吸血公と久遠の蜜月

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「暫く、他人から血を飲むのは禁止だ。おれが用意したものを雛鳥みたいに口を開けて待っていろ。とくに王族を面白半分に誑かすと国が傾くぞ。二度とやるな。これから吸血鬼としての人間との関わり方をきっちり教えてやる」 「でも……クロードさまだって初代王の血を飲んだんでしょう? 何百年も約束を守るくらい、美味しかったんですよね」  リュカがもごもごと抗弁する。 「あれは――別に味が良かったから服従などしたわけではない。アウグストに頼まれただけだ。……なんだ、その口は」  初代王のその名が出たとたん、リュカの唇が尖る。まるで、ふて腐れるかのように。 「別に、何でもないですけど」 「妬心か?」 「ち、違いますけど~?」  リュカは慌ててそっぽを向く。  図星だった。吸血公の逸話となると常に語られる、初代王アウグストと、今より少しだけ幼かった吸血鬼クローディアスの物語。兄であるアウグスト四世からも、国の成り立ちの一環としてその話を聞かされたことすらあった。  リュカはとうの昔に亡くなっているその相手に、はっきりと言葉にはしないものの、鬱屈した感情をずっと抱いてしまっていた。  クロードが死に別れても、数百年も約束を忠実に守る相手。さらに、自分の命が救われたことすら、その初代王の血の瞬きを受け継いでいたからなのだ。  何もかもが、敵わない。そんな思いは、クロードの血を受けて同族となった今ですら否定しきれずにリュカの胸の底に居座っている。 「なんで、嬉しそうなんですか」  リュカが恨みがましく言うと、そこでクロードは自分が笑ってしまっていることに気づく。おまえの妬くさまが可愛いからだと正直に明かすことはせず、クロードはリュカを撫でる。 「あれには恋慕など抱いておらん。兄……いや、悪友のような存在だった。  おまえが妬く必要など一つも無いぞ。まあ、長い話になる。少しずつ、教えてやろう。夜は長いからな」  不満は残っているものの、リュカは小さく頷く。  二人にはこれから、永遠に続く蜜月がある。きっと喧嘩をしたり焼き餅を焼いたり、そんな日々もあるだろう。だが、それ以上に愛おしく多幸感に満ちた日々が来たるという、確かな予感もあった。  そうして二人が頬を寄せ合い、くすぐったい触れ合いをするうち、いつしか、階下から三者三様の阿鼻叫喚に近い声が漏れ聞こえていた。リュカも気づいているようで、時折床に目をやっている。  どうやらエシュローとティアと、そしてカイルの三人がどたばたと喜劇を演じているようだった。「シティーボーイ」「眷属」「殿下」――そんな言葉が延々と繰り返されている。 「やれやれ。このまま放っておくと刃傷沙汰になりかねんな。仕方あるまい。戻るか」 「カイルさん、泣きそうになってる……」  やたらと押しの強い二人に猛烈に迫られて困惑の極みにあるカイルの悲鳴がリュカの耳にも聞こえてしまっていた。  クロードはリュカを下ろしてから、立ち上がる。  凜とした後ろ姿。金の髪と紅い目と、そして火傷の手をした、麗しい吸血鬼。  リュカがその姿を眩しそうに見上げていると、やがてクロードは振り返った。  かつてリュカを救ったその手が、再び差し出される。 「おいで。おれの、リュカ」 「――はい」  昔も、今も、これからも、全てを、あなたとともに。  万感の思いをこめて。リュカは愛しい吸血鬼の手をとった。
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