男ルッキングじゃなくて、眼鏡をつけていた。髪も黒かったけど、もさっとはしていない。  好青年スタイルだった。 「久々だね」 「うん」  梶山くんの前の席に私が座ると、メニューを差し出してきた。 「何飲む?」 「ああ、じゃあ、烏龍茶で」 「烏龍茶?わかった。頼むね」  梶山くんは店員を呼ぶと飲み物を注文した。 「なんか、悪かったわね。あずさに無理やり来るように言われたんでしょ」 「うん、そうだけど……」  梶山くんはそう言って黙ってしまった。  沈黙が訪れ、緊張してしまって、慌てて口を開く。 「あ、髪色を戻したんだね。眼鏡も」 「うん。金色はやっぱり落ち着かなくて。コンタクトも頭痛がするし。楢島(ならしま)さん、目が痛くならない?」 「うん、なる。だけど、眼鏡かけてないほうがマシに見えるでしょ?だからコンタクトしている」 「まし?」 「ほら、私美人じゃないし、まあ、ブスってほどでもないけど、いや、ブスか。眼鏡かけたら、ブス顔になるでしょ?だから、嫌なの」 「そんなことないけど。楢島さんは眼鏡をかけても、かけなくても楢島さんだよ」 「あ、ありがとう」  手が触れるくらいの距離、眼鏡越しに優しく見られて、なんだかよくわかんない気持ちになった。  嬉しいのは確か。 「楢島(ならしま)さん、やっぱりあずささんとは付き合えないと思う」 「え?なんで?」 「一緒にいて楽しいけど、むらむらしたりしないし、抱きしめたいとか思わないし」 「え、でも楽しいんでしょ?」 「うん。でも恋人同士って、そういう気持ちになるもんなんでしょ?」 「う〜ん。どうなのかな」  聞かれてもわからないよ。  私は彼氏がいたことがない。 「でさ、楢島さんと一緒にいると、そういう気持ちになるんだ。どう思う?」 「いや、どう思うって言われて」  めちゃくちゃドキドキするんだけど。  最悪だ。あずさの彼氏なのに。   「あざささんの言うとおりだった。楢島さん、また会ってくれる?」 「う、うん」  その日はそれだけで、烏龍茶を飲んで雑談してお開きになった。  ☆ 「智恵子。数人くんと別れてやったわ。感謝して」 「え、嘘。私のせい?」 「私のせい、か。自覚はあるんだ。ほーんと、もう二度と同性から男の子を紹介してもらうはやめとくわ」 「ごめん。全然知らなくて」 「そうだろうね。わかってるよ。ただ、ムカついたの!こんな色っぽい美女を前にして、別の女の話をするなんてあり得ないし、もう!」 「ごめん」 「はー!すっきりした。とりあえず、彼はフリーよ。ちゃんと会ってきなさい。そして私とはまた友達ね。避けないで」 「うん。本当にごめん」  私の気持ちが好きか、なんてわからない。  だけど、あずさを避けてしまったり、やっぱりそうなんだと思う。 「楢島(ならしま)さん」  三日後、私は梶山くんと再び会った。 「梶山くん、あの」 「あ、僕に言わせて。楢島さん、多分、僕は君のことが好きだと思うんだ。むらむらするし。そう言うことしたいって思うし。だから付き合ってください」 「………」  これ、本当に好きなのかな?  やりたいだけ? 「ん?楢島さん?」 「一つ質問があります。梶山くんは、私とセックスしたいだけですか?」 「そ、そうじゃないよ。一緒にいたいと思ってる。あずささんと話すもの楽しかったけど、楢島さんと話すとなんていうか安心するんだ。一緒にいて癒される。触りたい、抱きしめたい」  う?やっぱりそういうこと? 「楢島さん。付き合って。だって最初にあった時、しようって誘ってくれたよね?」 「覚えてたんだ」 「うん」 「だけど断った」 「だって、あの時会ったばっかりだったし、いきなりっていうのも」 「確かに。私も唐突だったよね」 「そうだよ。びっくりしたから」 「私も自分で言ってびっくりして恥ずかしかった。本当、わからない。あの時の自分が」 「きっと、その時から、楢島さんはきっと僕のことを好きだったんだよ」 「はあ?」 「だって嫌いだったら誘わないでしょ?」 「確かにそうだけど」 「うん。楢島さん。やっぱり付き合おう」 「う、ん」  その日、私と梶山くんはお付き合いをすることになった。  彼と付き合って、私も無理にコンタクトレンズを付けるのをやめて、頭痛の頻度が減った。眼鏡をかけても周りの反応は変わらない。  それはそうだよね。  自意識過剰だった。  梶山くんの念願のセックス。彼は念願なんかじゃないって言ってるけど、絶地にそうだったと思う。  痛かった。とりあえず痛かった。  でも梶山くんが幸せそうだったので、まあよしとする。 (おしまい)  
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