吸血公と人間の従者

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 秋の日暮れはあっという間に冷え込んでくる。  屋敷の外に出たリュカは気を取り直して早足で今日の当番――吸血公の糧として輪番で血を差し出す乙女の家へと向かう。  上着も何も引っかけずにきたものだから、風が吹くとぶるりと震えがくる。太陽は既に見えなくなっていたが、西の空はまだ明るい。リュカは身体が冷え切る前に辿り着くべく足を進めた。  吸血公の領地は王国西端、国境となる大河の中にぽっかりと浮かぶ三日月のような中州全域だった。本国から最も遠く最も小さなものだ。土地のほとんどは畑と牧草地で、野菜や穀物、乳製品などを近隣の市に持ち込んで商いをしているのが主な産業の、良く言えば穏やかな、包み隠さず言えば寂れた辺境だった。  今週の当番、ティアの家も領主の館から少し歩いたところにある。野菜を育てる農家の娘だった。  吸血公の糧当番は、その間臭いのキツい食物を避けて規則正しく生活して彼のために清らかな血を用意することが求められる。リュカだってそれくらいしているつもりなのだが、なぜだかクロードは頼み込んですらリュカの血を飲んでくれることはしない。 「……乙女の血って、そんなに美味しいのかな」  自分の手を見る。成長するにつれて次第に骨張ってきた。もう何年かすれば、永遠に少年の姿をした主を置き去って、すっかり大人の骨格になることだろう。  領内の若い娘たちは吸血公の求めに応じて首筋を差し出し、血を吸われる。できるだけ傷をつけぬよう慎重に丁重に、クロードは娘達を扱う。腹を満たした後は滋養のある食材や土産物など持たせて手厚く礼を尽くした末に家に帰らせる。  侍従として彼の身の回りの世話をするリュカは、その一連の流れをずっと見守っていることしかできない。 「ティアは……いいな」  物心つく前から知っている幼馴染の家に辿り着いたリュカは少しの逡巡をするが、職務を疎かにするつもりはなかった。 「ティア、いる? 今日はクロードさまの当番だけどどうしたの?」  呼びかけたとたん、木の扉が勢いよく開く。中から飛び出すように姿を現したのは赤毛の少女だった。 「リュカ、ちょうど良かった! ちょっときて」 「うわ、」  お下げを振り乱した少女――ティアは、リュカの手をお構いなしに握って、家の中に招き入れた。 「ティア、どうしたの……?」  勢いよく引っ張られている袖の心配をしながら先を行く少女を見やる。 「さっき帰り際の畑で見つけたの」 「何を?」 「……このひと」  そう言って物置のような小さな自室に招いたティアが示したのは―― 「おや、麗しいお坊ちゃんだ」 「!」  息を呑むリュカの前で、ティアの椅子にちょこんと座っていた人物が会釈をする。銀の髪がさらりと肩から滑り落ちた。  黒を基調とした典雅な装いをしたその男性は、ゆっくりと顔を上げる。ぽかんとしているリュカと目が合うと、紅い瞳をして艶美に笑いかけてきた。 「……吸血鬼?」 「だよねぇ……」
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