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初めて話すこと
パーティー当日。
キーラは両親にねだった黄色のドレスを、アニェスは、カンナハでも知っているオロールの紺色のドレスを用意した。
午前中は、パーティーに参加する教師も1、2年の授業があるため、3、4、5年もパーティーの準備をしているのだ。
「午前中まるまる、準備の時間なんだね」
「上級生は最後だから、凝った服装とか化粧とか髪型とかする人もいるんでしょ」
「カンナハは、髪型いつも通りで行くの?」
髪が短めのキーラは、花の飾りがついたカチューシャをつけていた。アニェスは、ドレスと一緒に買ったらしいオロールのピアスをつけている。
「うん、私はこのままで」
カンナハのいつもの髪型は、両側に細い三つ編みを作って後ろでとめたものだ。
「ほぼ毎日やって慣れてるから」
他の髪型を考えていなかったっていうのもあるんだけどね。
「カンナハ、ドレスの大きさ合ったみたいでよかった」
うん、薬で傷もしっかり消せているし。
「ごめんね、あの時急に抜けて」
結局大きさの確認が当日になっちゃった。
だが、2人は「いつも通り」気にしていないようだった。
「別に?危ない目に遭ったりしてないならいいよ。校内なら大丈夫だろうけどさ」
「まあ、多分合うだろうと思ってたし」
「いつもありがとう。いろいろ」
「「なんで??」」
そこが1番引っかかったようで、2人はバッとカンナハの方を見た。
・・・なんで?
準備中に時間をとってしまうが、カンナハはしっかり考えてから答えた。
せっかくだし、ちゃんと伝えよう。
「私、辺境の村育ちでしょ?(って2人には言ってある)入学して、店があるような『街』も初めてで、同い年の子に会うのも初めてで。でも、2人はそういうこと気にせずにいろいろ教えてくれるから」
「あー、そういうこと」
アニェスはドレスの裾を伸ばしながら言った。
「私はさ、金銭面でちょっとでも価値観合わないと遊ぶのを向こうの親から拒否されたんだよね。事前学校に行ってたわけでもないし、同じ裕福な家の子たちはみんなコールンヘルトっていう、まあ、お嬢様の魔法学校を受験してて。結局友達ゼロで関係が続くかも不安な状態で入学したんだよね。だから、カンナハに頼られてホッとしたのが本音かな」
「私も!あ、事前学校はちょっと行ってたけど、2ヶ月くらいで退学になった」
「「え??」」
キーラって事前学校通ってたの?
アニェスも初耳だったらしい。
「一人っ子で甘やかされてたのかな。魔法は好きだけど、課題は大嫌いだったから。先生には協調性が信じられないくらい無いって言われてた」
容赦ないな、その先生。
「私、キーラが協調性無いって感じたこと、無いけどな」
「多少身につくまでメーリスヴァングではしばらく大人しくしてたから」
あ、なるほど。
「言われても、自分じゃよくわかんなくて。だから、しばらく全部我慢してた。もちろんジャシンタに居る時は自由にしてたよ。2人は気にしないし、優しいから」
そんなこと考えてたんだ、キーラ。
「孤児院で育った人とかもいるし、カンナハみたいに街のことがまるでわからない人も、いるんだろうなとは思ってたよ。流石に同年代の子と会ったことがないっていうのは驚いたけど」
まあ、孤児院なら子供はむしろたくさんいるだろうしね。
・・・アニェスが言ってたコールンヘルトっていう魔法学校、初めて聞いたな。お嬢様っていうのがいまいちわからないけど。
「アニェス、コールンヘルトってどういう魔法学校なの?」
「女子校だよ。就職先はほぼ王室だって。金銭的に裕福な子が通うからね。最終的に地位の高い結婚相手を見つけるのが目標だって友達は言ってた。で、王室で働くには、ほぼ全部の仕事に魔法使いの資格が必要だから、王室で働くための礼法と同時に、魔法と、それから社交性を身につけるんだって」
あ、それでお嬢様なんだ。
「知らないってことは、カンナハも案内読んでないの?」
え?案内?
「ほら、10歳になったら各魔法学校から入学案内が来るでしょ?私は面倒くさかったからメーリスヴァング以外そのまま使用人に処分してもらったけど」
・・・そうなの?
案内とか、私、知らないな・・・。あの人にここに入学するよう言われただけだし・・・。
「私も、案内見てないかも。勧められてそのまま受験したから」
「へえ、そうなんだ。カンナハって、他校ってあんまり知らないの?」
「うん、エストラードくらいしか」
それも、たまたま、1年の時にクラスメートが話しているのを聞いたくらいで。
「役に立つかはわからないけど、仕組みとして知っておいて損は無いかもね。魔法学校って、資格取得型と、義務遂行型があるの、知ってる?」
カンナハが首を横に振ると、アニェスはハーブを包んでいる紙を取って、なにやら書き始めた。
「この紙でいっか。資格取得型がメーリスヴァングでしょ、エストラードでしょ、コールンヘルトでしょ、トルルストラでしょ、ブルーネルでしょ、スプランヘル。で、義務遂行型はカルメットでしょ、アルボガストでしょ、それとエルセラック」
全部で9校あるんだ。
「資格取得型は、卒業できたら魔法使いの資格が取れる学校。義務遂行型は、あくまでも国が決めた最低限の魔法の教育を受けるための学校」
ああ、魔力持ちは魔法の教育が必須だからね。確か・・・
「まだ魔力持ちの教育や管理が無かった頃、全員が『自称魔法使い』の状態だった。魔法使いが国中に現れると、少数だった時代とは違い、『受け継がれてきた歴史や魔法の教え』というものが忘れられ、悪徳魔法使いが現れるようになる。故に死者も多く、魔法のコントロールができず自滅する者も少なからずいた。それは同時に、魔獣や悪徳魔法使いの対処に魔法使いを頼りにしていた人々の信頼が損なわれるという事態も引き起こした。王室は、国の大きな支えである魔法使いたちが存命の危機に陥るというのは、国が滅びる危機でもあると感じ、魔力持ちの人間の管理や魔法の教育を義務とした。・・・だっけ」
「流石カンナハ」
「何?カンナハは先生の説明丸暗記でもしているの?」
「いや、多分繰り返し読んでた本の内容をなんとなく覚えているだけだと思う・・・学校だと、今の魔法使いの始まりはもう少し簡単に習ったはずだよ」
「・・・まあ、受け継がれてきた歴史や魔法の教えっていうのは習ってないかも」
「私はもう覚えてなーい」
「魔法使いの始まり自体は、資料が何も残ってないからわかっていないらしいね。悪徳魔法使いが現れたのも、魔法使いが増え始めた頃っていうくらいしかわかってないみたいだよ」
まあ、ほぼ推測みたいなものだよね。
「・・・で、義務遂行型の学校は、最低限の教育を受けるだけで、卒業しても魔法使いの資格はもらえないってことなの?」
「うん、そういうこと。ま、後からゴールダッハで資格取得の試験も受けられるしね」
「そーなの?」
私も初めて知った。
「ゴールダッハには上級官僚の1部に試験官がいるんだ。優秀なだけじゃなくて、絶対に不正の無いように、長く信頼されている官僚が選ばれるんだって」
へえ・・・。バシレイオスは、すぐに辞める人も多い、みたいなことを言ってたけど、長く続けている人はこういうところで必要になってくるんだな。
「義務遂行型に通う人は、殆どが魔法以外の職についているみたいだよ。魔力あれば魔法使いにって、大抵の人が思うんだろうけど、魔法を使うことが苦手って人もいるから。そういう人は、親の教育だけじゃなくて事前学校でなんとか身につけようとするみたいだけど、それでも、魔法使いになることが前提の「資格取得型」は難しいって言われることがあるみたいだね」
「あ、私も言われた!魔法自体が苦手なつもりは無いけど、課題は6割再提出で1割締め切り過ぎて、無事終えたの3割くらいだったから」
そうなんだ・・・。
でも、今は主にアニェスに見てもらってるし、無事出来てるよね。なんだかんだ言ってキーラもちゃんとやるし。
「あ、寮のある学校って、どれくらいあるの?」
「資格取得型は全部寮だった気がするなあ・・・」
「そう。義務遂行型は、エルセラックだけ寮。気候が暖かい地域にあるから、体が弱いとかで、静養したいっていう魔力持ちの子が通ってるらしいよ。生徒数も1番少ないみたいだから」
静かでいいね。
「アニェス案内捨てたのにどーしてそんなに知ってるの?」
確かに・・・。
「スザンヌが、他校も聞くだけ聞いてって、暇さえあれば説明してきたから」
面倒見が良いんだね、長女のスザンヌさん。
「自分だってメーリスヴァング即決だったのに」
「姉妹全員メーリスヴァングなの?」
「うん。エストラードが堅苦しいのは一目瞭然だし、姉妹揃ってそういうのは苦手だし。でも、後で試験を受けるくらいなら、多少厳しい学校を卒業して資格を持ててた方が楽かなーって」
「トルルストラとブルーネルは?」
「ブルーネルは制服にマントがあるって聞いて、邪魔くさそうだった」
あ、そうなんだ・・・。
「制服にマントある学校って、珍しいよね」
キーラがドレスと同系色のネックレスを選びながら言った。
「そうなの?」
「うん、あのね、エストラードは、たとえ黒以外の色だったとしても、資格を得るまでは半人前にも満たないんだという自覚を持ってなさいってことでマントは無いんだって、お父さんが言ってた」
へえ・・・ちゃんと意味があるんだ。
「他の学校のことは知らないけど。・・・うん、これにしよ」
「確かに、マントがあるのはブルーネルくらいだね。で、トルルストラは寮生活にいろいろ制限かかってるみたいだからやめた」
制限?
「朝食も昼食も夕食も、全員揃って食べないといけないんだって。校庭で自由に自習ができるわけでも無いらしいし、かといってその時間にちゃんと課題とか授業とかがあるわけでも無いから。エストラードは、メーリスヴァンクで自由時間に当たるところもしっかり授業があるみたいだね」
「ね、メーリスヴァングってご飯の時間、自由だもんね。食堂も使えるし。寝坊しても大丈夫だし・・・ね、このネックレス似合う?」
「そこはちゃんと起きなさい。寝坊しても大丈夫なんじゃなくて、私たちが起こしてるからでしょ。それとネックレスはもう少し短くした方が合う」
学校によって全然違うんだね。
「メーリスヴァングみたいに、近くに森のある学校ってどれくらいなんだろう」
「自由に使ってるのはここくらいだと思う。今の森は殆どが、それぞれの地域で管理されてるから」
あ、そうなんだ。じゃあ、あの住んでいた森は数少ない管理されていない場所だったってことかな。
「そういえばさ、こうやっていろいろこと話すの初めてかもね!自分のこととか!」
アニェスにネックレスの調整をしてもらいながら、キーラが言った。
そういえば、そうかもね。
「入学したときはとにかく、場に慣れることに忙しかったからな」
「カンナハ、教室に入る時すごい緊張してたよね」
うん・・・あんなに同級生がいるとは思わなくてね。
森の外にどれだけの人が生活しているのか全然想像ついていなかったし。
「とにかく学業優先だったからね。一息つけたのは進級できてからだよ」
そうだよね・・・。
「そういえば、パーティーにゴールダッハの官僚が来るって言ってなかった?なんか話聞いたりするのかなー」
「官僚志望の生徒のためにって言ってたでしょ。キーラ、半分居眠りしてたから・・・」
「あ、ただ居るだけ?」
「居るだけというか、質問したい生徒が自分で話しかけに行くの」
「去年ってそういうのあったの?聞いたことないけど」
・・・私が要因ですとは、口が裂けても言えないな。
「さあ?アンジェリクはそういうこと、言ってなかったけど?とにかくこういう行事は初めてだし、今日は楽しもう」
うん!
アラスターにもやっと会えるし。
・・・でも、どこから話そうかな。
襲われたっていうのも気になるし、ダーフィニのお母さんの話も、その「修行の場」も、上級官僚のアラスターなら何か知っていることがあるかもしれないし。
「カンナハ?どーしたの?」
「待ち切れないだけだよ」
楽しい気持ちが一瞬で消えてしまったことに気付き、カンナハは慌ててそう言った。
「それは良かった」
何がどこまで解決するかわからないけど・・・とにかく、アラスターに全部言ってしまいたいな。
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