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やること
アラスターと二人になった。
ノエル先生が淹れてくれた紅茶を飲み、一息つくと、アラスターが防音魔法をかけた。
「まず聞きたいのだが、カンナハに魔法を教えたのは魔法使いなのか?」
「・・・分かりません。あの人が持つ魔法上、名前は言えません。でも、ゴールダッハに登録されていないのは確かです」
アラスターの今日の服装は、ワイシャツにスラックスで、魔法使いの証である黒いマントを身につけている。黒いマントは、ゴールダッハに登録された、「魔法使いと認められている者」だけが身につけるもので、学校の制服にも、黒いマントは絶対に無い。
あとは、たまにローブを着ている人がいるかな。
あの人は、灰色のマントだったな。よく見たことはないからわからないけれど、絵のような、魔法陣のような黒い刺繍があった。
「その人物は、よく悪徳魔法使いを倒していたか?」
「はい、ほぼ毎日」
「黒い髪をしているか?」
「はい」
「森に住んでいたか?」
「・・・はい」
アラスターは少し考えたあと、ためらうような表情を見せた。だが、意を決したらしく、話し始める。
「・・・思い当たる人物を、噂にだけなら聞いたことがある。俺が官僚になる前の話だ。捕らえて尋問した悪徳魔法使いの中に、ある『恐ろしい』魔法使いらしき人物の話をする者が何人かいたらしい」
何人か・・・だけ?
あの人と対峙した悪徳魔法使いは、大体がその場で死んでいるからかな。あの人も、殺すことにこだわっていたわけではなかったみたいだし・・・。
「その人物と遭遇した場所として、全員が同じ『ある森』を指していた」
多分、私が住んでいた、あの森だよね。
「その人物は、指名手配犯になっていた悪徳魔法使いを、魔法を使わせる前に一瞬で倒したらしい。中には、数人で遭遇したが、自分以外全員殺されたという悪徳魔法使いもいた」
あ、たまに10人くらいで一斉に襲ってきた人いた。
「奴らが言うには、こちらに手を向けただけで思考を読み取ってくるとか、軽く指を動かしただけで仲間の首が吹き飛んだとか、気づいたときには暗闇にいて、次の瞬間にはゴールダッハの建物の目の前にいたとか」
・・・そんなこともしてたんだ。たまに目を塞がれていたからな、私。
「多少記憶操作をされているらしく、容姿をはっきり覚えている奴はいなかったらしいが・・・そんなことをやってのける人物に、お前は育てられたのか?」
「噂があっても、何も言うなと言われています。なので、噂に関しては言えません。でも、確かに私を育てた「魔法使い」であろう人物は、今アラスターが言っていたような事もしていました」
多分、その噂の人はあの人なんだろうけど・・・。
「名前を言えない魔法とは?」
「あの人は、名前を呼ばれると分かるんです。どれだけ遠くにいても。自分が会ったことのない人が言っていたとしても。認識している人なら、心の中で言っても感知します」
「それは恐ろしいな」
確かに恐ろしい。だが、カンナハはこの魔法によっても守られてきたのだ。一人で森を歩いている時、たとえ悪徳魔法使いに遭遇したとしても、心の中で呼べば助けが来た。来るのは一瞬だったし、たとえその間に攻撃が来たとしても、守護魔法に守られた。悪徳魔法使いたちに、その魔法使いの名を知られることは無かった。
「カンナハに黒魔法を教えた理由は?」
「わかりません。黒魔法だということさえ知りませんでしたから。どうしてあの人が、黒魔法を知っているのか、今あの人がどうしているのかも知りません」
「会っていないのか?」
「入学してからは、一度も。最初から、そういう話ではあったんです。やることがあるみたいで」
「何をしているのかもわからない、ということか」
「はい。多分、私が狙われている理由と関係があるのかもしれません。でも、どうして、何から狙われているのかも私は教えてもらっていません」
「確実なのは、カンナハは何かから狙われていて、身を守る術としてその人物から黒魔法を教わっていた、ということだな」
「はい」
あとは、殆ど推測でしかない。
「・・・よし」
?
「カンナハ、俺は官僚としては予備だが、独立魔法使いとしていろいろ頼まれていることがある」
まあ、そうだよね。
独立魔法使いって、よほど優秀じゃないと出来ないし・・・どこにも所属していないからこそ、出来ることもあるし。
独立魔法使いは数が少ない上に、家庭を持つと、大抵は収入を安定させるためにも「独立魔法使い」は辞めてしまうことが多いのだ。
アラスターは、予備とはいえ官僚で、少し矛盾しているけど。
「いろいろ聞きたいことがまだあるが、直接会うときはそんなに無い。かと言って、手紙のやりとりも何処から覗かれるかわからない」
うん。
「だから、古いやり方だが、植物を用いた伝達魔法を使う」
・・・あ、なるほど。
魔法としては初期の方に出来たとされる魔法で、今ほど魔法使いの組織ができておらず、悪徳魔法使いも殆ど野放しになっていた頃だからこそ需要があったものだ。
その頃は、悪徳魔法使いが怖くて手紙の配達なんてしていられなかったらしいね。生活で必要最低限の食料とかは、転移魔法を使ったみたいだけど、魔力の消費が大きくて大変だったって。
植物を用いた伝達魔法は、互いが持つ花と花を通して、遠くでも会話のやりとりが出来るものだ。伝言を受け取ると、その魔法をかけられた花が開き、内容をそのまま伝える。
「で、カンナハ。その伝達魔法の欠点はわかるな?」
もちろん。
「伝達するためには、同じ種類、色の花でないといけません。そして、魔法さえかければ、3つでも4つでも伝達ができる。つまり、よく見かける花を使うと、同じ花を使って容易に盗聴が出来てしまいます」
この魔法は、かかってさえいれば、同じ種類の花全てに伝達内容が行ってしまうのだ。
そこは、どうするつもりなんだろう。数が少ない花を使うのは分かるけど。
「カンナハ、3年になれば野外学習も増えるだろう」
はい。といっても、殆どは学校の敷地になっている森の探索ですけど。・・・え?
「次の野外学習で、『アミントレ』を探してこい」
アミントレ。カンナハの頭の片隅に、かろうじて記憶されていたその植物の容姿がぼんやりと浮かんだ。
人の出入りがよくある森で、希少種を探せと・・・?
アミントレはわりと最近発見されたもので、数が少なく、生態がよくわかっていない。手がかりはゼロだ。
「アミントレは魔法植物じゃない。そうそう採取されないだろ」
「それはわかっています」
森育ちのカンナハは、学校で教わることのない非魔法植物も多く知っていた。だが、魔法植物と違って鑑賞くらいにしか需要のないそれは、とにかく情報が少ないし、研究されてもいない。
「一度だけ、住んでいた森で見たことはあります。でも、どういう環境で育つものなのかさっぱりわかりません」
「俺が知っている。俺が見つけたからな」
・・・え、そうなの?
「あの花は、俺が条件を決めて探したものだからな。名前が登録されているだけの存在だが、どういう場所にあるのかは分かっている」
条件?
何かの実験に使いたかったのかな。
「アミントレは、巨木の根の影に咲く。近くを妖精がうろついているはずだから、見つけたらついていけ」
妖精。非魔法植物だからこそ出来るやり方だ。
魔法植物は、意思を持つ種類が多い。そして、意志のあるものに妖精は宿らない。魔法植物の条件として、妖精が宿らないこと、魔力を持つこと、攻撃をすることが挙げられる。
「アミントレの見た目はわかっているな?」
「はい。アラスターは、アミントレを学校で見つけたんですか?」
「ああ。今日も久々に森の近くに行ってみたら、妖精が会いに来た。アミントレに宿る妖精は、数が少ない花を守ろうと警戒心が強い。だが、一度信頼されればそれは絶対だ」
信頼・・・
それだと、初見でついていくのは難しそうだな。すぐに消えちゃうかもしれない。
見つけたら、まずは信頼関係を築かないといけないのか。
「アラスターは、どうやって信頼されたんですか?」
「助けた」
え?
「巨木には、アミントレ以外にも、咲く花がある。巨木の枝の分かれ目や、裂け目に溜まった土から生えてくる植物と言ったら?」
「ヘルトルデス、ですね。とても生命力が強い植物です」
それも非魔法植物であり、攻撃をする魔法植物のすぐそばでも平気で生息していたりする。
「ヘルトルデスの妖精は、攻撃的だ。人間には勝てないと自覚しているからか、人前で姿を現すことはそうそう無いが」
あ、そういえば妖精は見たことなかったかも。あの森にも植物自体は結構あったけど。
ヘルトルデスって・・・木の上に生息するのが一般的らしいけど、人の出入りが少なかったあの森には、地面にも咲いていたな。
「ヘルトルデスの妖精は好戦的だ。他の非魔法植物の妖精をよく攻撃する。場所を借りている巨木の妖精には流石にしないが」
アミントレは攻撃されているってことか。で、それを助けることで信頼される、と。
「どうやって、ヘルトルデスの妖精を止めればいいんですか?」
「巨木の妖精は安寧を好む。が、普段は滅多に目を覚まさない。巨木の妖精が止めに入って攻撃が収まることは、100年に一度あるか無いかといったところだ」
えぇ・・・気の毒。そういえば、巨木の妖精も見たことがないかも。いないものかと思ってた。
「巨木の妖精を、起こすと?」
「まあ、そうだな。人間が近づけばヘルトルデスの妖精は消える。止めようがないものだからな。巨木の妖精が注意をすれば、100日くらいは効果があると言っていた」
妖精にとっての100日って結構短いんじゃあ・・・。
とにかく、まずは巨木を見つけないと。
「巨木は、森のどのあたりにありますか?」
「西だ。妖精に道案内を頼むのは禁止だろうから・・・鳥の後を追うと良い。特にレメディオスなら、精気を得るために巨木に行くことがよくある。花は2つ取ってこい。なるべく、近くに咲いているものどうしだ。その方が伝達魔法としての性能が良い」
ああ、同じ植物どうしでも、伝達に個体差があるんだっけ。個体差というか、相性が。
「それから、採取する時は茎から取れ。根ごと取ると、妖精が新しい依代を持つのに苦労する。根が残っていれば、妖精の力ですぐに成長させることが出来るからな。花の保存は、魔法でどうにでもなる」
「わかりました。次の実習のときにでも、探してみます」
古くからある花なら、珍しいものであっても、当時使われていた伝達魔法で需要があった。だが、新種の魔法植物なら研究するところを、非魔法植物・・・特に最近のものは、本当に名前が決まっているだけのことも多い。
そう考えると、アミントレを使うのは最善なのかもしれないな。
「話は終わりだ。戻れ」
「はい」
カンナハは立ち上がり、部屋を出ていこうとして立ち止まった。
「あの、1つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「アラスターは、黒魔法に詳しいですよね。・・・使えるんですか?」
「使える。俺は・・・」
言いかけて、アラスターは目線をそらした。
「なんでもない。言うときがあったらな」
「・・・はい」
一瞬、アラスターの薄緑の瞳が、何も映さなくなったように見えた。
授業には十分間に合った。
年表の準備をしていたノエル先生が、カンナハに気がついて微笑んだ。
キーラはやはり眠り足りなかったらしく、教科書を枕に突っ伏している。隣の席のアニェスもうつらうつらしながらも、キーラを起こすためになんとか目を開けているようだった。
・・・やっぱり、私も手伝った方が良かったかな。
ふと窓の外を見ると、門の方に行くアラスターが小さく見えた。さっきの表情を、思い出す。
アラスターは、前に「逃げ出した」って言ってたよね。一体どこで黒魔法を覚えたんだろう。アラスターが魔法を使っているところって、あんまり見たことが無いな。
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