事情のある人々

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事情のある人々

 昼前。  無事アラスターに送ってもらえたカンナハは、寮までの道をゆっくり歩いていた。  アルボガストのことも聞いてみたけど、3人もあまり知らなかったな・・・。ヨハンナ曰く、30年くらい前に校内で殺人があったってことくらいしか。  まあ、それで実際に何もなければ良いんだけど。  殆どの生徒は校内にある魔方陣を目印に転移魔法を使うため、他の生徒とすれ違うことはあまり無い。  だが、今日は珍しく2人の生徒に会った。 「アグレイア、スローン」  ダーフィニと同室の生徒だ。 「あれ、カンナハ。どこか行ってたの?それとも散歩?」 「ちょっと出かけてた。2人は?」 「さっきまで自習してた。スローンに的になってもらってたの」  的・・・?雷を落とす魔法でも練習してたのかな。  私は、同時に嵐を起こして操れば複数人に雷を当てることができる。一人だけ、雷を落とすだけだと・・・まあ、想像する通り。最初に使ったときは何故か1つ目の森の方に落ちて火事を起こしかけたな。ノエル先生が急いで雨を降らせていたっけ。 「ダーフィニは?」  またうなされていたり・・・ 「ああ、見たい文献があるって、図書室に行ってるよ」 「あの感じだと、お昼またいで図書室にいるかな」  そうなんだ。  2人は少し顔を見合わせたかと思うと、意を決したようにカンナハを見た。 「ねぇ、同室の子とお昼の予定とか、ある?」 「いや、無いよ。部屋にいればみんなで食べるけど、それぞれ済ませる時は特に言い合ったりしないでそうしているし」 「そっか。ちょっと、話せる?」  うん・・・。  カンナハはアグレイア、スローンと食堂に行った。  思ったより混んでないな。 「カンナハ。外で食べたいんだけど、それでも良い?」 「うん、いいよ」  12時前後はまだ人が少ない。何故なら、殆どの生徒がまだ「もうこんな時間か。でもあともう少し」の時間だからだ。  食べるとなったら、やっぱりサンドイッチかな。  この時間でも、サンドイッチは売れ始めていた。  カンナハはまだ1つも売れていないエリアの実のサンドイッチと、野菜スープを頼んだ。 「人目のない所に行こう。いつも そうしたいときはそこで食べているの」  まあ、席が空いているのに外で食べることを提案してきた時点で、何かあるのはわかってた。  2人の言う人目のつかない所というのは、そこまで殺風景でもない、校庭や道から少し外れた場所だった。 「先に聞いておきたいんだけど、あ、食べながら聞いて?」  うん。 「カンナハはダーフィニのこと、何処まで聞いているの?」  ・・・2人はダーフィニの細かい事情を知らないんだよね。 「別に、それでダーフィニをどう思うとかじゃなくて、ただ、またダーフィニが辛そうなときに対応を頼みたいなって。返答によってはね」  そういうことなんだ。 「私とダーフィニはちょっとした共通点があって、それでダーフィニの方から話しかけてきたの。事情は大体知ってるつもりだよ」 「そっか、よかった。じゃあ、また何かあったらお願いできる?言い方悪いかもしれないけど、私たちが下手に手出しできることじゃないから」 「もちろん」  ・・・で、話はそれだけじゃないよね。 「あともう1つ・・・あ、2つ?」  スローンがアグレイアに確認する。 「うん、私も話したい」  あ、2人ともそれぞれ話したいことがあるのかな。アグレイアとは少しだけ、額の模様の話をしたよね。 「私から良い?これのこと」   「うん」 「ダーフィニもスローンも知ってるんだけど、私は移民でしょ?」  うん、そう言ってたね。 「で、もともと住んでいた家も別の国にあって、多分もう帰れないんだ」  ? 「両親もいないって、言ってたよね」 「うん。お墓も別の国」  それは・・・気の毒、なのかな。大抵は。 「私の生まれた国は、魔力持ちが殆どいなくて、宗教の信仰が強いの。それを表すのがこの模様。地域によって模様や色は違うの。あと、その年その日の縁起の良い色を使うとか」  伝統的なんだ。 「アグレイアがこっちに来たのは、その国だと魔法を学べないから?」 「学べないというか・・・最悪、殺されるから。家族が率先してそうすることもある」  ・・・。  魔法なんていう、本人でも未知なものだから、家族も巻き込まれないように必死なんだな・・・。  家族の想いはまたそれぞれだろうけど。 「この模様ね、5歳を過ぎたくらいに付けるんだけど、私が魔力持ちだってわかったのは、その後だったの。模様をつける前なら孤児院に捨てられるんだけどね」  そうなの!? 「でも、模様があるとすぐにどこの家の子かわかるから捨てようにも捨てられないの。この色はいつ生まれた子が多いとか、この模様はこの村の子とか、地方の人ほどよく知っているんだ」  一種の個人情報になっているんだ。 「魔力持ちを放っておくと何が起こるか分からないし、それで暴走でもしたら自分の子供に対する責任を放棄した罪に問われる。過去には村の建物全部崩壊して、救援に来た別の村の人も巻き込まれて、暴走した子供も含めて死者が二桁出たんだけど、その両親は死刑になったよ」  確かにそれは・・・。コントロールをできないことの怖さがよくわかるな。私たちは歴史として学ぶけど、他の国だとまだそういうことがあるんだ。魔力持ちが多いこの国で、管理をされて教育を義務付けられているのにも納得する。 「同じ村の人たちは魔力持ちをとにかく嫌がって、村から離さないと殺そうとするの。だから、私は最初、両親がフロレスクっていう隣の国にある魔法学校に入学させようとしていたんだ。家族全員で引っ越せるほどのお金はなかったから」  魔力持ちの少ない国には、魔力持ちの法律ってないのかな。  それで、結局その魔法学校には入学しなかったと。 「でも、それでもお金が足りなくて。学費はどうにかなっても、寮制じゃなかったから別で住む場所も見つけないと行けなかったの。何より、言葉が違うから、そもそも入学できるかもわからなくて」  言葉か・・・。 「そういうことって、国に相談できることじゃないの?」 「無理。魔力持ちが生まれても、大抵身元はわかるからって、まともな対処もしてないのに罰則だけ厳しくしているから、魔力持ちの子は、その国では殆ど親とか同じ村の人とかに事故に見せかけて殺されるんだ。何かしら問題を起こして、自分たちまで罰せられる前にできる確実な方法がそれなの。あとは、働ける年齢になるまで軟禁して、その後何か問題が起きても魔力持ち1人の罪になるようにするとか。別の国に受け入れてもらうこともできるだろうけど、自分の国が味方してくれないし、そもそもどうしたらそれができるのかさえ国民は知らないから」  魔力持ちが少ない国って、多い国よりあるよね。ちゃんと対処している国って一体どれくらいあるんだろう。 「でも、たまたま私の親が事故死しちゃって。村の人たちは混乱して、魔力持ちがいるせいだって騒ぎ始めたの。別の村に住んでいた親戚に、『これ以上害を与えるな』って、無理矢理村から出されて、隣の国に続く列車に乗らされた」  列車って、えーと、車より長くて、外からの荷物を運んでくるやつだよね。私もアゴスティーノまで列車に乗ってきたし。でも、街と街を繋いでいるくらいだから、アゴスティーノ内を移動するときは歩きか、車を借りるな。 「列車に乗って・・・どうしたの?」 「言葉もわからないし、村に住んでいると都市部の名前なんて知らないから、とりあえず終点で降りたの。終点なら確実に隣の国だろうって思って」  まあ、そうかもね。 「そこからどう動いたらいいのかわからないでいたら、私の国の言葉で話しかけてくれた人がいて。額に模様があったのと、幼いのに1人でいたから目立っていたんだと思う。魔力持ちになって追い出されたって言ったら、家に泊めてくれて、フロレスク国に掛け合ってくれたの。でも、言語がわからないとフロレスク国の魔法学校に入るのは難しいみたいで。あと、フロレスク国も宗教が強い国だから、見た目で別の宗教だってわかる私は、どうしても差別されるだろうって」  宗教が違うって、差別の対象になるんだ。 「私の国と話し合おうともしたみたいだけど、魔力持ちの確認はしていないし、辺境の村人が勝手にしたことだからって対応しなかった。国民を罰するかどうかの判断は、その国に任せられるから、結局何もやれることがなくて。で、また別の国に相談することになって、あっちも無理、こっちも無理って。規模の大きいたらい回しね」  タライマワシ。 「で、かなり遠いけど、ここなら受け入れてくれるって話になって、七歳の時、ゴールダッハの手続きを済ませてやっとこの国にきたの。いざっていう時、ちゃんとこの国に味方してもらえるようにアゴスティーノの住民登録もしてもらったの」  住民登録って、希望制なんだっけ。非魔力持ちの人はよく登録しているって聞いたけど、そういう事情がある人にも必要なんだね。 「勉強をしたことがない私が、3年間で読み書きを覚えるのは大変だったけどおかげで試験を受けられた。まあ、その話をしておきたかったってだけなんだけど。あ、別にカンナハも話せっていうんじゃないからね?」 「うん、わかってるよ。大丈夫」 「じゃ、次はスローン?今かなり面倒くさい状況なんだって」  面倒くさい? 「うん、今回の交流会がアルボガストでしょ?」  もしかして、アルボガストだと都合の悪いことがあるのかな。メーリスヴァンクだし、そういう人って他にもいるよね。  スローンがカタカタ震えながら生気の無い声で言った。 「私、殺されないかな・・・」  え、どういうこと!? 「あの子に・・・殺されないかな・・・」  あの子?どの子?? 「私は加害者家族であっという間に晒されたけど。今はなんとか隠してるけど」  ・・・ 「ん?」  話が全く掴めず、アグレイアの方を見た。 「私が話そっか?」  無言で頷くスローン。 「あのね、スローンにボリバルって兄がいて」 「違う。クソ野郎」 「・・・クソ野郎は、」  即座に訂正が入り、気まずそうに言い直すアグレイア。  何か、とても言いにくい言葉なのはわかった。 「スローンとクソ野郎にはそれぞれ同い年の友達がいて、互いに兄妹なの。で、クソ野郎、が、友達の父親を殺して3年くらい前から牢屋に入ってるの」 「・・・うん」  なんとなくわかったかも。 「でね、スローンと友達だった、ジョルジャ・・・だよね?」 「うん。口聞いてもらえないどころか、殺されかけた」  アグレイアは俯いたまま。 「そのジョルジャがね、アルボガストにいるの。それがわかったのが当然、決定した後で」  ・・・だよね。そうでないと、既に殺されかけたのにそんな相手がいる学校との交流なんて。 「私が学校に話さなかったのが悪いの。加害者の家族の名前は公表されてないけど、私が住んでた街には当然知れ渡ってるから」  そっか、今は農村に住んでいるんだっけ。 「スローンは、アルボガストにジョルジャが通っているっていうのは、知ってたの?」 「ううん。だけど、親に連絡したら、調べてくれたみたいで。街の殆どの人に嫌がらせされたけど、まだ連絡を取ってくれる人が少しだけいて、その人に聞いたらしいの。すぐ先生に話せって」  ええっと、つまり、スローンとスローンの兄には、互いに友達の兄妹がいて、スローンの兄がその友達の父親を殺して、スローンは農村に引っ越した、と。で、父親を殺された、スローンの友達だったジョルジャがアルボガストにいると。  メーリスヴァンクの先生って、かなり柔軟な対応を求められるんだな・・・。でも、それを言ったら私もダーフィニもそうか。ダーフィニも、先生には話してないって。私に初めて話したって言ってたし。  ・・・スローンみたいな子も、他校だと入学を断られるのかな。 「それで、アルボガスト生が使う寮と、私たちの寮と、互いに出入りできないように扉を設けてくれて」  ああ、もともとスローンの事情に対応するためだったんだ。 「あとは交流会で会わなければ良いんだけど。向こうは私がメーリスヴァンクにいることは知らないし。先生は、一緒に授業を受ける時はジョルジャのクラスは私のクラスには入れないって言ってくれた。後は、交流会の間、私は食堂を使わないとか」  そうだね、食堂はアルボガスト生も使うよね。 「校庭とか、図書室とか、アルボガスト生って校内でどれくらい自由なのかな」 「先生は、他校どうしのトラブルを避けるために、校庭はアルボガスト生用に設けるって言ってた。図書室は出入りを自由にしているみたい。だから、私は談話室の一室を私用に使わせてもらうの。借りたい本も、特別に談話室と図書室との連絡手段を作っておくから、そこから欲しい本を言ってくれれば、談話室に届くって」  届く・・・転移魔法を使うわけじゃないよね。基本的に魔方陣を使うから、魔法で制限を設けてもやろうと思えば他の場所から入って来れちゃうし。魔道具でも使うのかな。 「というわけで、私の昔の記憶だけど、ジョルジャの顔を『見せる』から、もし見かけたら教えて欲しいの。あんまり人には言えないことだから、積極的に協力して貰うからね」  うん、それはもちろん。 「じゃ、カンナハ手を貸して」  スローンは両手でカンナハの手を握ると、目を閉じた。  ・・・あ、来た来た。  長い黒髪で、大きなリボンでハーフアップにした髪をまとめている。眉は太めで、青い目は丸くて可愛らしいけど、眉で顔全体が凛々しく見える。 「ジョルジャは、父親に買ってもらったリボンがお気に入りだったの。私が知ってる限りだと、3色くらい持ってた。多分今も付けていると思う」  父親に買ってもらったリボン・・・そこまで知っているなんて、覚えているなんて、スローンは、本当にジョルジャと仲良しだったんだろうな。 「で、あとこれも」  ・・・魔道具?  と言っても、制服の内ポケットから取り出した、手のひらサイズのものだった。  紫色の楕円形の石で、そこまで長くはないが、首にもかけられるように留め具の付いた紐に通されている。 「私も同じものを貰ったよ」 「ちょっと高いけど、その分盗聴の心配は全然無いオーダーメイドだよ。テレパシー(精神感応)するにしても、人が多いと私1人にやるのは大変でしょ?・・・あ、カンナハなら出来る?」  うん、まあ、それだけに集中してれば。  逆に人混みじゃない時は他の魔法も使いながらじゃないとできないかも。その辺の鳥とかに伝えてそう。 「とっさにやるのはやっぱり難しいよ。これを使えば、スローンに直接伝えられるんだね?石を握ればいいのかな」 「うん。先生に許可はもらっているから、授業中にも持ち歩いてて大丈夫だよ」 「ジョルジャを見つけ次第、どこにいようが伝えればいいの?」 「うん、それでお願い!ありがとう!」  こちらこそ頼ってくれてありがとう。  まあ、ジョルジャがまたスローンを殺そうとしたところで、それ以上の実力の持ち主が校内にたくさんいるわけだから大丈夫だと思うけど。  でも、会いたくはないんだろうな。 「本当によかったー。まだ話せる人がいて」  安堵するスローンを見て、カンナハは自分の事情が頭に引っかかった。  私はいつ言えるのかな。アニェスとキーラと、ダーフィニと、この2人にも。 「・・・」  今日は「タライマワシ」と「クソヤロウ」について聞こう。      
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