16人が本棚に入れています
本棚に追加
ダーフィニの魔法レッスン
1番近くの校庭には、自習中の生徒は殆どいなかった。
まあ、何を起こしちゃうかわからないし・・・人が少ない方がいいよね。
自習ができる校庭は学校の至る所にあるため、教師が常に監視することはできず、代わりに生徒の危険を感知するとそれが各教師に届くよう魔道具がある。
他の自習している男子生徒2人は後輩のようで、水を操る魔法の練習をしていた。空気中から集めた水滴を少しずつ凍らせていた。
1年か2年であそこまでできるなんて・・・上位生かな。
先に少し練習したいところだったが、使うのは火の魔法。うまくコントロールできなければ、後輩2人の努力が水の泡になりかねない。
「お待たせ、カンナハ!」
ダーフィニが制服を着て戻ってきた。
「ここ、いつも人が少ないんだよね。みんな大体寮の1番近くの校庭に行くから」
あ、そうなんだ。
「カンナハは簡単な魔法が苦手だって言ってたけど・・・逆に難しいのは得意ってこと?」
「うん。複雑になるほど得意かな」
「ふうん・・・じゃあ、難しくしてみよっか。透視魔法はできる?」
「うん、できるよ」
難しく?
カンナハが疑問に思っていると、ダーフィニは自習用に用意されている道具の中から鉄の板を操り、カンナハの目の前に壁のようにして置いた。
そして、蝋燭と台も持ち出してくる。壁の向こうに行き、台の上に蝋族を置いた。
「カンナハ、壁の前にいたら蝋燭は見えないでしょ?透視魔法を使って壁を透かしながら、蝋燭に火をつけるの。やってみて」
確かに、だいぶ複雑になったかも。
カンナハは壁の前で、いつものように片手で火を出す準備をし、もう片手で池から水を操って持っておいた。
「・・・・え、何それ。カンナハ」
「火事起こさないようにするためだよ?」
「・・・・え?」
あ。そっか、ダーフィニはクラスが違うから授業中の私を知らないのか。
「いつもこうやってるから」
「え?透視しながら水持って、火つけるの?」
「うん」
「・・・」
ダーフィニは何やら考え込んでいるようだった。
話が聞こえたらしく、後輩2人が水を操るのをやめてこちらを見ている。
「3つ同時にって、今まで使ったことあるの?」
えーと・・・・
「あ、うん、あるよ。確か、1年の時の授業でやった魔法の試合だっけ。水を操る魔法と、空気を操る魔法と、壁を作る魔法と・・・まあ、いくつか使ったけど、3回戦まで残れた気がする」
「勝ったのは2回ってこと?空気を操る魔法を使って?」
「うん、まあね」
ちょっと、事情があって・・・
カンナハは2回戦で、「物を操る魔法」が得意な生徒と試合をした。操る「物」を取られないよう、その生徒が「物」を自分の周囲に確保したところで、カンナハは生徒を壁で覆ってしまった。同時にその周囲から酸素を飛ばし、近くの池から操ってきた水を氷(武器)に変えるという徹底ぶり。
壁の外に操る「物」が無い生徒は、カンナハに攻撃をするためには先に壁を壊さなければいけなくなり、壊しても周囲は無酸素で、すぐに攻撃をすることはできず、まず酸素のあるところまで移動しなければいけなかった。
流石にカンナハは、相手が移動するたびその場から酸素を消すなどということはしなかったが、戦意喪失させるにはもう十分だった。
結果的に、「無酸素」を恐れた生徒の降参で試合は終わったが、カンナハはノエル先生に呼ばれてこう耳打ちされた。
「カンナハ、制限かけようか」
3回戦からは、空気を操る魔法を使わないことになったのだ。
「簡単な」魔法が今より出来なかったカンナハは、他に上手く使える魔法がなく、3回戦で負けた。
で、同じように制限かけられて負けたクラスメートが試合観戦やめて勝手に別の試合を始めたから酸素消すぞって脅してやめさせた気が・・・
私もいろんな意味で、同級生半殺しにしかけてたのかな・・・。
「カンナハ?できそう?」
「あ、うん!やってみる」
最初に、カンナハは透視魔法を使った。壁の向こうの景色が見える。
ここまでは、できる。うん。
失敗したらすぐに水をかけられるように準備をして、蝋燭の先を見た。
・・・つけ!
「おお!」
一瞬、火が拳大に燃え上がったが、すぐに落ち着いて蝋燭に火がついた。
あ、できた。
「すごい!本当に3つ使いながらできるんだ!」
後輩2人も驚いた様子でこちらを見ている。
「多分、火の魔法だけだと失敗すると思うけどね」
「・・・じゃあ、次は透視魔法無しでやってみよう」
ダーフィニはサッと鉄の壁をどかした。
・・・よし。
また、火が拳大に燃え上がった。だが、今度は落ち着く前に水が勢いよく火を消し去ってしまった。
「・・・成功しそうだったね」
「条件反射で・・・」
火をつける=火事になるっていうことしか浮かばないな。
「いっそ、火だけにしたら成功するかな?」
「火事になるよ」
「・・・私が水用意するなら?」
「まあ、それなら」
火だけ使うって・・・最初に習った時にしかやったことないかも。
近くの低木燃やして終わった記憶が。
「じゃあ、いくよ」
「いいよー」
火だけ・・・
今度は、さらに大きく燃え上がった。が、落ち着くことはなく、また大きくなる。
「あ、消したほうがいいかな」
ダーフィニが水をかぶせようとした途端、背丈より高く燃え上がった。熱さが増し、水があっという間に消えていく。
あー、ごめん!
カンナハは火の制御への努力を放棄。勢いよく池水を引っ張り上げて被せた。ダーフィニにも被りそうになり、急いで蝋燭とダーフィニとの間に壁を作る。
「・・・」
「ごめんなさい・・・」
後輩2人がなんとも言えない顔でこちらを見ている。
「本当に火事になるみたいだね」
でしょ?
「ダーフィニは火をつける時、どんな感じなの?」
「どんなって言われても・・・大多数の人と変わらないよ?」
そう言って、新しい蝋燭を用意すると、人差し指を向けた。
最初から小さな火が、ポンっとついた。
そんなに上品(?)につくものなんだ・・・。
「カンナハは、なんか、マッチに似てるね。最初・・・要は、擦るときは燃え上がって、その後落ち着くの」
そう言われて、カンナハは育ての魔法使いがよくマッチを使っていたことを思い出した。
そういえば、あの人が火の魔法を使うのって見たこと無かったな。水も、よほどの量が必要じゃなければ井戸水を汲んでたし。戦う時以外で魔法を使っていた記憶って・・・もしかして無い?
「最初の勢いが強いなら、マッチみたいに考えてみようかな」
マッチみたいに、少しずつ火が小さくなる感じを思い出して・・・。
「やってみよっか」
ダーフィニは自分がつけた火を消した。
「燃え上がると、つい水をかけたくなっちゃうだろうから、蝋燭の周りは私が壁を作っておくよ」
「うん、お願い」
カンナハは、ダーフィニがやっていたように蝋燭に人差し指を向けた。
・・・つけ!
いつもの癖で少し手を振るう。
火は蝋燭について燃え上がったあと・・・小さくなった。
「成功、した?」
「うん!したした!」
ダーフィニはカンナハの手を取ると、ぴょんと跳ねた。
「カンナハ、すごい!こんな短い時間で!」
「ダーフィニの指示が良かったんだよ」
まだ、壁なしでうまくつけられる自信は無いけど・・・。
「ありがとう、付き合ってくれて」
「これで、上位生に一歩近づいたね」
どうなんだろう。大体の人にとって簡単な魔法をようやく一度成功させただけだけど・・・。
カンナハは、今まで習ってきた魔法(実技)の8割は追試でぎりぎり合格点になっていた。成績(授業態度)は良いものの、結果は大して残せておらず、上位生の枠には届かなかった。
だが、本人は気がついていないが、一部の上位生はライバルの1人にカンナハを入れるようになっていた。
これからさらに複雑で難しい魔法を習うことになる。つまり、カンナハの得意分野になるのだ。
常に上位生として、ライバルになりそうな同級生がいないか見ている生徒にはそれが分かっていた。
私、上位生になることが目標じゃないんだけどな・・・。でも、私が今目指していることを考えると、上位生になるのもあり得るか。
「お、今日はここにいたんだね」
え?
振り返ると、バシレイオスがいた。
「カンナハ、上級官僚と知り合いなの?」
まあ、この人とは流れで、というか・・・あ、それより、アラスターのこと何か知らないか聞きたい!そもそもなんで来たの?
が、カンナハが話す前に、
「こんにちは!」
「バシレイオスですよね!?次の官長は貴方だって父が言っていました!」
後輩2人が駆け寄ってきた。
え、そうなの?
「いや、どうだろうねー。兄がしばらく居座ると思うよ?」
・・・あ、いやあの、バシレイオス
「でも、次は貴方ですよね?」
「うーん、なる気は無いなー」
あの、
「じゃあ、バシレイオスは次は誰が適任だと思いますか?」
「そうだな・・・」
「バシレイオス!」
一気に静まり返った。
後輩2人は固まり、ダーフィニは一瞬肩をすくめた。
「・・・はい」
バシレイオスは真顔でカンナハを見た。
・・・驚かしちゃった。
「聞きたいことが、いろいろとあるんですけど」
「・・・そうだよね」
カンナハとバシレイオスは、許可をとって談話室に向かっていた。
後輩たちに謝られちゃった・・・。
ダーフィニがその場を引き受けてくれたので、カンナハは移動してからゆっくり話すことにした。
「ごめんね、自習を邪魔したみたいで」
「いえ。もう大体終わってたので。いろいろ知りたいことがあって、ちょうど聞ける人が来てよかったです」
アラスターにしか聞けないこともあるけど、アラスターのことは本人にはなかなか聞きにくいからな。
「バシレイオスは、何か用事があるんですか?」
「あ、俺は代理だよ。しばらく行けないから、暇な時でいいから様子を見ておいてくれって」
・・・そうなんだ。
「カンナハだと、俺が首を突っ込めることはほぼ無いから、本当に、様子見だけどね」
「それでも、ありがたいです」
カンナハがそう言うと、バシレイオスが顔を覗き込んできた。
「何があったの?」
何、が。
「それを話すために、アラスターに早く会いたかったんですけど・・・ 」
「・・・」
バシレイオスは、廊下を歩く足を速めた。そのまま先に談話室に入ってしまう。
カンナハが小走りして入った時にはもう、防音魔法がかけられていた。
「ごめん」
え?
「アラスターは今、辺境の村に行っている。俺が勧めた仕事だ」
・・・
「そうなんですか。どういう仕事ですか?」
「ごめん」
「謝るなら、私の質問に答えてください。どうしようもなかったことに謝られたくないですよ」
なんか、謝罪を聞いてばっかりな気がするし・・・。
「官僚の仕事ですか?」
カンナハが笑ってみせると、バシレイオスは申し訳無さそうな顔をしつつも、ソファに座った。
カンナハも向かい合って腰をおろす。
「ロターリオっていう村で、近くに森があるんだ」
お、森!
「そこで、短くても3日、長いと10日以上続く祭があるんだ」
・・・どんなの?
「ロターリオは元々狩人の村でね。魔力持ちがいないことで有名なんだ。3年ならもう教わっているだろうけど、辺境の村は、警備魔法使いがいない所が多いんだ」
あ、2年生の始めで習った。
「確か、辺境の村の殆どは、どこの地域にも含まれていないんですよね」
警備魔法使いって、地域ごとに別の組織で管理されてるから。
「そう。ロターリオもその1つで、近くの森も、警備魔法使いはいない。自給自足が基本のロターリオの村人が、たまに狩りをするくらいの、今は数少ない手付かずの森だ」
ますます興味が湧いてきた。
「で、手付かずの森を残していくためにも、狩りをする時は決まっていてね。それが今ちょうどやっている祭なんだ」
狩りをする祭、か。
「魔力持ちがいないって言ってましたし、それだと何日もかかりそうですね」
狩りって、天候に左右されるって聞いたし、手付かずなら魔獣もいるだろうし。で、魔獣って食用としての獲物にはならないし。美味しくないから。
「そう。で、手付かずの森っていうのは、悪徳魔法使いの絶好の隠れ場だ」
あ、そっか。本来なら警備魔法使いがいるけど、他の地域の警備魔法使いは、別の魔法関係の仕事を引き受けるには組織の許可がいろいろ必要で大変だから。
「それで、独立魔法使いにそのあたりの警備を依頼しているんですね」
警備魔法使いって、ほぼ毎日決まった場所で警備してるから他の仕事を引き受けるのは難しいしな。
「そういうこと。ディクシーも過去に引き受けたことがあって、なるべく人との関わりを持つために、アラスターにも経験させておきたいって言われたんだ。ようは、見つけ次第悪徳魔法使いを狩って、ゴールダッハに突き出せばいいものだから。で、その説得を頼まれたのが俺っていう・・・」
バシレイオスって、結構家庭で悲しい立場にいる気がする・・・。
「俺としても、アラスターにもう少し人と話してほしいっていうのは同意見だったから、勧めたんだけど・・・こうなるとは。ごめんね、本当に」
「だから、謝らなくていいんですって。次に来るのはいつになりそうですか?アラスター」
「終わり次第、一度ゴールダッハにも行かないといけないから、確実に時間をとれるのはちょうど2週間後だって」
2週間後か・・・やっぱり長いな。
・・・に?
「カンナハ?」
え、に・・・
「2週間後、パーティです・・・」
「・・・え」
間違ってほしいと思いながらもう一度数え直すが、日頃座学でその記憶力を発揮しているカンナハの脳が、日付1つを間違えていることは無かった。
「カンナハ3年だよね、あれ、パーティーってこの時期だったっけ・・・。俺の時、本来1番新しい記憶のはずの5年のパーティーがアラスターへの襲撃とかで急遽中止になったからよく覚えていない・・・」
「パーティーって、朝から準備があって夜まで続きますよね。今更友達の誘いを断るわけにも・・・」
ドレスも借りたし、薬も・・・あ!まだ試し塗りしてない!今日やらないと。
2人して頭を抱えたところで、バシレイオスが何か決心したらしく顔を上げた。
「パーティーには参加して大丈夫!俺がなんとかするよ」
なんとか!?
「うん、きっとね、魔法関係で1,2を争う組織の長の弟って立場はこういうときに使うんだよ」
いや、そんな固まった笑顔で言わないでください。
「大丈夫大丈夫。ゴールダッハに戻って、一言言うだけだから」
いや、一言言ったあとめちゃくちゃ動かないといけない人がいますよね!?多分!
そう言ってしまいたいのを、カンナハはぐっとこらえた。
「フォティオスは・・・多分、今日も仕事してるよね。うん。またディクシーと喧嘩したみたいだから、家に帰ろうにも帰れなくてずっとゴールダッハに寝泊まりしてるよ、うん」
兄弟揃って・・・というか、なんというか。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「お詫びとでも思って」
「だから、謝らないでくださいって」
パーティーの日、一体どうなるんだろう・・・
最初のコメントを投稿しよう!