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確かめたいこと
保存容器に入れられたアミントレは、たまに妖精がここまで来てくれることもあってか、いきいきとしていた。
森から寮まで結構距離があるのに・・・アミントレって、ずいぶん依代から遠く離れても大丈夫なんだ。
〈カンナハ、お土産〉
妖精たちが、小さなキイチゴを3つ持ってきた。妖精3人とキイチゴ3つ、全部がカンナハの手のひらに収まる。
「ありがとう。私の友達と食べて良い?」
〈うん!〉
〈ここ、3人いるみたいだから。みんなにお邪魔しますってしないと〉
礼儀正しい・・・
「もうすぐアラスターと会う予定なんだけど、アミントレたちも来る?」
アラスターが来るのは、約一週間ぶりだった。
〈行く!〉
〈私は会うの、久々〉
〈アラスター、好き!〉
〈砂糖のお水くれる〉
〈今ほしい〉
〈カンナハ、持ってきてくれる?〉
え?アミントレの妖精って食事するの?
不思議に思いつつ、カンナハは薬学の授業で使った小さな皿に砂糖水をたらして持ってきた。
我先にと砂糖水に群がる妖精たち。小さな手で触れると、砂糖水は光る粒のようになって浮かんだ。妖精たちもふわふわ飛んで、ぱくりと口に入れる。
〈あ、それ私が飛ばしたの!〉
〈これは私の!〉
そうやって食べるんだ・・・
ていうか、どれが自分のものとかわかるんだ・・・どの粒を誰が作ったかなんて、さっぱりわかんないな。
「そろそろ、待ち合わせ場所に行くんだけど・・・」
〈まだ食べきってない〉
〈先に食べる〉
行かないとなんだけど・・・
すると、森で最初に話しかけてきた妖精がカンナハをつついた。
〈カンナハこれ持ってって〉
え?お皿を?
「怒らないかな」
〈平気よ。私、一番年上だもの。みんな言う事聞くわ〉
ああ・・・だから、一番に私に話しかけてきたのかな。
言われた通り皿を持ち上げて移動すると、妖精もわーっとついてきた。
今は砂糖水にしか目がないんだね。
〈カンナハこれで行けるでしょ〉
「うん、ありがとう」
〈私、砂糖水よりカンナハとアラスターの方が好きだもの。あの子たちはまだ、生まれて100年もたってない子ばっかりだから、それがどういうことか分かってないのよ。許してあげて〉
「怒ってないよ」
人間でも、失って初めて気がつくものが山程あるらしいって、あの人が言ってたし。
今日のアラスターとの待ち合わせ場所は、外だった。休日になると実技の自習をする場の1つだ。
でも、ノエル先生が今日は諸事情でここで自習は出来ないって言ってたよね・・・わざわざそうしてくれたのかな。認識阻害の魔法もかかってるみたいだし。
アラスターが来たのは、約束の時間とほぼぴったりだった。今日は官僚の制服のままだ。
「悪い、長引いた」
妖精たちがアラスターの方へふわふわ飛んでいく。
〈やっと来た〉
〈アラスター遊ぼ〉
「忙しいですよね」
「本当は独立の方を2日前に終わらせてくるはずだったんだが・・・ゴールダッハに呼び出されて徹夜で悪徳魔法使いの牢獄の収容をやらされた。明後日も来いと」
あれ?予備なのに結構働いてる?
「おかげで独立の方の仕事を姉に代わってもらうことになった」
あ、初耳。
「姉がいるんですね」
「同じ独立魔法使いだ。あいつは借りを高くつけるから本当は頼みたくない」
でも、相手を待たせるのはもっと避けるべきことだよね。
「これ、採取したアミントレです」
アラスターはアミントレを丁寧に取り出すと、伝達魔法をかけた。
そして、カンナハに小瓶を渡す。
「しおれ始めたら、これをかけろ。1滴で大体1月もつ」
そんなに?何使っているんだろう。ラベルも無いし・・・
透かしてくるくるまわしてみるが、カンナハには全く見たことの無い物だった。
アラスターは、今度は小さな紙を用意した。
「それは、何に使うんですか?」
「持ち運ぶためだ」
あ、紙に閉じ込める魔法か。私は学校にいるから、部屋に置いておけばいいけど、アラスターは移動することが多いし、そういうわけにもいかないよね。
「閉じ込める魔法、ですよね」
「・・・教わらないはずだ」
嫌な予感がすると言いたげに、アラスターが眉をひそめた。
「昔、あの人がよく人を閉じ」
「それは黒魔法だ」
・・・え!
「ひ・・・を閉じ込めるのと、閉じ込めないもので分かれているんですか?」
アラスターに睨まれて、言葉を省略するカンナハ。
白魔法と黒魔法って、結構似ているのかな・・・。
「少なくとも、白魔法の方では意志のある生物は閉じ込められない」
ただの物か、非魔法植物くらいしか閉じ込められないんだ。気を付けよう。
「カンナハ」
はい。
改まったような言い方だった。
アラスターは、妖精たちに向こうに行くよう手を振った。
〈私たち、とっても可愛いのにっ〉
他に何か話があるのかな。
「官僚としての仕事だ。カンナハが倒した例の悪徳魔法使いについて、また聞きたいことがある」
あ、あの指名手配犯。もうすでに懐かしい。
「あの悪徳魔法使いは、一部の囚人も中毒になっている、とある薬を使っていた」
あの小瓶のことかな。
カンナハは、あの悪徳魔法使いが中身を飲んでいた小瓶を思い出した。
「今までは現物を手に入れられていなかった。だが、あの悪徳魔法使いが未使用品を所持していた」
あのとき飲んだもの以外に、まだあったんだ。
「今のところ、長官から指示がなく、調査せずに私がゴールダッハの倉庫で管理しているが・・・その薬について、何か思い出せることや何か心当たりは?まあ、お前のことだからあるんだろう」
引っかかる言い方・・・。
「あの、正直に言うと、あの薬が何なのか知っています」
心当たりどころでは無い。
あの人が倒した悪徳魔法使いも、同じものを使っていたから。
あの森で、いつものように散歩していたある日、カンナハは不思議な模様がはいった小瓶を見つけた。そしてそれに近づいたとき、焦点の合わない悪徳魔法使いと遭遇したのだ。
その小瓶も、中身が入っていた。
あの魔法使いは、小瓶を持って帰ると、一日中部屋に籠もって調べていた。
「あれは、大体予想のつく通り、魔法を強化させる薬です。でも、呪いに近いものを感じると、あの人は言っていました。強化させる魔法も、攻撃に属する魔法に限る、と。その薬を使って強化された魔法は、術者さえも害を受けるほど、強くて禍々しいと言っていました。」
「・・・」
カンナハがそこまで説明すると、アラスターは黙り込んだ。何か、記憶を探っているようにも見える。
どうしたんだろう。
「・・・」
「・・・」
沈黙が続いた。
妖精たちが、どうしたのかとこちらに戻って来る。
「アラスター?大丈夫ですか?」
「・・・戻る」
え?
「カンナハの話の通りだとすると、あの薬を倉庫に置いておくのは危険だ」
えっと・・・どういう考えでその結論に至ったのかはわからないけど、
「今すぐゴールダッハに行かないといけないんですね?」
「ああ。何か会ったらアミントレを使え」
「はい、わかりました」
アラスターは、転移魔法を使ってゴールダッハに行ってしまった。
転移魔法は、目印となる魔法陣を頼りに行う。場所によって魔法陣は多少異なるため、一軒一軒の住所のようなものだ。もちろん、魔法陣無しでも転移は出来る。だが、記憶している位置が曖昧だと、間違った場所に転移しかねないため、ほぼ行われない。
官僚としても、予備とはいえ忙しいんだな・・・。
それに、ゴールダッハの倉庫でも危ないってどういうことだろう。
アラスターが消えた位置をしばらく眺めていると、どこからか蝶がひらひら飛んできた。
橙色の蝶・・・誰かが、飛ばした?
すると妖精たちがその蝶に近づいていった。
〈アラスター、行っちゃった〉
〈どこだっけ?〉
〈ごーるだっは?〉
蝶は、その言葉を聞いているかのようにしばらく同じ場所を飛ぶと、アラスターが消えた場所と同じところで消えていった。
やっぱり、誰かが作り出したものだ。・・・どこかで似たようなものを見たことがある気がする。
残されたカンナハに、妖精たちが寄ってくる。
「あの蝶、分かる?」
〈ううん〉
〈でも、前見た時、アラスターが危ないものじゃないって言ってたわ〉
「なら良いんだけど・・・」
どこで見たんだっけ。
妖精たちは、今度はアラスターに渡された小瓶を囲んだ。
〈これ、何?〉
「アミントレの栄養剤、かな」
〈あ、あれかしら〉
「知ってるの?」
〈アラスターが自分で作ってくるのよ。こういうの、元からそういう効能を持っている魔法植物を使うことが多いらしいの〉
うん、授業でも習った。
〈でもね、アラスターが作る薬ね、魔法植物使ってないのよ。相性があるから。魔法植物の中には、アミントレの体には合わないものがあるかもしれないもの〉
そっか、それで手作りなんだ。
〈アラスター、優しい〉
〈ね、優しい〉
「・・・優しいの?」
いまいちそういう場面を見たことがないカンナハ。思わず返すと、例の妖精が青い瞳をぱちぱちさせた。
〈優しいわよ。アラスターとカンナハ、まだあんまり仲良くないのね〉
まあ、仲良くなるのが目的じゃないからね。
だから、アラスターの事はよく知らない。わかるのは、ここの卒業生で、ノエル先生の教え子で、独立魔法使いで、でも頼み込まれてゴールダッハの上級官僚でもあるってこと。あ、あと姉がいるんだっけ。
でも、アラスターは私の事をもっと知らない(はず)。まあ、私にも私の事、よく分かってないから仕方ないけれど・・・互いに信用しきってはいないんだろうな、まだ。
考え事をするカンナハを、じっと見つめていた例の妖精は、カンナハの肩にそっと座った。
〈アラスターのこと、よく知らないのね〉
え?私に入ったの?
〈入らなくても分かるわよ。ていうか、巨木様が入れなかったのに私が入れるわけないじゃない〉
・・・そういうものか。
〈あのね、私たちは、悪意のある隠し事をする人を信用しないわ。カンナハだって、隠し事、あるでしょ?〉
まあ、あるかもしれない。
〈でも、それはカンナハが忘れたくて隠してること。妖精には分かるの。カンナハ、その隠し事、いつかはアラスターに話すことになるの〉
私が、忘れたくて・・・?あ、忘れてるからわからないのか。
「怖いこと言われてる気がする」
〈大丈夫よ。話したところで、アラスターはカンナハを傷つけたりなんてしないわ。むしろ、その隠し事を知ったら、早く話して欲しいって思う〉
「どうして妖精は、そういうことが分かるの?」
〈さあ?人間が不思議だから?姿は似てるのに、中身は妖精と全然違うもの。あのね、怖いことあったらちゃんと言うのよ。人間が強いのは、人間がいてくれるからなのよ。アラスターは、信用して大丈夫よ〉
「してないつもりは、無いんだけどね」
〈そうね、でもね、二人が話してるところ見た時、わかったの。カンナハはとっても警戒しているのねって〉
・・・警戒?
している?私。
〈きっと、自然とカンナハにあったものなのよ。自分を分かっている人間とか、関わらなくても良い人間は、カンナハ、別に気にしてない。でも、アラスターは関わっていく必要があるから、警戒してる〉
うーん・・・
〈前会った時ね、アラスター、言ってたわ。カンナハはまだ、話していないことがあるって。どうしたらいいかって。本当に、カンナハが危ないって分かってるから、知っておきたいのよ。でも、今すぐじゃなくていいってことも、私は知ってるわ〉
あ、アラスターに少し聞いたんだ。
妖精は、約束を絶対に守るからね。下手に人間に話すよりずっといいのかもしれない。
「私、何を話せていないのか、よくわからない」
〈うん、だからね、いいのよ。それでいいのよ。きっと、話したいってなった時に思い出すわ〉
だと良いな・・・
〈大丈夫よ。もしアラスターが、この私たちが見破れないくらい悪人なら、私や巨木様は、カンナハの味方だからね〉
あ、それはとっても安心する。妖精ってなんでも怒ると怖いからね。いろいろ。
「ありがとう」
例の妖精は、カンナハの肩で足組み腕組み胸を張った。
〈いいのよ!伊達に400年生きてないわ!〉
あ、そんなに年上?だったんだ・・・。
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