アラスターの全部

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アラスターの全部

 アラスターが「修行の場」に連れて行かれたのは、4歳の時だった。  誘拐された、という方が正しいのかもしれない。いつ、どこでなのかは覚えていないが、とにかく、気がついたら今まで過ごしていた家とはまるで違う、家族のいない場所に連れて行かれた。  アラスターをさらった者はアラスターの名前は聞かず、ただ、「お前の新しい名前はアシルだ」と言った。  名前を聞かれなかったのは幸いだった。今、両親につけられた名前を持ち続けていられるのはそういうわけだった。  帰り道はわからなかった。  密林を抜けて、とても深い、「黒い」場所にいるのだということだけわかった。  連れてこられた場所は、建物といより、何かの巣窟のような構造で広く、ぼろぼろの階段が上へ上へと続いていた。たくさんの動く人影が見えた。  新参者はアラスター以外にもいて、全員大人だった。 「君は1人で来たのかい?」 「ここ、どこ?」 「魔法使いとして、さらに高みを目指せる場所らしい。今までは才能がなくて、薬草の店で働いていたんだけどね。本当は、警備魔法使いみたいに、人を守る仕事がしたいんだ。そういえば、君の名前は?」 「ア・・・シル」  アラスターはなおさら、自分が連れてこられた理由がわからなかった。  魔力持ちかどうかは、魔法を使ってみないとわからないからだ。大体、5歳か6歳くらいには簡単な魔法を親や周りの人間にに教わり、試してみる。そこで魔法が使えたら魔力持ちとしてゴールダッハに登録される。もちろん、一度で成功するとは限らない。そしてアラスターはまだ、自分が魔法を使えるのかどうか知らなかった。  それを伝えようとする前に、1人が声を上げた。 「儀式を行う!」  そう言ったかと思うと、アラスターを一番に引っ張って大きな釜の前に立たせた。釜がもう一つ置けるくらいの距離があるが、それでも熱さを感じた。  薬草を煮詰めているのだろうと、アラスターは思った。  祖父母くらいの代の古い魔法使いは、よくこういう釜を使っていた。  ところどころ擦り切れたローブを着た者が、金属の棒を釜に浸けた。  よくわからない、どろりとした液体がまとわりついた棒の先が、アラスターの胸元に押しつけられた。  抵抗する余裕もない。痛みを感じるよりも早く、肌が何か強い衝撃を一瞬感じ、アラスターは気を失った。    ひたすら息苦しい、悪夢から目を覚ますと、アラスターは部屋の一つに入れられていた。小さな棚と、硬いベッドと、黒い服が置かれただけの部屋。棚の上には赤黒い火のついた同じ色の蝋燭が、同じ色の細い煙を出している。  窓は無く、朝なのかも何日経ったのかもわからなかった。  部屋を出ると、おそらく同じつくりになっているであろう部屋のドアがいくつも続き、部屋から出ていく人々はほとんど同じ方向に向かっていた。  アラスターもそれを追うと、ぼろぼろの階段に出た。下を見ると、あの大きな釜がぼこぼこと煮えていた。大きな穴もあり、同じようなものが煮えたぎっている。  そうだ。  アラスターは昨日のことなのか一昨日のことのなのか、それとも数時間前のことなのかわからないが、棒の先を押しつけられた胸元を見た。  棒の先は、何か彫られていたらしい。見たことの無い、文字のような記号のようなものが焼き付けられていた。  赤子の泣き声がして、気になったアラスターは落ちないように真下を覗き込んだ。  アラスターと同じように黒い服を着た若い女性が、泣き叫ぶ我が子であろう赤子を、真っ黒なローブで、真っ黒なフードで全身を隠している者に差し出していた。アラスターたちが着ている服よりも、ずっと良さげなことは一目で分かった。あれは「偉い人」なのだろうとアラスターは思った。  「偉い人」は不思議な動きをした後、何かを叫び、赤子を釜の奥にある大穴に放り込んだ。泣き声は一瞬で消えた。  「偉い人」が数人集まってきて、大穴をかき混ぜている。そして中身を少し掬うと、数人がかりで釜に移してまた混ぜた。 「子供が見るものじゃないよ」  後ろからぽんと肩に手を乗せられ、アラスターは危うく落ちそうになった。  振り返ると、ここに来た日(まだその日かもしれない)話しかけてきた男性だった。同じように、胸元に焼印があるのが見えた。 「どうも、騙されたようだよ。ここは何の修行の場でもない。ただの悪魔崇拝だ」 「何?それ」 「子供にこんなことは教えたくないが、あんなことをして、何か力が得られると本気で思っている人間がいるんだよ」  二人が何を話しても、通り過ぎてゆく人々は何も聞こえていないようだった。もう、ここに染まりきった人間の頭にあるのは、ただ「悪魔を崇拝」することだけのようだった。 「家に帰りたい」  割と放任な母親と、甘やかしの父親と、喧嘩の強い姉がいる。 「私だって逃げ出したいさ。だけど、やめた方がいい。この焼印を消そうとしたが、魔法が効かなかった。跳ね返されたんだ。何か、裏切るような真似をすればこの焼印に呪い殺されるのかもしれない」  魔法。  アラスター自身にはまだ無縁のものだった。このままでは、いつあの赤子のようになってしまうかわからない。身を守る術など、アラスターは何一つ持っていなかった。 「とにかく、今は大人しくしているしかないんだ。大丈夫。昨日から見ていたけれど、ここの人間は自分から子供を差し出している。それが続く限り、君が無理矢理あの穴に放り込まれることはないよ」  男性の言ったことを、全て理解できたわけではなかった。  とにかく、身を守らなくてはいけなかった。子供がみんないなくなる前に。  何か武器があっても、体の小さいアラスターに使えるとは思えなかった。  人々が部屋に戻っていく時で寝る時間を判断して、人々が起きて移動するとき、アラスターもそれに紛れて何処か逃げ出す場所が無いか探した。  アラスターくらいの子供も何人かいた。殺してばかりでは、人が増えないのだから当然だ。騙されて来る人も毎日のようにいるわけではない。  人々は、他の人々にまるで興味がないようで、それは「偉い人」たちも同じだった。新参者に焼印をしているところと、釜を混ぜているところと、赤子を放り込んでいるところと、何か唱えているところと、不思議な動きをしているところしか見たことがなかった。  繰り返される日々に、アラスターは下から叫び声や悲鳴が聞こえてきても何とも思わなくなってきた。  どの階を覗き込んでも、同じように部屋があるだけだった。  勝手に入れば殺されてしまうかもしれない。  ここにやって来た時にくぐった出入り口はもちろん、見張りがいる。  アラスターは、ひたすら上に行くことにした。  人々が部屋に戻っていく前に・・・眠る時間が来る前に一番上まで登っていくのに、何ヶ月かかったのかわからなかった。  そこまで行くと、どこからか風が入ってきているのを感じた。  窓があるかもしれない。  そして、唯一ある部屋のつくりも違った。  何の施錠もされていない、いや、必要がなくなって放置されていているのかもしれない。それくらい、埃のたまった部屋だった。入口のそばに落ちていた金具がドアを留めていた物だったとアラスターが理解したのは、もう少し大きくなってからだった。  風が入ってきているのは、その部屋の、壁にあいた穴からだった。元はちゃんと、木枠があってガラスがあったのかもしれない。今はただの横穴だ。外の景色はなんとも殺風景で、見渡しても村の一つ見えなかった。  一番上まで行って、初めて天井にも大きな穴があることに気がついたが、魔法で空でも飛べない限り届きそうになかった。  アラスターは何ヶ月ぶりかに感じる外の空気にしばらく浸った。  そのまま眠ってしまい、変わりなく朝を迎えたことに、眠る時間に部屋にいなくても大丈夫だとわかったアラスターは、部屋の前に置かれた食事をとりに行く時以外はそこで過ごすようになった。薬草の匂いに慣れていないアラスターは、それに似た部屋の匂いが苦手だったため、別の居場所を見つけたことが少し嬉しかった。  あの男性は、たまに見かけてもアラスターに話しかけることはなくなっていた。  最後に聞いたのは、 「本当に力を得られるみたいだね。もう少し様子を見ようと思うよ」という、少し嬉しそうな声色だった。  中は物置のようで、布を被せられた物が乱雑に置かれていた。  雨風にさらされてぼろぼろになり、かろうじて役目を果たしている布をそっとめくった。  中は、たくさんの書物だった。1つだけナイフを見つけ、武器として役に立つことはなさそうだが、一応持っておいた。  文字は多少癖があったが、アラスターが知っているものと変わりなく、すんなり読めた。 「くろまほう?」  「魔法」の前に何か他の言葉がつくのは、攻撃だとか治癒だとかで、黒は初耳だった。  歴史の話は難しくて飛ばした。書かれた魔法の中に、アラスターが見たことのある魔法は1つも無かった。  空を飛ぶ魔法や、傷を治す魔法は無かった。  人を小さくしてしまう魔法とか、体をねじ切る魔法とか、紙の中に人を閉じ込める魔法とか、人を消す魔法とか。ひと月程かけて一つの書物の山を崩すと、段々とこの場所の意味がわかってきた。  どうも、ここにいる人々が元々手に入れたかったのは、この黒魔法というものらしい、とアラスターは理解した。  部屋にはインクや紙もあり、さらに漁ると、この大量の書物を集めたらしい人物の手記があった。多分、昔の「偉い人」だろうとアラスターは思った。  いくつかの黒魔法を試したが、習得には至らなかったこと、存命の黒魔法使いを探し教えを乞うたが、断られたこと、次にそこへ行こうとしたときには、何故か辿り着けなくなっていたこと。黒魔法使いと交流があったという人物を訪ねると、黒魔法を使う者が白魔法を習得したところは見たことがあるが、すでに白魔法を使う者に黒魔法の習得は難しいと言われたこと等、明記されていた。  アラスターは一筋の光を見た。  もし自分に魔力があったら、この黒魔法を習得できるかもしれない。  その後も読み漁ったが、指南書は見つからなかった。習得を諦めたのは、これも理由なのかもしれない。  今のところ、人に危害を加えるような魔法しかない気がする。  アラスターは、あの男性が言っていたことを思い出した。  確かに、身につければ強くはなれそうだな。人を殺してまで、この魔法を覚えようとは思わないけど。  アラスターは魔法を練習してみようと思ったが、人に対して使う魔法ばかりで、代わりにたまに羽を休めに来る鳥に使ってみようとした。  だが、鳥は大人しくしてくれるわけではない。結局成功しなかった。  アラスターに魔力が無いからなのか、黒魔法は使えないからなのか、「生き物」ではなくて本当に人間にしか使えないからなのか・・・。  何か手がかりは無いか、片っぱしから書物を読み漁った(やはり、歴史の話は難しくて飛ばした)。  そうこうしているうちに、何ヶ月過ぎていったのか、自分が今何歳なのか、アラスターはさっぱりわからなくなっていた。  話が理解できる年頃になったと思われたのか、アラスターは「偉い人」にいろいろ命令されるようになった。  そういう人々はアラスターの他にも何人かいて、アラスター以外は大人で、人々の食料を買いに外に出ることを特別に許されていた。自分も、そういう類で連れてこられたのではないかと思うようになった。  外に出てそのまま逃げられるかもしれないと思っていたが、ある時、3人がそれを実行したことを聞いた。そして、特に「強い力」を授けられたという「偉い人」の1人が殺しに行ったということも。その後のことは知らないが、おそらくその3人は殺されたのだろうとアラスターは思った。  だが、同時にそれ以降、殺しに行った「偉い人」の姿も見かけなくなった。  他の「偉い人」の話を、アラスターは盗み聞きした。 『あれはそろそろ力が限界だったか・・・。最初に授けられてからもう十年は経っている。使い続ければ己も滅ぼしていく。あの方が授けてくださる力はそれほど強大だ』  力を授けられると、死ぬ?  でも、言うことを聞かなくても殺される。 「アシル、薪を運んでこい。あそこにある」 「アシル、釜を見ていろ。火を絶やしてはいけない。中身の色が変わらないようにしろ。あの方がお怒りになられる。力を授けてもらえなくなるぞ」  とにかく、言われた通りにした。  アシルという名前に慣れそうになって、自分の名前をベッドの上で唱え続けた日もあった。  外に出て、そのまま逃げ出すことは諦めた。  あの部屋の窓から逃げるのが手っ取り早いと思ったが、覗き込んだ地面が見えなかったこと、空を飛ぶ魔法とか、衝撃を吸収する魔法とかも見つからなかったことでそれも諦めた。  だがある日、あの男性が赤子を捧げているのを見て、自分も段々とそうなってしまうのかと恐怖を感じだ。  捧げられのも嫌だが、躊躇なく、むしろ嬉々として捧げる立場になってしまうのも嫌だった。「アラスター」がどんどんなくなっていってしまう。  焦り、震える手で書物の文字をたどり続けていたある日、「人を操る魔法」というものを見つけた。 〈かけると、その者の思考は無となる。手を動かそうとすれば手が動き、足を動かそうとすれば足が動く。操られている間の記憶は無い〉  記憶がない・・・覚えていない?これを、見張りにかけられれば・・・でも、その後は? 「・・・」  逃げても焼印をどうにかしない限り殺されてしまう。良さげな魔法を見つけても、それだけでここから出ることを躊躇してしまっていた。  アラスターは今更、そんなことに気がついた。  なんとなく持っておいていたナイフを見る。ところどころ錆びていて、刃こぼれしていて、ずっと手入れされていなかったのは明白だった。  これ、ちゃんと切れるのかな。切るの、痛そうだな。  だが、関係ない。選択肢はもう無かった。  操れるかどうか、アラスターはぞろぞろと歩いていく人々で試した。  同じ人をじっと見つめたり、手を向けて動かしてみたり。少し不審とも見えるアラスターの行動を気にする人は一人もいなかった。アラスターの魔法にかかった人が急に変な動きをしても、多分、同じ反応なのだろう。  必死でやっていると、段々体の中で何かうごめくものを感じた。最初は鳥肌が立って、魔法をかけようとするのをやめたが、魔力があるからこそ感じるのかもしれないとアラスターは思うようになった。  何かがうごめき始めたら、標的の目をじっと見つめて、その中に入り込むように、それを繰り返した。  ある日、同じことをしていると、急に鳥肌が立たなくなった。  不思議に思って改めて標的の方を見ると、人混みの中でぴたりと止まっていた。  ・・・歩いて  すると、からくり人形のように足を一歩一歩、前に出して歩き始めた。  ・・・できてる?  階段から真下まで落としそうになり、慌てて指で向きを示すと、くるりと向きを変えた。  かなりぎこちないが、確かに動いている。  できた!できた?  喜びで、標的の人間からパッと意識を離した途端、その人はなにもなかったかのように歩き始め、途中会った女性と話し始めた。  逃げる時、絶対に失敗しないように、何度も何度も練習した。どれくらいの距離でかかるのか。どれだけ意識を離すと魔法がとけるのか。見張りは2人。2人同時にかけられるのか。  念の為、他の魔法も。  1つモノにすると、他の魔法も案外簡単にできた。もちろん、人を殺すような魔法は練習しなかったが。  アラスターが逃げ出す日、あの男性が二人目の赤子を捧げていた。  夜中、「偉い人」たちがあの釜の周りから居なくなる時を狙い、アラスターは見張りに人を操る魔法をかけた。目の前まで行くと怪しまれる。音を立ててしまわないようにそっと階段を降りていって、ぎりぎり魔法が届く距離からかけた。  ・・・かかった?  見張りは「偉い人」の命令を忠実に守って、少しも動かない。  試しに、座るよう操ってみる。  見張りは少しぎこちない動きで、かくかくと座り込んだ。  かかった、かかった!  他の人に気づかれないように、(気づいた所で他の人に気を止めるような人々ではないが)ゆっくり、でも、さっきよりもずっと早く階段を降りた。  見張りの近くまで行くと、もう一度立たせて、そっと歩いて出た。  見張りからしばらく意識を離さないように気をつけ、魔法がとけた時、走っていく音が聞こえないように、なるべく遠くまで後退りした。  頭がくらくらしてきた。  ぎりぎりまで耐え、見張りから意識を離し、念の為そっと後ろ向きに歩いた後、アラスターは振り返って走り出した。  はやく、はやく!  息がうまくできなくなるほど激しい興奮の中、アラスターは夢中で走った。  そうだ。  今のうちに。  興奮のおかげで、大して恐怖心は湧かなかった。  錆びたナイフで、焼印をされた皮膚を削るように、ひたすらギコギコと刃を動かした。  手は震えていて、皮が深く剥がれたところを更に切りつけた。  痛みは感じなかった。心臓の音が、自分がそれ1つになったのではないかというくらい激しく感じて、苦しいだけだった。  早くこの興奮を収めないといけない。  収めたら収めたで、激痛がくるかもしれない。  剥がした焼印を必死に拾って、ずっと遠くに投げた。  とにかく、密林を抜けなければならなかった。密林に入る前は、川を挟んで遠くに小さな街が見えていた。  休まずに、どれだけ走り続けたのかわからない。  体がすっかり冷え切って、流れ出る血だけがやたらと熱く感じた。  密林は段々と木々の層が薄くなってきた。  アラスターは夢中で気が付かなかったが、この林を歩く人々によって踏み固められた道が現れていた。  人影が見えた所で、アラスターは警戒して止まった。  アラスターは知らなかったが、人がよく通る森には警備魔法使いがいた。 「何だ?・・・どうした、君!」  「偉い人」が待ち伏せしていたわけではなかった。 「迷子になっていたのか?コゼットから行方不明者の話は入っていないが・・・ひどい怪我だな、骨が見えているぞ。」 「アゴスティーノ・・・連れてって」  記憶の片隅に、さっきまで物置の埃のように放っておかれていた街の名前を口にした。  警備魔法使いが仲間を呼ぶ声をかすかに感じながら、アラスターの意識はプツリと切れた。  どうも、一番苦しい時は眠っている間に去ったようだった。  下の方で話し声が聞こえる。 「ええ、知っての通り、アゴスティーノはまだ、住民の登録は希望制なんです。枠に限りがあるので・・・いざという時に必要になる人が使えるようにと、私たちも子供たちも登録していなくて。うちは魔法使いの家系ですから。子供のことは守れます。・・・もう、嘘になってしまいましたけどね。ええ、上の子はゴールダッハには登録されています。アラスターはまだ、魔力持ちかどうかわかっていなかったので。いつもは大人しいんですけど、たまに好奇心が高ぶって1人で森に入ってしまうこともあるんです。いつもはディクシーと行くように言っているんですけど、まさか、コゼットの方まで行ってしまったなんて。本当にありがとうございました。ええ、はい、また何かあればアゴスティーノの警備組織の方に、はい、」  懐かしい声だった。 「家・・・・」  実感が湧くと、懐かしい匂いも、外の音も、一気に入り込んできた。  懐かしい、階段を駆け上がる音が・・・ 「?」  勢いよく部屋のドアが開き、見慣れない顔が視界に映り込んだ。  背が伸び、体つきも大きく変わっているが、家ではとかしもしない黒髪も、弟の部屋にずかずか入ってくるのも変わっていない。 「ディクシー・・・」  思ったよりもかすれて小さな声で、アラスターは内心驚いた。  だが、それもすぐに突進同然で抱きついてきたディクシーによって頭の外まで放り出された。 「お父さんにますます似て・・・」 「ん?」 「ああ、ごめん、ええと、わかるわよね?私のことくらい。あんまり大きくなってないし痩せてぼろぼろだし儚さばっかり増してるしいつの間にか魔力持ちになってるし・・・でも、私はそんなに変わってないわよね?わかるわよね??ね???」 「ん、だから、ディクシーって」 「よし」  そしてまた、駆け上がる音、それにかき消されそうなもう1つの足音。 「アラスター、気づいた!?何があったか知らないけど適当に誤魔化したからそこは安心して、ね?まだゆっくり休んでて・・・・」 「アラスターが気にするのはそこではないだろう、多分・・・」 「ああ、そうだ、隣行って2人も呼んできて」 「あ、そうだよ、お父さん行ってきて」  周囲の慌ただしさを無視して、アラスターは起き上がってみようとした。  上手く力が入らない。肩が外れたようにガクリと崩れてしまう。 「寝てなさい!」  ディクシーが手を少し振ると、アラスターはベッドに押し付けられた。 「とりあえず、今は全回復することに専念してなさい。話を聞くのも、今後のことを話すのもそれからよ」  その「今後」のことを、アラスターは何一つわかっていなかった。ただ、「大変そうだな」とだけ。  事実、大変なのはそこからだった。      
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