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2つの再会
パーティーと言っても、例年とは違い、ゴールダッハの上級官僚がいるくらいで、生徒たちはホールで豪華な食事とともに自由に談笑を楽しんでいた。
そして、カンナハはというと・・・
アラスター、どこ??
まだ会えていなかった。
キーラは料理をたっぷり楽しみ、アニェスはアンジェリクにお礼を言いたいカンナハのために彼女を探しに行ってくれている。
『多分すぐ見つかるから、カンナハはキーラ見ていてよ』
って言われたから、キーラに野菜も食べるように言いつつアラスターを探しているんだけど・・・。
もしかして、ここに呼ばれた本当の理由、バシレイオスから聞かされてないのかな・・・。でも、バシレイオスが言い忘れるっていうのも・・・。
「カルパッチョ美味しい〜」
あ、キーラまたお肉食べてる。
「ローストビーフとグラタンとポークソテーと・・・」
「キーラ、野菜は?」
「んー、シーザーサラダにしよ」
好物に夢中ですぐ忘れるみたいだけど、言えばちゃんと食べるよね。そしてなんでそんなにお肉が入るんだろう・・・。胃袋に。
で、アラスターはどこにいるんだ?
他の上級官僚は、それぞれ数人の生徒たちに囲まれて話しているのが見えた。だが、アラスターの目立つクリーム色の髪は見当たらない。
うーん・・・
「カンナハー、アンジェリク見つけたよ」
アニェスが同じ黒髪の女子生徒と一緒に、こちらに歩いてきた。
あの人が、アンジェリク先輩?
「こんばんは、カンナハ!5年薬学コースのアンジェリクです。よろしくね」
アニェスよりも少し垂れた目で、アンジェリクは笑った。
綺麗な人だな・・・。
「3年のカンナハです。よろしくお願いします、アンジェリク先輩」
「そのドレス、よく似合ってるわ。私のを貸して正解ね」
「ありがとうございます、こんなに素敵な物を貸していただいて」
「いいのいいの。私はダンス相手が並んでるから行かないとだけど、楽しんでね。それと、アニェスをよろしく」
「こちらこそ、アニェスにいつも教えてもらうことがたくさんあります」
「これからも仲良くしてね。じゃ、楽しんでねー」
カンナハから離れていくと、少し遠くで待機していたらしい男子生徒がアンジェリクに向かってわっと集まってきた。
「よく好かれてるんだね、先輩」
「生徒1の美女だって言われてるよ。みんなアンジェリクに良く思っててもらいたいから、後輩や私と話してる時は、今みたいに離れて話終わるの待ってるの」
へえ・・・
「で?カンナハ、なんか探してるみたいだったけどどうしたの?」
「ああ、上級官僚、どれくらい来ているのかなーって」
実は、事前に大体の人数は知ってるんだけどね。
「カンナハ、官僚になりたいの?」
「ジャーマンポテト・・・」
「ううん、そういうわけじゃないけど。ちょっと探してる人がいて」
「どういう人?私も探してみるよ。食べながら。キーラ見ながら」
ありがとう・・・。やっぱり面倒見いいな、アニェス。
「薄い金髪で、髪を結んでいる、男性の上級官僚なんだけど・・・」
「ん───、確かに見てないな・・・上級官僚を直接見たことってあんまりないからさ、アンジェリク探してる時に1人1人見たんだけど、そんなに目立つ髪の人はいなかったと思う」
あ、アニェスも?
「クラムチャウダーも食べたいな」
本当にどこにいるんだろう・・・。
「ミネストローネも食べたら?入るのかわからないけど」
もしかして、仕事が長引いてまだ来てないのかな・・・。
「入る!あ、カプレーゼも食べたい」
カンナハはなんとなく、胸元に触れた。
・・・ん?
なんか、傷の凹凸を感じる気がするな。薬を塗ったの、何時間前だっけ。
傷を消す薬の効果が切れてきているようだった。
一度寮に戻ろうかな・・・。
突然、そんなことを考えていたカンナハの頭の中に、アラスターの声が響いた。
〈カンナハ〉
えっ?
なんとなく聞こえたような気がした方を向くと、いつの間にか、官僚の制服を着たアラスターの姿があった。
「あれ?カンナハ、あの人じゃない?」
「うん、ちょっと話してくるね」
出入り口の近く・・・やっぱり、今来たところだったのかな。
「アラスター。遅かったですね」
なんか、もう懐かしいな。
「また悪徳魔法使いの集団に襲われた。おかげで拘束して収容するのに時間を割くはめになった」
え、また?
「そんなによく襲われるものなんですか?」
「まあ、ゴールダッハの官僚に私怨を持って襲うやつもいるが、集団なのは珍しいな。それと、あの時私はゴールダッハの制服を着ていなかった」
「アラスター個人を狙った、ということですか・・・」
考え込みそうになって、カンナハは自分がやろうとしていたことを思い出した。
あ、薬!
「すみません、聞きたいことも話したいことも山程あるんですけど、」
一度寮に戻って、薬を取りに行かないといけなくて・・・
カンナハが、続きを口にしようとした瞬間だった。
パーティーに参加していた教師が、1番少ない時間だった。それを狙ったのか、それならどうしてそれを知っていたのかは分からない。
カンナハが言葉を途切れさせた瞬間に、アラスターを含めた上級官僚たちは、その違和感に気がついていた。
官僚たちは全員同じ方向を見て、同時に生徒の輪から抜けて彼らを後ろに押しのけた。
「わっ」
カンナハもアラスターに、彼の後ろに引っ張られた。
一体何・・・え?
カンナハが、「こういう」光景を見たのは、久々だった。
「こういう」時、カンナハが怯えることは殆どなかった。あの魔法使いの名前を呼べば、呼べなくとも、心の中で叫べば、あの魔法使いは必ず助けに来たからだ。
でも、もう、それはできない。
そのことを、一瞬にして理解したから、カンナハは思わず立ちすくんでしまった。
パーティー会場のホールの、1番大きなバルコニー。
悪徳魔法使いの集団が現れた。
ホール全体がそのことを把握したのは、カンナハがアラスターの魔法で我に返って、さらに少ししてからだった。
現れて早々に、無数の光が見えたかと思ったが、アラスターが手で振り払うようにした途端、ホールに向かっていたはずの光がそのまま真っ直ぐ、悪徳魔法使いたちに跳ね返った。
・・・え?20人くらいいるよね、悪徳魔法使い。攻撃全部跳ね返したの?
カンナハは思わず、自分の目の前で背を向けて立つ上級官僚を凝視した。
「すごい」
集団が一気に崩れたところで、生徒たちに防御魔法を張っていた他の上級官僚や教師たちも攻撃の態勢を見せた。
カンナハがいる、バルコニーのすぐ横の出入り口付近は、殆ど人がいなかった。他の生徒は、官僚や教師によってバルコニーから離れた、正面の出入り口の方に集められていた。
アラスターの後ろにいるのは、カンナハ1人だった。
悪徳魔法使いに目をつけられないように、カンナハはアラスターの影に隠れるようにして身をすくめた。
あの集団は、アラスターを追ってきたの?
それとも、私を狙う「何か」なの?
アニェスとキーラは?
見たところ、悪徳魔法使いたちに統一感は感じられない。薄着で身軽そうな者もいれば、マントで全身覆っている者もいる。そして、一気に攻撃を仕掛けたというだけで、先程の魔法に計画性は無いように見えた。
一度に同じところに固まって、一気に攻撃して、結局アラスターに跳ね返されて全員くらってるし・・・。
今回のためだけの寄せ集め、に見えなくもない・・・かな。
あ、アニェスとキーラも守られてる。よかった・・・。
別の上級官僚の後ろで、震えるキーラの口をアニェスが塞いでいた。
悪徳魔法使いたちは態勢を整えるよりも先に、数を増やしていた。このままだと何人か逃がすかもしれない。だが、下手に動いて生徒たちに害を与えるわけにもいかない。
席を外している教師たちも、今に来る。
そのまま、互いに動かずにいた。静かに、悪徳魔法使いが数を増やしているだけだった。
生徒たちは初めこそ悲鳴を上げていたものの、今は恐怖なのか冷静なだけなのか、静かにかたまっている。キーラのように、他の生徒に口を塞がれていたり、しがみついたり、目をぎゅっと閉じている生徒もいる。
ほんの数秒のはずのその時間が、カンナハにはとても長く感じた。
あの人と過ごしていた時は、「こういう」ことはほぼ一瞬で片付いていたからからな・・・。
こっちが圧倒的に有利なのは、目に見えてる。多分、大丈夫だよね。
アラスター1人の魔法の威力で、悪徳魔法使いたちも攻撃を躊躇っているように見えた。教師たちの加勢が来れば、悪徳魔法使いたちは完全に諦めるだろう。
「・・・なんだ?」
アラスターの怪訝そうな声が聞こえた。
生徒たちもざわめき始めている。
どうしたの?
カンナハも、アラスターの影からそっとバルコニーの方を見た。
「・・・え?」
悪徳魔法使いたちが、消えていってる?
「なんで・・・」
どこかに転移したっていうには、不自然だよね。
1人、また1人と消えるたび、残されている悪徳魔法使いが動揺していたのがカンナハには分かった。
他の上級官僚たちも、状況が理解できず怪訝そうな顔つきだった。
ただ、アラスターは別の意味で。
「・・・カンナハ」
はい?
「何もやってないよな?」
はい!?
なんでそうなる───あ。
黒魔法ってこと?
そうだ。
あの人も、消してた。
いや、あの人しか見たこと無い。そんなことをするのは。・・・いや、でも。いるはずがない。
「カンナハ?」
いるはずが・・・
1人、女の魔法使いが残っていた。
よく目立つ金髪で、1人悠然とそこに立っている。
なんで・・・?
あの人は、黒い髪。
だが、カンナハにはすぐわかった。
「あの人だ」
「あの人?」
「あの人は、悪徳魔法使いじゃないです」
あの魔法使いは、たまに市場に行く時、姿を変える魔法を使っていた。本来は誰かの姿を借りるため、「入れ替わりの魔法」とも言われていたが、あの魔法使いは独自の姿をつくっていた。
わかる。あの人の女性の姿。見慣れなくて、最初は泣いたくらいだった。だから、なおさら覚えてる。
「私を育てた魔法使いです」
その魔法使いは少しカンナハの方をみたかと思うと、何かを感じ取ったのか、バルコニーから飛び降りて行った。
待って!
思わず、カンナハはホールを飛び出した。
確か、あの人こっちの方を見てたよね?消えたわけじゃない。だから、すぐ近くにまだいるはず。
あの魔法使いが去った方向の廊下をまっすぐ走って、突き当たりの出窓を開けると、カンナハは身を乗り出した。
どこ!?
どこか攣ってしまいそうなくらい体をひねって遠くまで見た。
いた!
もう少し、手前の窓から見たほうがよかったかな。
あの魔法使いは、まだ潜んでいたらしい悪徳魔法使いを「また」消し飛ばしているところだった。
幼い頃、毎日のように見ていたその光景に、カンナハは懐かしくてたまらなくなった。
うん、あの人だ。
目が合った。
あの魔法使いは、優しく微笑みかけると、姿を変える魔法をといた。
長い黒い髪。
灰色の瞳。
灰色のマント。
ほら、やっぱり。
その魔法使いが手を伸ばしたかと思うと、カンナハの頬に、確かにその温もりを感じた。
いつも、悪徳魔法使いの首を絞めているその魔法で、カンナハを優しく撫でた。
「・・・っ」
思わず名前を呼びそうになり、それを気づかれて「静かに」の仕草をされる。
涙ぐむカンナハを申し訳無さそうに見つめると、その魔法使いはそっとカンナハの頭の中に語りかけてきた。
〈アラスターは、信用して大丈夫だから〉
・・・え?
それだけ言うと、魔法使いはまた別の場所へと歩き始めた。
暗闇の中、その姿はすぐに影に隠れていく。
何?
どういうこと?
何かわかったの?
会えるようになったわけじゃないの?
「まって!」
まだ、かすかに分かるその姿は、振り返ることも、足を止めることもなかった。
「ねえ!」
後ろに引っ張られた。
柵に足をかけ、飛ぼうとしたところで、アラスターがカンナハの胴に腕をまわしていた。
「カンナハ!どうした」
自分の方を向かせ、どこでもないところを見ているカンナハの額を、アラスターは指でついた。
「落ち着け。何があった?」
「行かないで・・・」
「・・・誰のことを言っている?」
しばらく泣き止みそうにないカンナハを、アラスターは仕方なさそうに見ていたが、急に顔色を変えた。
自分が羽織っていたマントを、カンナハに巻きつけた。
突然の行動に、カンナハは目をぱちぱちさせた。
「・・・え?黒は私には駄目ですよ?」
「それを気にしている場合ではない。この傷、今出来たものではないよな?いつからある?」
傷・・・そうだ。アラスターに話したいことが。
「あの、私、傷のことわからなくて。でも、友達の家族もあって、それで、狙われてるかもしれないって、あの人、今あの人がいて、アラスターがどうのって」
「だから、落ち着け。・・・先程残ったあの人物は、カンナハの言っていた魔法使いか?」
「あの、私、この傷魔法で消せなくて。なんであるのかわからなくて」
「カンナハ」
「何もわからないんです。あの人、何も教えてくれない」
「カンナハ!」
肩を掴まれ、声を荒げたアラスターに、カンナハはビクリと震えた。
「教える。教えるから落ち着け」
「・・・何、を」
「確信が無いから黙っていた。俺があの魔法に関わる事になった理由は、それだ」
・・・へ?
「それ?傷のことですか?」
「まあ、そうだ。もともとは、焼印だがな」
焼き・・・え?
「あそこで使われている、印のようなものだ。居場所を知られるし、剥がしたところでその傷は、残った呪いのようなものに反発して、魔法では消えない」
・・・ん?
「えっと・・・アラスターにも、その傷があるんですか?」
「ああ」
そう言って、制服の一番上のボタンを外すと、襟を下に引っ張った。
カンナハと同じように、鎖骨のすぐ下に大きな傷があった。無数に切りつけた跡もあり、カンナハのものよりさらに痛々しく見える。
・・・。
自分で聞いておきながら、カンナハは気が遠くなってきた。
「・・・どうした?」
「急に、疲れ・・・?が、」
追いつかない・・・頭が追いつかないよ・・・。
「疲れたのはこっちもだ。あの魔法使いに、入りこまれた。あれが、お前の言う『あの人』か?本当にあんな人間に教わったのか?」
ぼんやりとした視界で、瞬きを繰り返すカンナハの瞳がわずかに捉えたのは、文句を言うアラスターの面倒くさそうな顔だった。
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