おなかが空いた!

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 蒼真と同じ水族館に入社した末緒は、運営課に配属された。  男性にしては小柄だったため、あまり力仕事の発生しない部署に割り当てられたのだ。  蒼真と違い、末緒はとにかく笑顔の素敵な人間だった。  電子化された今の時代には珍しく、入館チケットを自動発券機ではなく、スタッフの手でお客様に渡す。  その発券カウンターに、末緒は座った。  時には、カスハラまがいの要求をしてくる客もいる。  それでも末緒は、その笑顔と機転で、巧く業務をこなしていた。  そんな末緒が、たった一度だけ激怒したことがある。  ただ、相手はお客様ではなく、蒼真に対してだ。  話は、3年前に遡る。  蒼真が30歳、末緒が23歳の時だった。  発券カウンターには5つの窓口があり、その日末緒の隣には同じ新人の井上が入っていた。  土日祝より客の少ない平日ではあったが、団体利用が多く、スタッフはバタバタしていた。  その時、突然に怒声が響いたのだ。 「イルカショーは20分間ある、って書いてるだろ! パンフレットに!」  驚いて末緒が隣の窓口を見ると、井上が必死に頭を下げている。 「あの、お客様。それは、その。つまり……申し訳ございません」 「15分しか、なかったぞ! 俺は、ちゃんと時計を見てたんだからな!」 「すみません。申し訳ございません」 「県外から、2時間も運転して来たのに! 金返せ!」 「……」  粗暴な男に井上はすっかり委縮してしまい、震えている。  末緒は周りを見回したが、頼りになるチーフや主任たちは、他の接客や電話対応に追われている。  誰も、井上を助けられない状況だ。  末緒は、迷わず声を上げていた。
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