カンナハの記憶

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カンナハの記憶

 物心ついたときには、カンナハはその魔法使いと暮らしていた。  人里離れた深い森は、他の森では滅多に姿を見せない種類の妖精もたくさんいた。  学校に通うまで、魔法使い以外、人との関わりは無いに等しかった。数少ない来客とは殆ど話すことはなかったし、怪しい者は、その魔法使いが少し手を振ったり、一瞬微笑んだりする間に吹っ飛んでいたり、消えていたりした。そういう時、カンナハはたまに『見せるようなものではないよ』と、目をふさがれた。カンナハに話しかけてくる者もいたが、殺そうとしても攫おうとしても、魔法使いがつけた守護魔法で跳ね飛ばされていた。  カンナハは、自分が狙われているのではなく、ここがそういう場所なんだろうと思っていた。  たまに、訪問してきた優しそうな老婆と話をするよう魔法使いに言われる以外、カンナハは自由に過ごしていた。守護魔法をつけてもらって森で遊んだり、姿を変えて市場に行く魔法使いに、一緒に行きたいとせがんだり、雨上がりにぬかるみで遊んでそのままお風呂に放り込まれたりした。  魔法使いの家の裏には、墓が2つあった。1つはカンナハの両親のものだった。 『私のお父さんとお母さんって、どんな人?』 『さあ、私も話したことはないからね。でも、カンナハを愛していたってことは知っているよ』 『どうして?』 『ま、そのうちわかるよ』  カンナハが朝、墓の前で祈っていると、それを見た魔法使いは、祈るだけでは無く、1日の事を話したり、花を置いたりするのも良いと言った。そして、もう1つの墓にはそのどれもしなくていいとも言った。  どうして両親が死んだのか、自分の胸元にある傷は何なのか、どうしてこんなところに住んでいるのか、どうしてよく襲われるのか、カンナハが聞いても魔法使いは教えなかった。  カンナハが10歳になる頃、魔法使いはメーリスヴァング魔法学校に入学するよう言った。 『学校に住むの?外で生活してもいいの?』 『うん。私は少し、やることがあるから。今まではカンナハを1人することができなかったから、あまり動かずにいたけれど』 『私、教えてもらった「危ないときの魔法」ちゃんと覚えたよ?』 『それでも危険なんだ。私でさえ「あれ」には手こずっているからね。私無しで過ごさせるのに、1番安全と判断したのがメーリスヴァングだ。あの学校には、信頼出来る人物がいる。カンナハ、この森の外で動く時は、今までもそうだったが、守護魔法はつけられない。今までは、つけないときは私がいたからよかった。だが、外の世界に行く以上、何がどこに潜んでいるか把握しきれないからね。私という存在を証明してしまうものは、無い方がいいんだ。完全に私という存在が無いまま、これから先しばらくは過ごさなくてはいけない』 『・・・あれ、は何なの?』 『全部終わったら教えるよ。その前に知ることになるかもしれないけれど。カンナハ、何度も言うけれど、私の噂があったとしても、何も言わないように。家や家族のことを聞かれたら、この前教えた村の名前を言うんだよ。もし何かあって、学校も危険になった場合は、その村に行きなさい。この家は、少なくともカンナハが在学中は、消しておくつもりだから』 『■■様も、しばらく帰らないの?』 『そのつもりだよ。これから大きく動く以上、この森になにかあったらいけない』 『人が全然入ってこないから、妖精も魔法植物もたくさんあるもんね』 『それもそうだけれど、カンナハ。私は大事な娘の帰る家を無くすわけにはいかないんだよ』 『家は消すけど?庭も?井戸も?お墓も?』 『それは、ちゃんともとに戻すから・・・』 『もう1つのお墓って、誰が・・・』 『カンナハ、もう眠る時間だよ』 「カンナハ、もう起きて」  え?  さっき寝ろって言ったのに・・・  不機嫌に目を覚ましたカンナハは、目の前で呆れた顔をしているアニェスを見て目をパチクリさせた。 「ん、あ、学校?」 「どこの夢見てたの」 「寝ろって言われる夢・・・」 「そりゃ残念だったね。あと、まだ寝ぼけてるみたいね」  ん?うん・・・  ぼんやりしているカンナハは、まだはっきりとしない視界に時計の針を映した。 「・・・六時っ!?」  午後である。  そしてここは、メーリスヴァングの一年女子寮。カンナハ、アニェス、キーラが住む部屋『ジャシンタ』だ。 「帰ってきたら、お菓子用意してる間に寝ちゃったんだよ」  課題を進めているキーラが、まだお菓子をもぐもぐしながら言った。  そうだった・・・そうだよね!? 「私も課題やらないと!」 「大丈夫でしょ、私と違って計画性あるし。大体もう終わらせてるんでしょ?」 「自覚あるならお菓子食べるのもうやめなさい。ま、カンナハなら大丈夫でしょ。座学は大体」  大体、ね!  提出日明日だから!  すぐそばに置きっぱなしになっていたカバンから、筆記用具と八割ほど終えた薬学の課題を引っ張り出した。 「・・・今回はそうでもないの?」  キーラのお菓子を強制的に回収しながら、アニェスが言った。 「多分終わる!多分大丈夫!応用先にやって、基礎後回しにしてあるから!」  大体暗記してるし、多分大丈夫! 「やっぱり計画性あるね」  こんなに寝ちゃうなんて・・・ 「帰ってから何も食べてないでしょ。夕食前に少し糖分摂って」  アニェスが回収したお菓子から、チョコレートをいくつかカンナハの机に置いた。 「ありがとう!」  カスタード入りのを口に放り込んで、暗記した単語を次々当てはめていく。  寒暖差の大きいところに生息しているのは、カジミェシュ、月光のある夜だけ光るのは、リヘザ、  机にかじりつくカンナハを、アニェスとキーラはしばらく見つめてつぶやいた。 「カンナハ、今日すごかったよね」 「何かあったんでしょ、だいぶ疲れているみたいだし。ほら、キーラ課題やって!」  ───1時間後 「・・・よし、終わった!」  きれいに埋まった用紙を見て、カンナハはゆっくり伸びをした。  キーラは・・・  振り返ると、アニェスにつきっきりで教わりながら既に机に突っ伏している。 「お、カンナハ終わった?」 「早っ!」  なんとかね・・・ 「ほら、キーラもやるよ」 「疲れた〜!やだー!」  駄々こね始めてる。  もう七時か・・・。 「ね、一旦夕食にしない?」  ずっとやってても疲れるだろうし。 「今日は早く寝て、明日朝にやったら?キーラが夜型なのは知ってるけど・・・私も付き合うし」 「「・・・」」  あれ?駄目?  すると、アニェスが盛大に溜息をつきながらキッチンに行った。キーラはぴょんと起きて、課題を片付けてからアニェスに続く。 「今から食堂行っても、すぐに閉まる時間になっちゃうからね」 「一番休むのは、カンナハでしょ。あ、パスタでも良い?」  ・・・ありがとう。 「でも、私も手伝うよ」 「じゃあお湯沸かして」  了解。  三人分いっきに茹でられるように、カンナハは一番大きい鍋を取り出した。 「ね、カンナハ」  ん?  アニェスがレタスをちぎりながら言った。キーラはパスタを計っている。 「今日の実技、すごく良く飛べてた」  見ててくれたんだ。 「気がついた?」 「まあ、気がついたっていうか、私はちょうど休憩してて、途中からしか見てなかったんだけど、ノエル先生が何あったんだ?って顔してたから」  ・・・ああ、なるほど。 「そうそう!今日のカンナハ、吹っ飛んでなかったよね!ちゃんと止まってたし」  うん、吹っ飛ばなかったからちゃんと止まれた。 「何があったの?」 「まあ、親切な人に教えてもらったというか」  昨日の、アラスターとの特訓が蘇る。半ば強制だったが、アラスターの実力は確かだったし、何より教え方がうまかった。 「さすがに空中一回転とか、ぎりぎりまで落ちて空中停止とかは出来なかったけど・・・」 「え?誰に教わったの?」 「クラスの上手い子がふざけてやってるよね、それ」  飛ぶのがもともと上手い子はできるだろうけど・・・ 「まあ、短期間であれだけ出来るようになってたら、上出来でしょ」 「ありがとうアニェス」  今日のジャシンタの夕食はクリームパスタと、蒸し鶏とレタスのサラダ。部屋のまんなかのテーブルで一緒に食べるのが恒例だ。 「食べ終わったら課題の続きだよ」 「あぁ・・・忘れてた」 「食べたら忘れるんじゃないの、キーラの脳って」 「ただでさえ明日の実技苦手なやつなのに・・・」 「水を操る魔法、だっけ。得意な魔法も同時に使っても良いって言ってたけど」 「私そんな器用なこと出来ないよ!」 「カンナハは得意だよね」 「まあ・・・よくやってるからね」  むしろその方が得意だからな。 「私まだ、水質変換も出来ないよ」 「カンナハができるだけだから。3年なら、今の実力で十分だから」  雑談をしながら、食事が進む。  ずっとこういうのが続いたらいいな・・・。  学校に入学してから、初めて同年代の生徒と交流して、お菓子を口に入れて、買い物を自由に楽しんだ。  あの魔法使いとの生活が退屈だったことは決して無いが、ここでの生活全てが、カンナハにとって新鮮で、安全だった。  自分への危険なんて、ずっと頭から抜けていたな。  カンナハは3年生。メーリスヴァングでは、上級生と呼ばれるのは5年生だけだ。だが、カンナハはもう下級生でもない。  友達の安全と、自分の欲、どっちを取るかと言われたら明白だよね。もう、十分学校生活は満喫したし。これからはさらに魔法を・・・せめて、アラスターに引かれない程度には身に付けないと!  翌日。  始業の1時間前、ノエル先生に呼ばれたカンナハは、そのまま教室に行けるように準備をして、まだ寝ている生徒もいる静かな寮をそっと出た。  森育ちのカンナハは、朝が早い。既に起きて2時間は経っていたため、眠気はゼロだった。  場所は、アラスターと会った部屋と同じ、生徒立入禁止の中庭に面する談話室。  あの指名手配犯のことでまだ何かあるのかな。 「失礼します」  ・・・あれ。  部屋には、アラスターもいた。前回と違い、官僚の服装ではない。 「朝早くからごめんね、カンナハ」  ノエル先生がお茶を用意している。 「話があるのは、正確には俺だ」  あ、そうなんだ。 「個人的に気になっている点に関して、これからも聞きに行くための許可はノエル先生にとってある。で、ノエル先生にも来てもらったのは、まだ互いに信用できないからだ」 「私と、アラスターが、ですよね」 「ああ。俺はともかく、カンナハは俺に話したことを悪用される不安があるだろう」  まあ、多少は。 「いざという時は、私がアラスターに記憶操作をしろってことだね」  ああ、完全に忘れさせると。 「あの、記憶操作なら、私も出来」 「「やらなくて良い」」  ・・・はい。  二人同時に言われ、カンナハは黙った。ノエル先生が仕方なさそうに笑う。 「こういう生徒がいるから、気が抜けないね。ここの教師は」 「はっきり言って、学校で教えない意味が無いですね」 「そう言うアラスターも、入学最初の実技で同級生を半殺しにしかけただろう」  えっ・・・。  そういえば、卒業生だっけ。 「お二人は、顔見知りなんですね」 「顔見知りも何も、5年間担任をしていたのは私だからね」 「えっ!」 「問題児を受け入れてもらえる学校、メーリスヴァングくらいだからな」  ・・・今、私の方見た?  思わずじとりとアラスターを見ると、ふいと顔をそむけられた。  もう! 「仲良くしなさい・・・。記憶操作の件は了解したよ。まあ、実際にやることになるとは思ってないけどね」  5年間担任だった先生を裏切るようなことは・・・無いのかな。  用意した紅茶をテーブルに2人分、置くと、ノエル先生は授業に使うらしい教材をまとめ始めた。 「まだ何か、話すことがあるんだろうから私は先に行くよ。アラスター、なるべく早く済ませてやりなさい」 「わかっています」  ・・・素直だな。 「まあ、遅くなっても最初の授業は私だから、多少の遅刻は認めるよ。カンナハ、焦らないで来なさい」 「ありがとうございます」 「素直だな」 「・・・」  私、わりと素直だと思うけど!?  今度は睨んだカンナハ。  わかっていたかのように、アラスターは殆ど同時にサッと顔をそむけた。 「だから、仲良くしなさい」          
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