今までのこと

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今までのこと

「・・・と、まあ。家に帰った頃には9歳になっていたわけだ」  カンナハに疲れの色が見え始めていることに気がついたのか、まだまだ続くからなのか、アラスターはそこで一旦話を切り上げた。  ええと・・・整理しなくちゃ。  けど、その前に 「あの、お水いただきたいです」 「すぐに持ってくる」 「ありがとうございます・・・」  長々話していたアラスターの方が喉が渇いているだろうけど・・・  焼印に使われていた熱い液体が、人の血肉が混ぜられていたというところあたりで、カンナハは正直限界だった。  普段通りの体調ならまだ冷静に聞けていたのだろうが、頭はとっくに疲れていて、話に追いつくことと、疑問を頭にしまい込むことと、さらに疲れを隠すことはかなりきついものだった。  ええと、宗教に関してはよくわからないけど、悪魔的なものを崇拝するのがあって、で、 「あの、子供を捧げるっていうのは?」  ちょうど戻ってきたところに、カンナハは早速一つ目の疑問を言った。 「要するに、生贄だな」 「なんですか?それは」  イケニエ?イケニエで殺すの? 「人を生贄として捧げるんだ。その悪魔の機嫌をとるためらしい。実際にあそこで崇められていたものが「神」だったのか「悪魔」だったのかは知らないが、古くからある宗教の歴史の中や、その土地特有の文化でも生贄はある。不作や災害が続いた時代は特にな」  不作、災害か・・・。  カンナハは水を一口飲んだ。  大分すっきりした・・・  他の国のことはわからないけど、少なくとも今のこの国は、そういうのも魔法である程度どうにかなっているらしいよね。昔はどこでも、不作や災害は神様が怒っているからだ、とか考えられていたっていうのは授業で少し習った。  で、その怒りを鎮めるために人、イケニエを捧げていた、と・・・。その悪魔だか神だかも、それで機嫌をとって、力を授けてもらっている、うん、分かった。  そうなると・・・ 「アラスターがイケニエにならなかった理由は分かりましたけど、私がこうして生き残っているのはどうしてだと思いますか?」  幼い私が1人で逃げ出せたわけがない。でも、そこの人たちは子供を率先して捧げていた・・・私、なんで生きてるの? 「思い当たることは、一つだけだな」  あ、あるんだ。 「起こったことは覚えているが、あの閉鎖的な場所で時間の感覚がかなり狂った。正確に何年前とは言えないが、外に出ることを許されていた者の1人が、カンナハの親だとしたら?」  それは、つまり、 「逃げ出したっていう3人のうちの1人が私だと?」  私は、アラスターが誘拐された後に同じ場所で生まれて、アラスターが逃げるよりも前に逃げ出した? 「逃げ出した3人には追手がいたはずだが、その後どうなったのかは分からない」   そういえば、その「追手」もその後戻ってこなかったんだっけ。 「多分、あの人が殺したんだと思います。両親のことはあまり聞いていないんですけど、少なくとも、愛されていたって」 「稀に、洗脳を逃れるものがいるのかもしれないな。与えられた部屋にあった蝋燭は、あの小瓶と同様の色をしていた。おそらくあの蝋燭も洗脳の1つだろう。俺は薬草の匂いに慣れていないこともあって部屋にいるのは避けていたが、魔法使いにとっては特に違和感のないものだったのかもしれない」  そっか、気が付かないうちに洗脳されるんだ。・・・洗脳って、そういうものなのかな?わからないけど、アラスターが洗脳されなかったのは、本当に偶然だったのかもしれないな。 「ディクシーが薬学が苦手で助かった。大体爆発させたり火事になりかけたりで、親に自宅での調合は禁止されていたからな。おかげで薬草の匂いは鼻に馴染んでいなかった」  あ、本当に偶然だった・・・  あの人は、私の両親がどういう人か、少しは知っていたのかな。 「戻ってきてから、どんな生活をしていたんですか?」  私は、ごくたまに市場に連れて行ってもらうこと以外は、外とは一切切り離されて育てられたし・・・アラスターは年齢的に、魔法学校の入学が迫ってきているよね。それまでに生活に馴染むのはかなり大変だったんじゃないかな・・・それとも、元の生活に戻るだけだから魔法関係以外で苦労は無かったのかな。 「戻ってきてからの方が不安が強かったな。いつ見つかるか分からない。傷は消せない。それに、黒魔法を使ったせいで白魔法がなかなか馴染まなかった。黒魔法を使う感覚を初めて手に入れた時よりも、ずっと抵抗があった。1月ほどかけてヨハンナが俺に入り込んだ時、黒魔法を使ったことと、多少あの場所の煙を吸い込んでいたことで魔力の色が何色も混じって いたらしい。今はどうか知らないが」  うーん・・・本来白魔法を使うのに適した体で黒魔法を使ったからなのかな。それとも、白魔法と黒魔法、どっちも使う人だと必然的にそうなるのかな。  そういえば、私、自分の魔力の色知らない・・・確か専用の魔道具を使って調べるんだっけ。 「私は魔力の色を知らないんですけど、もしかしたら同じように混ざり合っていたりするんですかね」 「魔力自体の有無は9割以上が遺伝だが、色は遺伝しない。魔法を使った痕跡からも魔道具で判断できるが、正直使った人間を特定すること以外になんの情報も持たないぞ。色は人の数だけあると言われているが、肉眼ではそうそう判断できないくらいの違いしかないことが殆どだ。よほど珍しい色でもない限り、人間を特定するのは不可能に近いな」 「ちなみに、それぞれどれくらいの割合でどういう色の人がいるかって、わかっているんですか?」 「この国で魔力持ちとしてゴールダッハに登録されている人間は昨日までで27861人。魔力の色は、あっても無くても良い情報で、9割以上が書類に記入している。そのうちの約3割は青色で、赤色、金色、緑色、桃色、紫色、橙色がそれぞれ約1割。あとは少数派のその他の色だな」  そうなんだ・・・ 「ちなみに登録人口に関しては1部のゴールダッハの官僚と王室付魔法使いのみ知る情報だから、変動するとはいえ口外無用だ」  なんで話したの!? 「国王と王位継承順位上位の王族も知れるらしいが、まあ、特に意味はないな」 「なんで話したんですか?」 「知った所で意味はない。その日に有効な情報ならば刑罰の対象だ。国外に漏らした場合は処刑」  ええ・・・ 「魔力の色は、今知ろうと思えば知れるが、どうする」 「魔道具があるんですか?」 「いや、黒魔法を使えば必要ない。微妙な違いも判断できるが、精神魔法になる。それでもいいのなら今やるぞ」  まあ、それくらいなら。 「お願いします」  すると、アラスターは冷たい指先をカンナハの首に当てた。  何かを吸い出されている感覚がする・・・。 「カンナハもか」  え?何が? 「そこまで混ざってはいないな。白と、少し灰色・・・いや、黒だな。今は灰色になっている。おそらく、もともと白い魔力に黒魔法を使ったことで黒が混ざったのだろう」  黒魔法を使って、黒が・・・。 「じゃあ、アラスターも黒が混ざっているんですか?」 「ああ。ヨハンナが言うには、主に紫、黒、赤が混ざっているらしい」  うーん、元は何色なんだろう。 「純粋に魔力が黒い人はいるんですか?」 「それは聞いたことが無いな」  黒い魔力は、黒魔法を使う人特有のものなのかな・・・。  私は、白魔法はあの人にそんなに教わらなかったような・・・やっぱり、あとからでも身に付けられるから? 「白魔法が馴染んだのは、どれくらい経ってからですか?」 「3年ほどかかった。ここでも黒魔法は公に使えない。身を守るために、座学は暗記で済ませて、勝手に実技をしていた記憶がある。より攻撃的な魔法を身につける必要があったが、白魔法はそれがあまりにも少なくて苛立った。そう思っているのが自分だけで、周囲は至って普通に白魔法を日常の一部としているのも、あの場所での生活が馴染んでいた自分にも違和感があったな」  淡々と話すアラスターを見て、カンナハは自分があの魔法使いと別れてからのことを思い出した。  私は、ここでの生活とか、学校とか、街とか、全然知らずに来たけれど、アニェスとキーラが私に深入りしないでいろいろなことを教えてくれたから意外となんとかなっていたんだよね・・・。  アラスターには、そういう人がちゃんといたのかな。  助けてくれるだけじゃ駄目だ。それだけじゃなくて、何だっけ。2人が私にしてくれたこと・・・何か、私がここに居続けられた理由があるはずなんだけど・・・何だっけ。  ここでの生活に慣れるまでの間、大変とか、努力とか、辛いとか、それ以外のものをアラスターは感じられていたのかな。 「学校生活はどうでしたか?」 「・・・特に何も無いな」  え。 「妖精たちが勝手に話しているかもしれないが、森で寝ているとバシレイオスかノエル先生が探しに来た。寮で過ごすことは殆ど無かったな」  ・・・他に友達は。  あ、でも私もそんなに友達いないかも。アニェスとキーラ以外の生徒と必要以上に話した記憶が無い・・・。  そこで話が途切れると、今度はアラスターの方から口を開いた。 「・・・で、もう1つ言っておくことがあるが、その前に、魔法使いの名前を教えてくれないか。防音魔法はかけてある」  あ、そうですね。  口に出すのは何年ぶりだろう。  噛んでしまわないか、カンナハは心の中で繰り返しその名前をつぶやいた。 「私を拾って育てた魔法使いは、ヨザファト様です」  しばらく部屋の中が無音になり、外からの、少しの環境音だけが聞こえていた。 「聞いたことがないな」  私も、実はヨザファト様自身のことはあまり知らない。 「魔力持ちになって、ゴールダッハに登録される前に家族に捨てられたそうです」 「となると、元は白魔法を使う体を持つ人間だったということか」 「はい。ヨザファト様が言うには、黒魔法使いというものは10年ほど前に全員滅びているだろう、と」  なんの根拠でそれを言ったのかはわからないけど。  今残っている「黒魔法」を使う人間というのは、あくまで習得しただけであり、黒魔法使いとしての体を持って生まれたわけではないということだ。  私も、黒魔法を先に覚えたから使えるだけで、白魔法に適した体なんだよね、本当は。両親が魔力持ちだったのかは知らないけれど。少なくともヨザファト様が言うには、私は黒魔法を使う家系というか、血筋は無いらしい。 「そのヨザファトという魔法使いも、カンナハと同様に拾われたのか」 「そうだと思います。少なくとも、あの森にあった家は、ヨザファト様が用意したものではありません。元の主は他にいたはずです。それらしき墓もあります。それに関しては、ヨザファト様は何も教えてくれませんでしたけど」 「彼の年齢は?」 「それもわかりません」 「容姿を思い浮かべられるか。抵抗がなければその記憶を読みたい」  ・・・うーん 「私は構いません。ただ、ヨザファト様に付けられた守護魔法がかなり強くて、といた今でも精神魔法には反発するみたいなんです」 「試すだけ試したい。責任は取る」  え?責任? 「いや、そういうものは気にしないでください。ヨザファト様の容姿を確認するだけなら構いませんから」 「・・・わかった」  アラスターは、カンナハの額のあたりに手をかざした。  カンナハは目をつぶって、ヨザファトを思い浮かべる。  いつもの姿と、女性の姿になっている時と・・・  料理をしている時。本を眺めている時。  怪我をして泣いて帰ってきても、性悪の妖精に虐められて突かれながら帰ってきても、いつも同じだった。  カンナハを仕方なさそうに見て、笑って、寝かしつけた。  ・・・あ、違うこと思い浮かべちゃった。  目を開けてアラスターの方を見ると、彼もこちらを見ていた。 「すみません。容姿以外のこと、いろいろ考えてましたね」 「いや」  アラスターはかざしていた手を下ろすと、珍しく笑った。 「良い人に育てられたな」  ・・・当たり前だけど、初めて言われた。  また涙が出そうになる。 「あ、もう1つ言っておくことがあるっていうのは?」 「例の小瓶についてだ」  ああ、あの攻撃系の魔法を強化するやつ。 「結局どうなっているんですか?」 「小瓶には模様が彫られていて、焼印のものと類似していた。中毒性があることからも、あの場所で作られたものではないかと考えている」  あの場所で・・・確かにあり得そうだけれど、 「あの指名手配犯が、あの場所に出入りしていたと?」 「その可能性は低いな。少なくとも、俺が居た頃は外部から出入りしている人間も、あの小瓶も見たことがなかった」 「なら、作られるようになったのはアラスターが逃げ出した後ということですか」 「それだけなら良かったのだが・・・あの指名手配犯の記憶を探ったが、出入りしたような記憶は一切無かった。面倒なことに、どうも間に何かいるらしい」  何か・・・あの場所で小瓶を手に入れて、それを悪徳魔法使いたちに回している人がいるってことか。 「それが、官僚の中にいる可能性もあるということだ。魔力持ちや、指名手配犯の資料を見ることは外部の人間よりもずっと容易い。ゴールダッハの保管庫に置いておくには危険と判断して、小瓶はフォティオスの許可を取って手元に置いておいたのだが・・・案の定、それを嗅ぎつけたらしい。集団になって襲ってきた悪徳魔法使いの裏にはゴールダッハの官僚がいると見た」  あ、それであの時急いで戻っていたんだ。 「私に外出を控えるように言ったのも、それが理由ですか」 「ああ。もちろん、安全のために薬に関しての情報提供者としての名前は伏せてあるが、あの指名手配犯を倒した生徒としての名前は記録されているからな」  まあ、感謝状を貰ったしね。 「カンナハに行き着く情報が減るように最大限手を回してはいるが、どうも、あの場所と繋がっている官僚は同僚にいるらしい」  え?同僚? 「そのあたりはフォティオスが、バシレイオスと、フォティオス直属の同僚にも探らせているらしいがまだ見つかっていない」 「どうして同僚だと?」 「襲ってきた悪徳魔法使いたちの記憶を探ったが、裏にいる官僚ははっきりしなかった。本人が探れないよう既に記憶操作をしていたのだろう。ただ、襲ってくる前に偶然聞こえた会話の中に、確かに俺が俺であると確認する内容があった。同僚が言っていたことだから、間違いない、と」 〈本当にあれがアラスターか?聞いていた容姿と大体合ってはいるが・・・〉 〈制服を着ていない・・・人違いかもしれない〉 〈大体、ゴールダッハにも全然出入りしていない官僚らしいじゃないか〉 〈同僚からの情報だ。あれがアラスターであると信じよう〉  襲ってくるってわかってて、少し泳がせてたんだ。聴覚の強化でもしたのか、悪徳魔法使いどうしの精神感応に入り込んだのか・・・。 「それに、俺が探りきれないほどの記憶操作を行えるのなら、上級官僚であることは間違いないだろう」  ああ、それもそうか。あとは官長のフォティオスか、王室付の魔法使いか・・・ 「あの、すみません。王室付の魔法使いには階級があるんですか?」  ゴールダッハは魔法使いの管理や規則を決めたり、取り締まったりするけど、王室付は、王族を守るっていう印象くらいしかないな・・・エストラードだったら詳しく習ってそう。 「騎士コースで詳しく教わるらしいが、王室付は、王から直接命令を受け、それを誰に割り当てるのかを決めるバナンという地位の魔法使いが王室付魔法使いの中で一番権利を持つらしい。そしてその命令に従う魔法使いと、主に王都の警備を仕事とする騎士魔法使いがいる」  なるほど・・・。 「ゴールダッハと王室付が関わる機会といえば、王室付やそれに関する魔法使いの対処をする所に口出しをしてくる時だろう。もしくは勝手に進めている」  処罰に関してはゴールダッハが決める所で、そこに王室付が口を出してくるっていうことか。  王室付は王族に仕える立場として自他ともに厳しいが、同時に誇りもあるので王室のことを最優先にする傾向がある。  ヨハンナの話と繋がるところがあるな。今まさに助けが必要な場所より、王都の警備を優先するところとか・・・。 「フォティオスがよく揉めては徹夜で話を聞かない連中と話をしている。要は、不仲ということだ。昔からな」  そうなんだ・・・  王室付があの場所と繋がっている可能性もないかとカンナハが考えていると、下からドアを開ける音がした。 「アラスター?帰ってきているんでしょー?」  女の人・・・?  アラスターの方を見ると、面倒くさそうにため息をついている。 「ディクシーが来た・・・」  え、お姉さんが?
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