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野外学習
メーリスヴァングの敷地には、3つの森がある。
1つは、主に植物の採取や小動物の観察を目的にした森で、教師が定期的に森に入って、それ以外の魔獣を狩っている。
もう1つは、魔獣を狩ることを目的にした森で、こちらも増えすぎないように多少教師が狩っている。
そしてもう1つは、生徒立入禁止の森。魔獣の管理を一切行っておらず、人喰いの魔法植物も生息する森だ。1つ目の森と2つ目の森は校舎の正面にすぐ隣どうしであるが、この森は絶対に迷い込むことがないように、校舎の裏にある。
そして今日は、1つ目の森で野外学習をする。だが、今日のカンナハは少し憂鬱だった。
よりによって同行の先生が、ブランディーヌ先生なんて・・・。
カンナハは、二十代くらいの若い女性に苦手意識を持っている。とにかく、免疫が無いのだ。あの森にそういった人物が訪れることは無かったし、たまに行く市場にも、売り子で何人か見かけるくらいだった。
同い年の子たちとは学校ですぐ仲良くなれたけど・・・どうしても、ブランディーヌ先生くらいの女性って慣れないんだよね・・・。
「今日は、魔法植物の採取をします。非魔法植物も取って構わないけれど、先に魔法植物の採取を終えてからにしてくださいね。妖精に案内してもらうのは禁止です」
ブランディーヌ先生の、赤い唇がよく動く。カンナハは気づかれないように、他の生徒の影でそっと目をそらした。
「魔法植物の方は、後で調べた内容もまとめて一緒に提出してもらいます。少なくとも三種類、採取しましょう。それから、採取した植物の環境をよく観察すること。もちろん、調べるけれど、実際にどういう環境に生息していたのかも、しっかり確認してもらいたいから、そこもよく見て、レポートに必ず書いてくださいね」
指示はそこまで。
カンナハは別の意味で、何人かと同じように我先にと森の中に入った。
とりあえず、非魔法植物の採取の許可が出て良かった・・・。あと、採取した植物の確認が無くて。
許可が無くても、カンナハはやるつもりだった。次と、その次の野外学習はどちらも「2番目の森」に行く予定になっていたのだ。
そんなに待ってられないし、探している余裕なんて無いし。
カンナハはアラスターに教わった通りに、西に行く。先に、道中でエルシーを見つけた。痛み止めに使われる魔法植物だ。丸い、紫色の花びらの小さな花をつける。
まず、1つ。・・・あ、アリスチドもある。
アリスチドは、胃薬にもなるし、香水にもなるし、料理にも使える。その万能さで、採取されすぎた野生のアリスチドは絶滅寸前になり、今出回っているものは、ほぼ全て栽培されているものだ。
野生のものって、確か100倍くらいの値がつくんだっけ。こんなものもあるなんて、メーリスヴァングの森はすごいな。
ちなみに、カンナハの育った森には普通にそこら辺に生えていた。
1本だけなら取らないつもりだったが、4本あったため、1つ根ごと頂いた。
後でちゃんと、戻すからね。
魔導具である保存容器に入れて、立ち上がる。
ヒョーウ
ヒョーウ
独特の鳴き声が頭上に響く。
大きな白い翼に、橙色の頭。
「・・・あ、レメディオスだ」
確かに、西の方にゆっくり飛んでいった。
脅かしてしまわないように、そっと後を追う。
細いのっぽの木が多くなってきた。
本当に、こっちなのかな・・・。
魔法植物のツルに引っかかりそうになったり、無害の小猿にいたずらされそうになったりしながら、どんどん密集し始める木々の間を縫うように進んでいく。
見上げても、レメディオスの姿は木に隠れて見えない。
まだ、こっちの方向に飛んでいるよね?
途端に、目の前が開けた。
光が一気に差し込むようになって、カンナハは思わず目を細めた。
・・・あ。
「あった」
先程見たレメディオスが、巨木の枝に止まって羽を休めている。
カンナハの胴体よりも、ずっと太い何本もの根が、中を彫れば家になるんじゃないかというくらいさらに太い幹を支えている。
立派だな・・・
「あ、アミントレを見つけないと」
先に、そばに生えていたブラッツという魔法植物を、先に採取する。
これは、「実」は毒だけど、根は手のこわばりや痛みに効く薬になるんだっけ。マガリー先生(60代女性)もよく使うって言ってたな・・・。
さて、アミントレは。
妖精を驚かせないように、遠くから木の根の影を観察する。
アミントレの花びらは、外側から中心にに向かって白から紫色のグラデーションになっている。1輪咲で、大きな花が咲く。
「・・・無いな」
まあ、そんなにすぐに見つかるものじゃないか。
裏側にもそっと回ってみる。
と、妖精の騒ぎ声が聞こえはじめた。小さな、高い声。
・・・もしかして、ヘルトルデスが攻撃中?
妖精の声は、「音」 ではない。妖精を見ることが出来る、魔力を持つ人間全てと、持たない中の一部の人間が、妖精の声を感じることが出来る。頭の中に、小さな声で響いてくるのだ。
〈や!やめてよ!〉
〈巨木さん起きてー!〉
・・・あ、攻撃されてる。声を聞いたことがないから、アミントレっていう確信は無いけれど・・・。
〈あと90年は起きねーよ!〉
これは・・・ヘルトルデス?
待っていても埒が明かない。
どちらにしろ、巨木の妖精を起こすためには一度木に近づかなければいけないのだ。
カンナハは、妖精たちの声が聞こえてくる裏に回った。
「・・・あった」
アミントレだ。
ヘルトルデスの妖精らしき、小さな槍のような物を持ったものが、花を囲むようにして守る別の妖精たちと睨み合っている。
ヘルトルデスって、武器持ってるんだ・・・。
で、花のそばにいるのがアミントレの妖精かな。
カンナハはさらに近づいていく。
と、こちらに気がついたらしく、ヘルトルデスの妖精がサッと姿を消した。アミントレの妖精たちが一斉にカンナハを見る。
〈あ、ありがとう〉
〈助けてくれた?〉
〈前にも会った、こんなこと〉
〈あったー?〉
「・・・こんにちは」
〈だれだれ?〉
カンナハは近くまで行って、しゃがんだ。
「私、カンナハ」
前って、アラスターのことかな。
「巨木の妖精は、寝ているの?」
〈うん〉
〈起こしてくれる?〉
〈そしたら100日は大丈夫〉
妖精の1人がカンナハの膝にちょんと乗った。
〈アミントレ、ほしい?〉
・・・バレてる。
〈いいよ。巨木さん起こしてくれたらあげる。ここには4つ咲いてるから、3つまでならいいよ〉
・・・1つでも残っていればいいんだ。
「ありがとう。2つほしいの。アミントレは、巨木のそばでしか咲かないの?見た感じ、このあたりにある巨木もこれだけみたいだけど」
すると、妖精は少し誇らしげに、柔らかそうなボブヘアをなでた。
〈うん。だって、私たちとっても可愛いもの。そんなにたくさん咲いてたら、特別効能が無くても取られちゃうでしょ?巨木は深い森にしか無いもの〉
そう言って、くるりと回ってみせた。他の妖精も、頬に手を当てたり葉の上でポーズをとったりしている。
・・・面白い妖精がいた。
「巨木の妖精を起こすのは、どうしたらいいの?」
〈そうね、その時によるわね。今は、栄養が欲しいみたい〉
へ?栄養?
〈ここね、雨が全然ふらないのよ。たまに濃い霧ができるの。別に、困らないんだけど・・・お水がほしいな〉
そっか。お水か。
水たまりとか、1つも見かけなかったな。
〈きっと、根にお水がかかったら、巨木さん起きると思うわ〉
「うん、水を操るのは得意だからすぐにできるよ」
水源は見当たらないし・・・空気中からいただこう。
水を操る魔法には、氷に変えたり、水蒸気を集めて水にしたりというものも含まれる。ただ水を操るよりも難しいが、卒業する頃には半分くらいの生徒がそのレベルまで習得していく。
「湿度が少し下がるけど、大丈夫?・・・あ、ちなみに巨木の妖精は、現行犯じゃないと注意してくれない?」
〈どっちも大丈夫よ。巨木さんも、自分がのんびりなのは知ってるわ。だから、自然と起きた時は必ずヘルトルデスに注意してくれるの。本当は罰を与えてほしいけど、巨木さんって優しいから〉
「そうなんだ」
カンナハは手で寄せるようにして、空気中の水分を集めた。アミントレも欲しいようで、落ちている葉をカンナハの足元に運んできた。
集めた水を、両手の器に落とす。半分くらい溜まった。
木の根に水をやって、手に残った水滴を葉に落とした。妖精たちが寄ってきて、水滴をパシャパシャたたいて遊んでいる。
あの森の妖精も、水遊びよくしてたな。
「カンナハ、根っこのところ、よく見てて」
最初に話しかけてきた妖精が、水をかけたところを指さした。
なんだろう。
と、太い木の根の表面が、少しずつ浮き上がってきた。小さな人の形になり、粘土のように根から千切れた。
全身木の妖精・・・?
〈これから、脱ぐのよ〉
脱ぐ?
妖精・・・というより、のっぺらぼうの人形にしか見えないそれは、長い伸びをしてから、両手で頭をかきはじめた。
めりっ。
表面の木の皮がめくれ、髪の毛が見えた。
〈よいしょっと〉
顔が出て、手が出て、胴体が出て、足が出る。
中は、他の妖精と同じように、繊細な姿をした妖精だった。
〈誰?またアラスター?〉
〈違うよ〉
〈カンナハ!〉
〈あ、そーなの。似てたから間違えた〉
え?似てる?
〈よく見てよ!栗色の髪よ〉
〈ああ、見えてる見えてる。やっぱり似てるなあ〉
アラスター、クリーム色の髪だけど。
・・・見た目の話じゃないなら、何が似ているのかな。
〈ま、先にヘルトルデスをしかりに行くか。アミントレは、お礼をあげな〉
〈はーい。じゃ、どうぞ、カンナハ〉
「うん、ありがとう」
一本咲は茎が太い。カンナハはハサミで丁寧に切り、2本いただいた。
よし、あとはこれに伝達魔法をかければ・・・。
保存容器に、そっと入れた。
お叱りはすぐに終わったらしい。
ヘルトルデスが、上の枝からこそこそこちらを診ている。
〈これで100日は大丈夫だ。ええと、カンナハ?〉
「はい」
〈うーん・・・〉
はい?
突然、巨木の妖精が吹き飛んだ。
べしっと幹にあたる。
久々に見たな、こういうの。
〈あー、巨木様〉
〈大丈夫、妖精だから・・・ずいぶん、守られているね〉
え?
「私、守護魔法はかけてませんけど・・・」
巨木の妖精は首を横に降った。
〈それは分かってる。ちょいと、元の守護が強すぎて、解除しても残ってるんだろう〉
残ってるって・・・
「解除したの、2年以上前ですよ?」
〈うん、何百年も生きてるから。たまーに、そういう人いるよね。物理的な攻撃に対してはもう、効果が無いだろうけど、私、今カンナハの中に入り込んだからね〉
・・・入り込んだ?
〈どんな人間かと思って。ほら、これもアラスターと一緒だ。読めなかった〉
これ、も?
「何が、似ているんですか?」
巨木の妖精は、とことこ歩いてきてカンナハの手のひらに乗った。
〈よいしょっと。うん・・・アラスターは、読もうとしたらあっという間に感知して、私をふっ飛ばしたからね。驚いたよ。だって、私は妖精。この体、殆ど魔力だ。それも、何色にもなっていない魔力。入り込めば、その人間の魔力にあっという間に染まっていく。だから、気がつかないのが当たり前。あと、カンナハとアラスターは、魔力に似たものを感じる。魔力の「個性」みたいなものじゃない。これは、もう、異質だ。でも、そんなに悪いものじゃない〉
私も、アラスターも、黒魔法が使えるから?
でも、アラスターはそのこと、妖精に言ってあるのかな。少なくとも「読めなかった」なら、バレてはいないんだろうし。
「アラスターは、どんな人でした?」
これは、カンナハの興味だ。
〈うん、優しい子だよ。今は、あのときとはだいぶ違うみたいだね。今は、面倒臭がったり、楽しかったり、仕事をしたりしているみたいだね。最初にここに来たときは、孤独と絶望と悲しみの塊みたいになってた〉
孤独と、絶望と、悲しみ・・・
〈あと、寂しかったんだろうね。来るたび木の根を枕に寝ていたよ〉
〈痛そうだったよね〉
〈絶対寝違えてたよ〉
〈アラスターに入りかけた魔力、もちろん、アラスターの色に染まっていたよ。でも、妙だった。1色のはずなのに。混ざり合っていた〉
・・・それは、どういう。
保存容器についている石が、チカチカ光り始めた。
あ、集合時間の十分前だ。
「すみません、まだ聞きたいんですけど、私行かないと。アミントレ、ありがとう」
〈またね〉
〈またね〉
〈カンナハ、最後に1つ〉
はい?
〈アラスターには、たまにここまで迎えに来る人間がいた。ここは、今は学校の森だね。あれは、教師か。アラスターはノエルと言っていた・・・。まだいるのか?〉
「はい、今は私の先生です」
〈そうか。よかったな。あの男、そんな素振りを一切見せなかったけど・・・とても強い魔法使いだ。アラスターもノエルに守ってもらっていたんだなあ〉
ノエル先生が、強い・・・
普段、魔法を使っているのは、授業で見本を見せるときくらいだ。お茶を淹れるのにも、片付けをする時にも、あの教師は魔法を使わない。
何か理由があるのかな。
頭の片隅で考えながら、カンナハはなんとか空を飛び、集合場所に戻った。
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