スターリーナイト

20/32
前へ
/32ページ
次へ
   大学四年になった春。  連休を利用して実家に里帰りした時。志織が当たり前の様に一誠の実家に出入りしていることを知った母親が、夕飯時の食卓で海里に問いかけたのが全てのはじまりだった。 「一誠君と志織ちゃんは中学生の頃からずっと仲良しね。海里はどうなの?」 「何が?」 「お付き合いしている子はいないの?」  いない。それだけ言って別の話題にすり替えるべきだった。それなのに、何を血迷ったのか 「付き合ってる子はいない。でも、好きな子はいる」  そう答えた。  中学、高校、大学——気が付けば海里は一誠のことばかり目で追っていた。一緒にいるだけで幸せで、離れていると寂しかった。  この想いを伝えれば全てを失うことは分かっていた。だから、一誠への気持ちはひっそりと自分の心の内にしまっておくつもりでいた。  軽はずみに口を滑らせてしまったのは、長く続く不毛な片思いの苦しさを両親なら一緒に抱えてくれるかもしれない。そんな淡い期待からだったのかもしれない。 「好きな子……。その子はママが知っている子?」 「うん」 「誰かしら……。ここまで話したんだもの、誰なのか教えてちょうだい」 「そんなに急かしたら話してくれるものも話してくれなくなるよ」  身を乗り出した母親の肩に触れ、隣に座っている父親がやんわりと制している微笑ましい姿を横目に言葉を紡ぐ。 「一誠だよ。昔からずっと好きなんだ。これから先もずっと片思い決定だけどね」  自虐的に小さく笑みを溢しながら2人に視線を戻す。海里を見つめる両親の顔があからさまに引き攣っているのを見た時、自分の判断が間違っていたことに気が付いた。  恋をしている。永遠の片思いだ。そう話せば両親は自分に寄り添ってくれると思った。いつだって海里のことを信じ、困った時は優しく手を差し伸べてくれた両親が急に別人になってしまった。そう感じた。 「海里。一誠君を好きっていうのはお友達としてでしょう?ママはそういうことを言ってるんじゃないのよ」 「最初は友達として好きだった。でも今は友達として一誠のことを好きなわけじゃない。恋愛対象として好きなんだ。陸とはずっと友達でいたいけど、一誠とは友達のままでいたくない」  自分の想いを確かめる様に言葉を紡ぐと、父親がテーブルを強めに叩いた。いつも穏やかな父親がこんなことをするなんて初めてだった。 「そんなことありえないだろ。お前は男で一誠君も男なんだぞ」 「そうだね。でも、好きになるのに性別なんて関係ないよ。誰かを好きだって思ったのは今まで生きてきて一誠しかいない」 「男の子が好きなんて嘘でしょう?本当はちゃんと女の子が好きなのよね?ママとパパを揶揄っているんでしょう?」  すがる様な、宥める様な母親の言葉に苛立ちが募る。 「揶揄ってないよ。母さんこそなんでそんなこと言うんだよ。俺が一誠を……男を好きじゃダメなの?いつもみたいに応援してくれないの?」  海里の問いかけに答えたのは父親だった。 「ダメに決まってるだろう。お前が男を好きだなんて周りの人に知れたら恥ずかしくて外に出られなくなる。こんなふざけたことは金輪際、誰にも話すな。分かったな?」 「話さないよ。俺だって一誠への気持ちは本人にだって言うつもりなかったんだ……。でも、俺、父さんに恥ずかしいって言われる様なことしてないよ」 「恥ずかしくないと思っていることが問題なんだ。部屋に飾ってある絵もそう言う気持ちで描いたのか?穢らわしい。そんな不純な気持ちで描いた絵には何の価値もない」  実家に置きっぱなしにしていた絵は山の様にあった。一誠をモデルに描いた絵だけでなく、その全ての絵が父親の手で破られ、切り裂かれた。  部屋の床に力なく座って散乱する破片を眺めながら、これは父親を落胆させ、母親を泣かせてしまった報いなのだと自分に言い聞かせた。好きになってはいけない人を、好きになった自分がいけないのだと。  絵筆を握る度、破られ、切り裂かれた絵の無惨な光景が脳裏に浮かび、冷や汗と動悸と身体の震えに襲われる様になった。  大学を卒業した時、もう絵は描かない。一誠への気持ちも永遠に心の中に封印する。そう決めた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加