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再会、もう1つ
心地よい風があたり、カンナハは寝返りをうった。
顔まで引き寄せたタオルケットに懐かしい匂いを感じ、重いまぶたを上げると、小さい頃に使っていたものだった。
夢を見ている───ん?
あの家、私のベッドの所に窓無い。
反対側を向くと、見慣れないサイドテーブルとランプもあった。その奥でアラスターがロッキングチェアに座って寝息を立てている。
え?どこ!?
「あら、おはようカンナハ」
ドアの開く音がして、黒いローブを着た老婆が入って来た。その周りには橙色の蝶が何羽か羽ばたいている。
あ・・・あの時、アラスターを追っていった蝶・・・
「ヨハンナ?」
あの頃よりさらに皺が刻まれていて、カンナハは一瞬わからなかった。
そうだ。どこかで見たことがあると思った。
「あら、覚えていてくれたのね。あの頃はいやいやお話してたのに」
だって・・・
カンナハは、来客が嫌いだった。あの魔法使いが話してくれた事が、見せてくれたものが、カンナハの生きる世界の全てだった。数少ない来客は、カンナハにとって、滅亡した、自分とその魔法使い以外の人間が突然現れるようなものだった。
露骨に上の階に逃げるカンナハを、あの魔法使いは咎めなかった。だが、ヨハンナのときだけは話すよう言われたのだ。
「ヨハンナ、ここ何処?」
そうだ、パーティー!
「どうしたの?どうなったの?」
「カンナハ落ち着いて。まだ寝ていなさい。ね?」
そう言って、やわらかい手でカンナハを撫でた。
「はい・・・」
大人しくタオルケットにくるまったところで、またドアが開く音がした。
「ヨハンナごめん、いろいろ後片付けがあって・・・あ、カンナハ起きた?」
バシレイオス。
顔見知りの人が集まり、とりあえず安全なのだろうとカンナハは判断した。
「あの、パーティー。あの後どうなりましたか?」
「大丈夫。ただ、カンナハが途中で飛び出していった事は、それを見た生徒全員に記憶操作の魔法をかけておいた。学校に戻ってからその事で何か聞かれることはないから、安心して」
そうですか・・・全員?
「そんなにたくさんの人数を?」
「ノエル先生も手伝ったよ。それでもかなり疲れたけど」
ですよね・・・。
「ありがとうございます」
「まあ、話さないといけないことはいろいろあるけれど・・・おい、アラスターそろそろ起きろ」
バシレイオスは歩いていくと、ロッキングチェアごとアラスターを揺すった。
「一度寝ると、本当に起きないわねぇ、昔から」
「記憶操作手伝わせようと思ったら、帰ってすぐに寝やがって・・・。もう夕方だぞ?」
え、そんなに寝てたの、私!?
「あの、『帰って』って・・・」
「ああ、ここは俺の生家だよ。アゴスティーノの端の方で、メーリスヴァングとは反対方向。アラスターの家は隣」
そう言って、カンナハが寝るベッドの隣の窓を指した。
窓からは、別の家の外壁と窓が見えた。
「俺とアラスターの両親は今、魔法使いが少ない辺境で活動しているんだ。で、ディクシーとフォティオスが結婚して隣にそのまま住んで、アラスターも生家だからそっちに住んでて、俺も移り住んだってわけ」
ああ、なるほど。
「こっちは、姪っ子に見せられない喧嘩をする時に使う家、かな」
「え?」
「魔法に関しては、かなり耐久力を持つ造りらしくてね。なんでそうしたのかはさっぱりだけど、おかげで止めに入ったら死ぬような喧嘩の時はこっちに押し込むだけで済むから助かってるよ」
そんな嬉々として言われても・・・
「ま、とにかくここは安全ってこと」
その点は、ありがとうございます。本当に、どういう経緯でここに来たのかさっぱりだけど。
「おい、アラスター起きろー」
今はこの人が起きないと話が進みそうにないな。
かなり激しく、不規則に揺らされているはずなのに、アラスターは一切反応しない。
制服は少し着崩していて、例の傷が少し見えていた。
バシレイオスもヨハンナも気にしてない。2人は事情を多少知ってるんだな。アラスターは、ダーフィニのお母さんが行った場所と同じ所にいて、で、私もそうだった事はほぼ確実なんだよね。あとは・・・
「同僚から聞いたけど、攻撃跳ね返しただけだって?その前に悪徳魔法使い片付けた事を含めても、なんでそんなに疲れているのか分からん」
私にとっては、十分疲れると思うけど・・・。あんなに大きな跳ね返しの魔法、上級生の試合でも見たこと無いよ。
「どうも、私以外の人間に入り込まれたらしいわねえ」
え?
「は!?」
そういえば、昨日そんなことを言っていたような・・・うーん、あんまり思い出せないな。
にしても、バシレイオスはなんでそんなに驚いてるんだろう。
「え?精神魔法にかかったの?アラスターが?」
「かけた魔法使いは大体見当がついてるわ。相変わらずねえ」
えーっと、
「どういう意味ですか?」
「あれ?聞いてない?アラスターが官僚やらされているのって、精神魔法がほぼ効かないからだよ」
・・・
「え?」
「だから、外の仕事だけじゃなくて、尋問もよく担当させられてるんだよね。ヨハンナの魔法は大体効くみたいだけど」
「ヨハンナはどういう魔法使いなの?」
「精神魔法に関しては随一の魔法使いのつもりよ。知る人ぞ知る魔法使いね」
知る人ぞ・・・確かに、学校でヨハンナの名前は聞いたことがないな。
「カンナハも、本当に硬く閉じた子で、大変だったわ。でも、まさか学校に行くほどになっているとはねえ。子供は本当に、大人が知らない強さを持っているものね」
「・・・うん、頑張った」
「まだ人が来るようだし、細かい話はそれからにしましょう。バシレイオス、ちょっと認識阻害かけるわね」
「うん」
??
「さ、カンナハ。これで2人きりでお話しできるわよ。どうやら、昨日はパーティーでの襲撃とはまた別の動揺があったみたいね」
そっか。こういう話は、あの人を直接知るヨハンナにしか出来ない。
ようやくその機会を得られたことに、カンナハはほっとして話した。
「あのね。昨日、あの人に会ったの。それで、もう、びっくりして。よく覚えてない」
「そう、あの子がねぇ。どうして襲撃がわかったのかしら」
あの子。あの人も、ヨハンナから見たらそうなんだ。
「・・・そういえば、どうしてここにいるの?」
「アラスターも、数少ないお客の1人だからね。呼ばれてきてみたら、懐かしい子が眠っているんだもの。本当に驚いたわ、アラスターの家に女の子がいるなんて」
私も、人の家に泊まったの初めてかも・・・。
「ヨハンナ、ヨハンナのこと聞いてもいい?学校とか、私の話とかじゃないけど・・・」
「もちろんよ。あの頃は私の話にちょっと耳を貸すくらいで、隙あらばあの子の所に戻ろうとしたからねえ。そういう話は、したことがなかったわね」
うん・・・。
「ヨハンナ、話聞いた限りかなり強いみたいだけど、今まで名前聞かなかった」
「私は独立魔法使いだからね。精神魔法を極めたって言っても、それを上手に戦いに使えるわけじゃないから。何か立派な功績を持つわけじゃないし、王命を全うしたわけでもない。ただ、都会から外れた所で、お客を少し持つだけ」
「お客って、どういう?」
「まあ、私はお医者みたいなものなのよ。カンナハに会ったのは3歳とか、それくらいだったかしら。アラスターに会ったのは9歳の時だったわ」
「医者の、独立魔法使い・・・」
「本当はねえ、騎士魔法使いになる予定だったのよ。生まれた時、家族はみんな、そういう道を辿るんだろうって思ってた。代々王室付の家系だから。でも私、攻撃の類の魔法は得意じゃなかったのよね。だから、精神魔法を覚えることにしたの」
「でも騎士にはならなかったんだ」
「私が騎士魔法使いになるには、どうも違う気がしたのよね。王室付が、あまりピンとこなかったのよ。ああ、姪と甥たちは立派に騎士魔法使いをやっているわ。でも、後から思ったことだけど、私は人を救いたかったのよ」
・・・?
「知ってるかしら?10年以上前の話になるけれど、ある魔力持ちの子供が、王室付になるにはうってつけのエストラードっていう魔法学校に合格したの。でもその日、指名手配されていた悪徳魔法使いが、街の広場で人々を襲おうとしているところに遭遇したの。警備魔法使いが何人か応戦していたけど、それだけでは到底倒せそうになかった。だから、その子は、応援が来るまで自分も戦ったのよ」
・・・コントロールしきれているか分からない魔法を公共の場で使うことって、確か原則禁止だよね。でも、その人は使ったんだ。
「王都の近くだったから、騎士魔法使いが来てくれるだろうと、みんな思っていたのよ。でも、来てくれなかったのよね。結局動いてくれたのはゴールダッハの官僚で、死者はいなかったけれど、その子は顔に大きな傷が残ってしまったの。そして、禁止事項を破ったとして、エストラードに合格を取り消されてしまったの」
・・・うーん。何が正しいとかは無いんだろうけど、
「近くに他の魔法使いはいなかったの?街なら、魔法使いのお店、たくさんあるんじゃないの?」
私が知っているのはアゴスティーノだけだし、他の街もそうなのかは知らないけど・・・。
「居たわ。でも、みんな傍観していたんですって。その子が戦いに加わる前から、悪徳魔法使いが拘束されるまで、ずっと」
「それの方がずっと罰せられるべきだと思う」
「ええ、そうね。確かに、王室付魔法使いは付近で店をかまえていた魔法使い全員を『違反』とみなしたわ。でも、それはあくまでその子を止めなかったことに対してよ。魔法使いとして、警備魔法使いだけでは戦力不足の事が目に見えていたのに、人々を守ろうとしなかった事に対しては、ゴールダッハが王室に掛け合うまで無視されていたのよ」
ええ?
「王室付魔法使いは、人を守らないの?」
「王室付魔法使いってね、王室を守るのよ。王都を守るのよ。街の人たちは、ゴールダッハよりも先に、近くの王都まで行って、警備中の騎士魔法使いに伝えたらしいんだけど、動いてくれなかったって。この一連の話を同期の魔法使いに聞いた時、そんな事があって良いものかと思ったわよ。姪と甥にも、よく言って聞かせたわ。それで、つい、王室付魔法使いにならなくてよかったわって思っちゃったのよ。あの頃の私は、全部の自分の意志を貫ける程の勇気は持っていなかったもの。今は、勇気があるんじゃなくて、それが当たり前だって思っているから」
バシレイオスにゴールダッハについて聞いたときもそうだったけど、知る人から聞くと、裏側がよく分かるな・・・。何になるにも躊躇しそう。
なんと返そうか迷っていると、またドアが開いた。
まだ誰か来るって言ってたっけ。
入ってきたのは、ノエル先生だった。
ヨハンナが認識阻害をといた。
「あら、ノエルも来たのね」
「久しぶり、ヨハンナ。カンナハ、調子はどうだい?」
「はい、特別どこか悪いってことはないです」
「ノエル先生ー、アラスター起こしてください」
バシレイオスがロッキングチェアの足を踏みながら言った。
あんなに揺れてるのに起きないんだ・・・。
「相変わらずだね」
そう言って、ノエル先生はぐっすり眠るアラスターの額を指でついた。
昨日あんな事をされたような・・・
すると、条件反射のようにアラスターは飛び起きた。
ノエル先生、アラスター起こし慣れてるのかな。森でよく寝てたって妖精たちも言ってたし・・・。もしかして、そのたびノエル先生が起こしてたのかな。
「・・・なんで先生が?」
寝起きであからさまに機嫌の悪いアラスター。バシレイオスとヨハンナもいるのを見て、さらにため息をついた。
「いろいろ話すことがあってね。ヨハンナ、カンナハと2人で話したいから、認識阻害かけてもらえる?」
「ええ」
・・・あ、そっか、バシレイオスならともかく、アラスターだとヨハンナ以外の精神魔法が効かないからか。認識阻害も、精神魔法の1つだもんね。
カンナハが起き上がろうとすると、ノエル先生はそのまま、と手を向けた。
「カンナハ、今回の一件───いや、その前に、言っておこうか」
はい・・・。
「あいつの言う、メーリスヴァングの『信頼できる人物』は、私のことだよ」
・・・
「え?」
目をぱちぱちするカンナハに、ノエル先生は少し笑った。
「もう気がついているかと思っていたよ。昔一度、会ったことがあるしね」
「・・・そうなんですか?」
もしかして、私が上に逃げた時の来客の1人とか・・・。
「ま、あの時はすぐに上に逃げていったから、覚えていなくとも無理はないか」
やっぱり!
私が黒魔法を使えるってことも、傷のことも知ってたってことだよね。
「今更だけど、大きくなったね、カンナハ」
昔から今まで、自分の存在を知る人が他に居たことに、カンナハはまた涙が出そうになった。
「いや、あいつの家に行ったら小さい女の子が簀巻きになって寝ているから、最初は何処から掻っ攫って来たのかと思ったけどね」
・・・そうだったかも。私の寝相が悪くて。
拾われてすぐのカンナハは、低体温になっており、保温する必要があった。だが、胸元の傷に反発した以上むやみに魔法を使うわけにもいかず、カンナハの寝相の悪さも考慮した結果、簀巻きになったのだった。
「・・・で、これからのことだけど」
はい!
「多分、あいつが一方的に伝えていると思うけど、」
・・・はい・・・?
「アラスターには全部話して良いって」
あ、もしかして昨日言ってたアラスターがどうのって、よく覚えてないけど、そのことなのかな。
「全部って言うと・・・」
「主にあいつのことだね。名前も。どうも昨日、アラスターの事をいろいろ読んだみたいだから。かなり疲れているだろう?アラスター。ヨハンナ以外の精神魔法にかかることはほぼないし、あいつの精神魔法は気がついたところで、抵抗しようものなら魔力どうしが反発して、振り切ることも出来ずに最悪自滅だからね。アラスターはそのことに気がついて大人しくしたようだけど」
ですよね・・・ん?
「あの、ノエル先生、私とアラスターが会ってすぐの時、もしもの時のためにって記憶操作を頼まれていたと思うんですけど、それは」
実際にやることになったところで、アラスターに効くものなのかな。
それを聞いて、ノエル先生は途端に遠い目をした。
「うん、ほぼ無理だね。最初に聞いた時は思わずヨハンナのところまで飛んでいたよ。私はあいつと何年も付き合って、精神魔法を極めることなんてとうに諦めているから」
・・・私も諦めちゃうかも。そもそも、あの人といるとなんでも極めようがない気がする。
「・・・まあ、こういう話はこれから出来るから。今はアラスターと互いのことを話し合いなさい」
「はい」
「明日の準備もあるし、私はもう戻るけど、カンナハも、いつでも学校に戻ってきなさい。アニェスとキーラには、急に辺境の自宅に帰省することになったって話したら、すぐに納得してくれたよ」
本当になんにも気にしないでくれるんだな・・・あの2人。
「ありがとうございます」
認識阻害がとかれ、ノエルと同時にヨハンナも帰った。
「じゃ、俺もそろそろゴールダッハ戻るよ。早く行かないとフォティオスの愚痴、倍は長く聞かされるから」
いってらっしゃい・・・。
アラスターと2人きりになり、カンナハは急に緊張してきた。
どうしよう・・・昨日の(よく覚えてない)一件からまともに話してない・・・。
ベッドの上でかたまっていると、アラスターは別の椅子を引き寄せて、カンナハのすぐ横で座った。
何言われるのかな・・・。
「聞くことも話すことも山程あるのだが、まず、謝る」
・・・
「幻聴?」
あ。
思わず声に出していた。
アラスターが謝るということも、謝られる理由も、カンナハには思い当たることがなかった。
カンナハがつぶやいたことには何も気にした様子は無く、アラスターは続けた。
「確信がなかったと言ったが、訂正する」
ええと・・・あ、傷のことかな。私が黒魔法を使える理由として、自分と、同じ可能性を考えていたわけだけど、傷があるかどうかは知らないから確信を持てなかったって、こと・・・だよね。昨日、そんなこと言ってたよね。うん、思い出してきた。
「ただ、カンナハを信用しきっていなかっただけだった。すまない」
・・・
「信用しきれていなかったのは、私も同じだと思います。傷のことも、伝え忘れていましたから」
もしかして、妖精が言ってた私の「隠し事」って、このことだったのかな。
「あの、だから、謝らないでくださ」
「すまない」
・・・。
あまりにも悲痛な面持ちで、カンナハはかける言葉が見つからなくなってしまった。
アラスターは、正直だって言ってたよね。バシレイオスも、妖精も。顔に出るって。
・・・そんなに申し訳ないって思ってるんだ。どうしてかはわからないけど。お互い様なのに。
謝らないで、じゃなくて、他に言いようは・・・
「私、怒ってないです。アラスターは私に信用されていなかった事、怒ってないですか?」
「呆れることは山程あっても怒るようなことはない」
・・・あ、やっぱり私怒ってるかも。
じゃなくて!
「だったら、謝る必要はどこにもないです。私も怒ってないですし、アラスターにとっても、信用できていなかっていうのは怒るところじゃなかったんでしょう?」
「・・・わかった」
まだ、それでも、といった様子だったが、納得はしたようだった。
「アラスターの事は、もう信用しています。私が一番信用している人が、大丈夫だって言ったので。だから、話します。アラスターの話も聞かせてください」
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