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リュカが連れてこられたのは、館の最も奥、クロードの私室だった。蝋燭の薄明かりの中、寝台の上にぽんと落とされ、リュカはひとまず起き上がる。
「クロードさま?」
上着を乱雑に脱いだクロードは、リュカに背を向けたままだった。
「何か、怒ってらっしゃるんですか……?」
恐る恐る、リュカは主の様子を窺うが、何やらひどく機嫌が悪いということ以外は結局読み取れなかった。
「あ、ええと……遅くなりました。ただいま、戻りました。お兄様……アウグストさまのお見送りまでを無事に終えてまいりました」
「無事で何よりだ。親王殿下」
「しん、……クロードさままでそんな呼び方しないでくださいよぅ」
そこでようやく、クロードはリュカの方に向き直った。その顔にあるのが怒りでは無く、心配や嫉妬や、色々な感情が交ざった言語化しにくいものであることを確認し、リュカはひとまず安堵する。だが、けして機嫌が良いわけではないのも確かだった。
クロードはリュカの横に腰を下ろした。そして腕を伸ばしてリュカを抱き込む。こてんと転んだリュカは、主に身を委ねて目を細めた。だが、すかさずそこに固い声が降ってくる。
「説明しろ。何をやらかした」
「べ、別に何もしてませんよう……」
リュカは半べそになりながら、クロードを見送った後の王城での生活をぽつりぽつりと語った。
――戴冠式の後、リュカは『アウグスト四世の看病のためにラーヴァル公が手配した吸血鬼』という触れ込みで、実の兄である先王アウグストに付き添い、やがてその臨終にまで立ち会うこととなった。
国内に赤毛は珍しいものではないし、リュカの顔立ちも母親に似たのか、王家のものとさほど近いわけではない。
だが王城においてはいらぬ憶測を呼びかねないため、王の離れ以外にいるときは髪を隠すようにしていた。とはいえ城内には既に事情を知るものも少なくはなく、いつしか直に面識のある近衛隊などからは王弟殿下と秘密裏に呼ばれてしまうようになっていた。
その近衛隊の協力もあり、何者かに妨害されることもなく、摂政となったアウグストの政務に付き添い、身の回りを世話をしながら、リュカにとってかけがえのない穏やかな日々を過ごすことができた。
リュカは先王からたくさんの話を聞いた。父親のこと、母親のこと。そして、クロードのことも。
また新王アンリ二世とも顔を合わせる機会が増えた。和解とまではいかずとも言葉を交わす間柄くらいにはなった。今すぐにはっきりと言葉で和解を目指す必要はないと告げ、リュカは彼からただクロードへの謝罪だけを受け取った。無理にお互いの妥協点にまで歩み寄るよりは、ある程度時間を挟んだ方が良いと判断したのだ。
そうして日々を過ごすうち、近衛の、とくに窓口となってくれていたカイルなどからの信頼がいささか行き過ぎたものになってきた。切っ掛けは、王城に留まり一月ほど経って、リュカが吸血鬼としての性質を強くし始めた頃だった。
人間のための食料を必要としなくなり、昼の生命にそわそわと惹かれるようになった。牙も伸びて、ついに人間の血を必要とする時期が来たのだ。
リュカはクロードに手紙を寄越すなり一時的にでも会いに行くなりを考えたものの、結局さんざん悩んだ末、リュカはひとまず現状で一番身近なカイルに協力を求めたのだった―
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