募る不安

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募る不安

 バシレイオスと別れた後、カンナハは一度自習していた校庭に戻った。  ダーフィニはまだいて、物を操る魔法の練習をしていた。鋭く尖った何かの破片を、木の板に突き刺している。 「あ、おかえりカンナハ」 「ただいま。ありがとう、後輩たちのこと」 「ううん。ちゃんと話せた?何かわかんないけど・・・傷に関係すること?」 「まあ、そんなところ。ダーフィニを危険にさらすわけにはいかないから、あまり話せないけど」 「うん、わかってるよ」  魔法に集中して板の方を向いたまま、ダーフィニは笑っていた。  ダーフィニとも別れ、カンナハは部屋に戻った。 「あ、おかえり」  キーラは流石に起きていた。  アニェスが課題を見ている。 「どこか行ってたらしいね。ダーフィニって子の同室の子が言ってたよ」  あ、伝えておいてくれたんだ。 「ちょっと、自習もしてた」 「成果は?」 「いい感じかな」  薬の試し塗りをしないと。  カンナハはベッド下の収納にしまっていた薬を取り出して、脱衣所に行った。  マガリー先生にもらった塗り薬を三種類、それぞれ混ざらないように傷の端っこに塗っていった。1つ目は、ダグマラという薬。2つ目は、ザルツィアという薬。3つ目は、イガという薬だ。どの薬も、効果は塗ってからすぐに出た。  今のところ・・・良さげなのはダグマラとイガかな。ザルツィアは、肌の凹凸はあまり消せないみたい。確認したいのは、持続時間と、使用した後の肌の状態。効果が強い分、後から吹き出物ができたり、痒くなったりすることもあるからな。持続時間によるけど、そんなに何回も使うことにはならないだろうし、大丈夫だとは思うけど・・・。  どの薬も、塗るだけでその後何か対処するようなことは無いようだった。  念のため、使い終わった後は傷をしっかり洗っておこう。で、とりあえず明日の朝までこのままに。  余った薬をベッド下にしまい、何気なくアミントレの方を見ると、また妖精がいた。今は、例の妖精1人だけのようだった。 〈カンナハ、アラスターから何か来たみたい〉  あ、本当だ。花が開いている。  花弁にそっと触れると、少し懐かしい声が聞こえてきた。 『バシレイオスは来たか?聞いてはいるだろうが、ロターリオにいる。移動中に悪徳魔法使いに襲われた。念のため、学校から出ないようにしろ』  ・・・え? 〈あらら〉  襲・・・ 〈アラスターって、どこ行っても襲われるのね。そういう仕事?〉  アミントレから流れてくる声は小さく、アニェスとキーラには聞こえていないようだった。 「私は大丈夫です。詳しく教えてください」  それだけ言って、カンナハは花に触れて蕾に戻した。  都合が良かったのか、返事はすぐに返ってきた。 『襲ってきたのは、10人だ。そういう計画だったのか、さらに16人の気配を感じとった。最初の10人を返り討ちにされて、諦めたらしい。すぐに感じなくなった』  ええ・・・。 「心当たりは?」 『有りすぎて無い。カンナハが関係していなければいいが・・・。念のため、バシレイオスに行ける時間全て様子を見に行くよう言っておく』 「わかりました・・・」  アラスターの魔法はあまり見たことがないけど、独立魔法使いをやっているなら大丈夫だろうな。私が関係していないことを祈ろう、本当に。  あの魔法使いにかけられた守護魔法も多少効果が残っているため、流石に二桁以上で来られなければしばらくは抵抗できる自信はあった。だが、カンナハはアニェスやキーラを巻き込んでしまわないかが心配だった。  いざとなったら、また黒魔法を使うしか無いだろうな。最悪、私が2人の記憶を書き換えて・・・。  外出の断りの言い訳は、どうしよう。 「カンナハ、そろそろ昼食にしない?」 「お腹すいた・・・おかし食べる」 「今昼食だって言ったでしょ」  キーラが手を伸ばした瓶入りのクッキーを、アニェスは台所に片付けた。  ・・・今は楽しもうかな。 「うん。食堂に行く?」 「そうだね。昼食は作ることが多いけど・・・たまには良いかもね」 「あ!だったらあれ食べたい!昼食限定のサンドイッチ!ナッツ入りのパン使ってるやつ!」 「じゃあ、行こっか」  よくよく考えれば、食堂使うのって大体夜だけだよね。授業日も簡単に食べられるものをお弁当にしてるし。 「ハムとチーズのやつと・・・あと、レモンクリームも!」 「私は鶏肉かな。サラダも欲しい。キーラも野菜食べな」  私は・・・ 「エリアの実が入ってるやつかな」  少し前に新しいメニューで出てたから。 「エリア?あれ、結構好み分かれるよね」  どちらかといえば野草だからね・・・。あの森にはよく生えてたから、遊んでる時におやつに食べてたんだよね。確かに後味が独特かもしれない。 「たまに突然変異したものが生えているから、念のため見つけても食べるなってアレクシ先生(薬学)が言ってたよね」 「ええ?食べる人いるの?」 「メーリスヴァングだからいるでしょ。自習中にいちいち食事に戻るの面倒くさいからって、その辺に生えてる野草先輩が食べてた」  ・・・私も見たことあるな、それ。 「エリアの突然変異は、本当に毒があるから食べないほうがいいよ」 「え、そうなの?」  うん、あたったことがある・・・。気がついたら家に戻ってて、あの人が私が食べた実と同じ株の実を調べてた。で、「もうその辺のものをとって食べないように」って叱られた記憶が・・・。 「アレクシ先生、知ってるのかな」 「多分今調べてるんじゃない?そもそも、あれを食べる人ってよっぽど自給自足生活をしている人くらいでしょ。突然変異があることも知られていないと思う。この学校にはそれでも食べる人がいるから、全部抜き取って変異していないやつだけ新しいメニューの材料にしてるんでしょ」  ありえそう・・・。  食堂は大体の生徒が3食分利用する所だ。カンナハの部屋ほど台所で作るのも珍しいし、昼食にわざわざ弁当を用意する生徒は、カンナハは自分達以外に見たことが無かった。  まあ、アニェスとキーラが言うには食堂にいちいち行くほうが面倒らしいね。人も多いから。 「ああ・・・やっぱり人多いね」  注文をする所はメニュー関係なく何箇所もあり、それぞれ列が短い所にバラバラに並ぶことにした。  あ、エリアの実のサンドイッチ結構余ってる・・・。他の果物のサンドイッチは少ないのに。  カンナハはエリアの実のサンドイッチとサラダとガレットを頼んだ。  キーラはハムチーズのサンドイッチと、レモンクリームは無かったらしく、オレンジのサンドイッチと、ドリア、それからフローズンヨーグルト。  キーラは大食いだね。  アニェスは鶏肉のクリーム煮とサラダ。 「・・・キーラ、野菜は?」 「お腹にたまらないもん」 「たまるまで食べればいい」  ・・・それもそれで。  笑いながらも、カンナハはどこか上の空になりそうだった。  アラスターはどんな理由で襲われたんだろう・・・。  私を狙っている何かは、多分私がここにいることを知らないよね。  アラスターがそれらしき人と会っているっていうのは気づかれている?  ダーフィニのお母さんが言っていた『修行』の場に私も昔いたとして、それは一体何?あの人はそのことを知っているの? 「カンナハ?どうしたの?」  既にサンドイッチを1つ食べ終わったキーラが、ドリアをスプーンいっぱいに盛って口に運んでいた。  何かいう前に、カンナハは自然と笑顔が出来ていた。 「なんでもないよ」  翌朝。塗り薬の効果はどれも3、4時間で切れていた。カンナハが気になるのは、使った後の肌の状態だ。  うーん、ザルツィアは特に変化無しかな。イガは少し痒みがある・・・効果が切れてすぐに傷を洗えばいいのかもしれないけど、ダグマラは特に無し。使うのはダグマラかな。  授業終わり、カンナハはノエル先生にバシレイオスが来たことを伝えられた。  早速来てくれたんだ。 「例の指名手配犯の件、まだ続いているんだね」  ・・・はい、まあ。  バシレイオスが先に案内されていた談話室に入る。 「今日も来てもらって、ありがとうございます」  バシレイオスはソファに座って、ノエル先生と同じように、手作業でお茶を用意していた。 「詳しいことは知らないけど、あの魔法を使う人は危険にさらされるっていうことは知っているからね。アラスターも散々な目に遭っていたし」  ・・・そうですか。 「カンナハは、アラスターに守護魔法をかけられたりは、していないよね?」 「はい・・・」  してないよね?  してる?、じゃなくて?  カンナハの疑問を予想していたのか、訪ねる前にバシレイオスは言った。 「アラスターは、座学の授業は暗記しておいてサボって、実技に充てるほど努力していたけど・・・守護魔法はどうしても使えないんだよね」 「そうなんですか・・・」  守護魔法は、難易度がつけられない魔法の1つだって習ったな。 「努力していたよ。でも、正直に言っちゃうと、人を守る意思の無い人間に守護魔法は使えない」  ・・・ 「人を守るというより、襲ってくる奴をひたすら倒すっていう感覚らしいね」  倒す、か・・・。長い間警戒しているのかな。 「多分、気遣っていると思うよ」  え? 「守護魔法をかけようとして、もし出来なかったら、カンナハに守る意思が無いって言ってるのと同じだからね。そして、カンナハはそれを知らない生徒じゃない」  ・・・褒められてる? 「あの、私、守護魔法無くても大丈夫です。前にかけたものの効果がまだ少し残っているし、いざとなったらあの魔法を・・・」  カンナハがそう言うと、バシレイオスは真面目な顔をした。 「アラスターに、黒魔法は使うなって言われなかった?」  そう言って立ち上がると、カンナハの前に歩いてきて、少しかがんで顔を覗き込んだ。 「・・・言われました」 「カンナハ、君は守られる必要があるんだよ。カンナハは子供だ。魔法使いとして未熟だ。俺もアラスターもカンナハを守らないといけないし、カンナハは助けを求めていい。一方的に守ろうとすると、不幸な結果になりかねない。危なくなったらちゃんと言いな」  ・・・。 「わかりました」  真っ直ぐ見つめられて目を逸らすことができず、カンナハは言った。  アラスターが言わないようなことを、バシレイオスは言ってくれる気がする・・・。アラスターは思ってさえもいないかもしれないな。正直らしいし。  バシレイオスは表情を緩めた。 「うん、約束して。あ、それから、パーティーのことなんだけど」  どうでした? 「大丈夫だったよ。フォティオスに聞いてみたら、これから官僚になる生徒のためにっていう体で、卒業生として官僚を何人か参加できるようにしたって。流石にアラスターだけだと、1人囲まれて話す時間が取れないだろうからって」  あ、ありがたい・・・。 「何人くる予定ですか?」 「今のところ12人かな」 「そんなにたくさん・・・ありがとうございます」 「俺は別の用があって行けないけど・・・ちゃんと話せるといいね」 「はい」  本当に、ね・・・。 「それと、俺もアラスターもいない時に何かあったら、ノエル先生に言ってね」  ノエル先生に? 「確かに担任の先生ですけど、バシレイオスよりも私の・・・そのあたりのことは把握していないと思いますよ?」 「関係無いよ。生徒を無償で守るのは教師の仕事だから。あの人はとても強いし」 「なんか、極端に聞こえますけど」 「少なくともメーリスヴァングはそうだよ。生徒の3割が孤児で、卒業してしまえば頼れる所は無いに等しい。だから、将来生き延びていけるように生徒のうちは、全てにおいて守られるんだ。勉強も、高い学力を身に付けさせて、職に困らないように、行きていけるように、将来も間接的に守ろうとしているんだ。・・・まあ、ノエル先生の受け売りだけどね」  ・・・なるほど。 「ノエル先生が強いことは知っています。見たことは無いけど・・・他の人(本当は妖精)も言ってました」 「ここの教師って、全員王室付の魔法使いやゴールダッハの上級官僚と同等の力を持っているんだよ」  え?  授業で見本を見せてもらうくらいだから、想像がつかないな・・・。騎士コースの担当の先生とかなら納得がいくけど、全員が? 「それも、生徒を守るためなんだよ。アラスターやカンナハみたいな生徒がいるってことも、調べがつかないだけでなんとなく分かってる。魔力持ちの王族が通っていた時代もあるからね」 「それは初めて知りました」 「4年の歴史で習うよ」  ・・・そういえば、バシレイオス以外の人もそうだけど、なんで何年で習うとか、覚えてるんだろう。  ・・・あ、私も割と覚えてるか。 「アラスターに聞いていると思うけど、なるべく外出は控えてね。何か必要な物があるなら代わりに買いに行くし」 「いや、上級官僚を使いっ走りにさせるわけにはいきませんよ」 「いいよいいよ。喧嘩中に家を出る予定が作れるから」 「・・・ゴールダッハの急な仕事ができた、とか誤魔化せないんですか?」 「無理無理。ゴールダッハの仕事全てを管理しているのが兄なんだから。姉弟喧嘩で散々仲裁してやってるのに、夫婦喧嘩が始まるとアラスターは独立の方の仕事で適当に理由つけていなくなるし・・・。せめて姪の面倒見てよ・・・」  あの、そんなに遠い目をされると、何も言えないんですけど。  大丈夫かな、いろいろと・・・。      
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