アラスターの同僚

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アラスターの同僚

「ゴールダッハの官僚がいる・・・」  ある休日、キーラがそう言いながら部屋に戻ってきたのを見て、カンナハは最初、アラスターが来ているのかと思った。  でも、アミントレからそういう話は届いてないんだよな・・・。 「なんでいるんだろう・・・目が合っちゃったし・・・買い物行けないよー!」 「どのあたりにいたの?」 「校庭だよ。寮出てすぐのところの。誰か待ってるのかな」  うーん・・・  アラスターがいる、という可能性を捨てきれなかったカンナハは、代わりに買い物に行く、というていで校庭を通っていくことにした。  魔法学校の中では名門校のメーリスヴァングは、平日の疲れを癒すため、休日は昼まで寝ている生徒も多い。そして、午後からまた予習・復習・実技の自習を始めるのだ。  まだ午前十時。平日の放課後は多くの生徒が実技の自習をしている校庭も、まるで人がいない。なおさら、キーラの言っていた「ゴールダッハの官僚」の姿は目立った。年齢はアラスターと同じくらいに見える。  でも、あれは、アラスターじゃないよね。髪の色微妙に違うし、結んでないし。  その官僚はカンナハに気がつくと、笑いかけてきた。 「こんにちは」 「こんにちは。この時間に生徒がいるのは珍しいね」  青いエンブレム・・・この人も上級官僚だ。 「どうしてここにいるんですか?」 「まあ、母校の様子を見に来たってところかな」  曖昧だな・・・。まあ、校内に入れているわけだし、怪しい人じゃあないんだろうけど・・・。  カンナハの警戒を感じ取ったのか、官僚は少し慌てたようだった。 「ああ、俺はバシレイオス。ちゃんと許可は取っているよ」  そう言って取り出した許可証には、見慣れたノエル先生の字が並んでいた。 「そうみたいですね。・・・筆跡は同じかな」 「うん、ノエル先生が書いたみたいだね」  まだ警戒しているカンナハに、名前を言ってみせるバシレイオス。  ふうん・・・じゃあ、 「予備の上級官僚といえば誰ですか?」  そう聞いた途端、バシレイオスは目を見開き、そして笑った。 「何、アラスターのいとこか何かなの?そういう話は聞いたことが無いけど・・・ディクシーを怒らせたくはないな」 「いいえ」  ディクシーって誰?  そう返すと、今度はバシレイオスが怪しむような顔つきになった。 「なら、どうしてアラスターが予備の官僚だと知っているのかな?独立魔法使いとしてならともかく、ゴールダッハには滅多に来ないから、同僚にもあいつを知らない奴がいるっていうのに」  そう言われても・・・  正直に、『黒魔法を使って悪徳魔法使いを倒したら、たまたまアラスターが気が付いて問い詰められた。黒魔法に触れた人間は危険が付き纏うからアラスターがいろいろ見てくれている』と言うわけにもいかない。  同僚でも知らないアラスターを知っている人なら、アラスターが最近よくここに来ていたってことも知っているかも。・・・もしかしたら、そのことを探りに来たのかもしれない。 「私は3年のカンナハです。ノエル先生が受け持っているクラスに在籍しています」  カンナハが名乗った途端、バシレイオスは表情を一変させた。 「あ、カンナハって君?」  納得したように笑った。 「アラスターに聞いていましたか?」 「うん、少しね。俺は、あいつが『あの魔法』を使っているって知っているから」  黒魔法のこと、知っているんだ。 「私のことはどこまで?」 「自分でも知らないうちに教わっていたらしいってところまで。知り合うまでの経緯は知らないし、カンナハって名前と、あの魔法を使うってことだけだね」  バシレイオスは、アラスターが信用している人物であるようだ。 「アラスターとは、同僚ってことですよね?」 「うん、同僚でもあるし、メーリスヴァングの同期でもあるし、幼馴染。カンナハが3年ってことは・・・ちょうど俺たちと入れ違いで入学してきたのか」  バシレイオスたちが18歳なら、そうなりますね。・・・そっか、アラスターって18歳なんだ。 「・・・大丈夫?もう警戒していない?」 「すみません、思いっきりそう見えましたよね。はい、大丈夫です」  まだ、どこかで警戒していたらすみません・・・。  例の妖精の言葉を思い出すカンナハ。  私が完全に信用しているのは、多分、あの人だけだな。 「そういえば、ディクシーというのは誰ですか?」 「アラスターの姉のことだよ。8歳年上で、俺の兄の同期で妻。あ、俺の兄はフォティオスで、ゴールダッハの長官」  ・・・どうも、すごい人にあったみたい。  アラスターは、ゴールダッハもどこまでまともかわからないって言っていたけど、一番上の人が信頼できそうな人でよかった。 「官僚って、若い人が多いんですね」 「まあ、官僚になるのは大抵、メーリスヴァングの卒業生だからね。あとは他校の一部の優秀生かな。仕事はきついし、特に、学生時代から魔法漬けのメーリスヴァングの卒業生は、さっさと功績上げて昇進して、ある程度お金が貯まったら、後輩に新人任せてさっさと退職する人もいるし」  ・・・なんか、夢のないことを言われてる。安定して稼げはするって、ノエル先生も言ってたな。 「退職したら、どうするんですか?」 「うーん、魔法以外能無しを名乗るやつも多いからな・・・。結局、自分の好きな魔法を仕事にしてあとは細々やっていくんじゃない?どっちにしろ、お金にはもう困らないから」  ああ、残りをそうやって過ごせるなら、いいのかも。  私は、ゴールダッハの官僚になるつもりはないけれど。 「それで、カンナハはどうしてここに?」 「あ、買い物です」  友達がバシレイオスに緊張して代わりに・・・とは言わないでおこう。 「ついて行ってもいい?」 「いいですけど、学校に用は?」 「いや、本当に見に来ただけだから。まあ、アラスターが言っていたカンナハに興味があったのも事実だけど」  あ、半分当たってた。 「一応、街の方の警備魔法使いの仕事ぶりも気になるしね。本当は下級官僚の仕事だけど・・・まあ、慣れないうちはいくつも同時にやってられないし、代わりに見ておこうかと思って」 「そうなんですか・・・」 「名指しで態度の報告とか、どこに所属している警備魔法使いは質が良いとか、書いておけば、あとは事務の人が綺麗にまとめて提出しておいてくれるから、そこまで手間でもないし」  あ、ゴールダッハの事務って一般の人でもなれる魔法関係の職ですよね。 「あ、アラスターの話、聞きたくない?」  ・・・ 「聞きたいです」  そんなこんなで、カンナハはバシレイオスと学校最寄りの街・アゴスティーノにやってきた。  ええと、キーラの買いたいものは・・・  渡された紙切れに目を通す。魔法植物・アールバのポプリに、買い集めているビーズを入れるための新しい小瓶、実験の復習のための試験管は、蓋をできるようにテクラでできた栓がついているもの。  アールバは魔獣が嫌がる香り(人にとっては良い香りらしい)を放つ魔法植物で、テクラは衝撃全般に強い木だよね。 「で、まずどこに行くの?」 「一番近いのは、フィオレですね」  フィオレは生花とポプリを扱う店だ。マビリアという、カンナハたちの先輩にあたるメーリスヴァング出身の魔法使いが営んでいる店で、入学してきた頃、街らしい街を歩いたことのないカンナハに、キーラが連れてきてくれた店だった。 「あら、カンナハ久しぶり!」  豪華な花の刺繍がされた黒いマントを羽織ったマビリアが、ポプリ入りの瓶にリボンをつけているところだった。 「久しぶりです、マビリア。アールバのポプリありますか?」 「ああ、キーラがたまに買ってくやつね。もしかして、代わりに来たの?」 「はい、いつもどれくらい買っていますか?」 「一番小さい袋だよ。300ルムね」  キーラに渡された財布から、お金を出して渡した。メモのポプリの欄に、300と書く。  瓶と試験管は・・・同じ店で買えるな。  そう思って歩き出そうとすると、バシレイオスが何か気づいた。 「・・・あ、ちょっと待っててもらえる?」 「はい」  バシレイオスが、すぐそばの狭い道ところまで行き、道を塞ぐように立っていた警備魔法使いに何か話しかけていた。  なんだろう。  話はすぐに終わり、戻って来る。 「あの道、不審者が多くて封鎖しているんだ」  あ、それって・・・ 「すぐ隣の店の売り子さんも襲われたことがありましたよね」 「そうそう、メーリスヴァングの生徒が助けたらしくて、流石・・・あ、あの時感謝状受け取ったのって、カンナハ?」 「はい。ちょうど、あの道通ってたんです」 「ああいう道は、まだまだ残っているけれど、あまり通らない方がいいね」  はい、つい最近身を持って知ったところです。 「次の店は?」 「ジェイダ、です」 「アラスターがよく行っていたな」 「そうなんですか?」  何か、アラスターのこと話してくれるのかな。 「そうそう。サボりに来てた」  ・・・え。  サボり?上位生が? 「上位生が?って思ってるでしょ。成績の良し悪しじゃなくて、魔法の良し悪しで決まるからね」  あ、メーリスヴァングってそうなんだ・・・。在校生が聞いても良かったのかな。 「生徒半殺しにするのかってくらい、安定してなかったよ。でも、記憶力は良いから、座学は殆ど暗記で大抵授業サボって、実技だけはきっちり出て、試合で同級生が殺されないかって怯えていたよ」  えぇ・・・。  でも、半殺しって、怒ったり苛ついたりして、故意にしたわけじゃないんだよね・・・たぶん。いや、怒ったからこそ、不安定な魔法がさらに爆発したのか? 「サボりかーって思っていると、本当に見つからなくなることがあってさ、ノエル先生に、アラスターが行きそうな所どこだって聞かれて、まさか3つ目の森に入ってないだろうと思っていたら、本当に入ってたりするし」  ええ・・・  でも、勉強は出来たから卒業出来たんだよね。試験落ちたら退学だし。 「アラスターは、カンナハの前だとどんな感じなの?」  え、どんな感じ?うーん・・・  優秀、と言われたらそうなのかもしれない。  だが、カンナハは、アラスターが魔法を使っているところは殆ど見たことがなかった。 「基本的に、魔法に関しての話しかしないので・・・」 「仕事仲間じゃないんだから」 「友人でもないです。逆に、バシレイオスといる時はどうなんですか?」 「なんでも顔に出すよ?笑うし、面倒くさがるし。・・・もとからそうだったわけじゃないけどさ」  ・・・  あ、一度笑ったことがあるかも。最初に会った時。でも、 「笑うような話はしませんね」 「できるようになると良いね」  真顔のカンナハに、バシレイオスはにっこり返す。  うーん・・・ 「ディクシーは、どんな人ですか?」  アラスターとの件は、今考えても本人と会わない限り、進展しそうにもない。カンナハは話を変えた。 「アラスターには全然似てないよ。髪は黒くてまっすぐ」  ・・・あの人みたい。 「ま、フォティオス兄が惚れるだけあって美人で人格者で有能な魔法使いだよ。結婚しても独立魔法使いを続けているしね」  へえ・・・珍しい。 「ただ、兄弟喧嘩はとんでもなく激しい。アラスターとディクシーが同じ時に在籍していたら学校は大変だったろうね。フォティオスも、2人の喧嘩は怖くて無視してるし。で、結局俺が止める羽目になるっていう・・・」  なんだろう・・・魔法とか使うのかな。 「ま、仲は良いんだけどね」  今の話聞いた後でそれを言われても。  バシレイオスが、カンナハの方をちらりと見た。 「カンナハが鶴の一声になってくれたらな・・・」 「どういう意味ですか」  なんとも言えない気分になったカンナハは、先にすたすたと歩き出した。  買い物が終わり、学校まで送ってもらったカンナハ。 「ありがとうございました」 「いいんだよ。アラスターが見守っている子に会えて良かった。・・・そういえばさ、」  はい。 「カンナハは、何の魔法が得意なの?」 「空気を操る魔法です」 「・・・3年で習ったっけ?それ」 「いえ。育ての魔法使いに教わりました。簡単な魔法は何故か苦手で・・・」  アラスターのように呆れられるか、驚かれると思ったが、バシレイオスは優しく笑った。 「ああ、俺の同期にもいるよ。他校だと、入試で引っかかって不合格だったやつ。でも、メーリスヴァングは得意な魔法だけ見るからね」  はい、そうなんですよね。  メーリスヴァングは名門校だ。入学した以上は苦労するが、入学前に「出来ない」という理由で不合格になったり、断られたりすることは無い。  カンナハは、現状保護者らしい保護者がいないため、学費が無いのはもとから、カンナハの場合、お金がかかるコース授業は2つまで無料にされている。  まあ、大体の人が入る官僚コースも、私は入る気無いしな。 「カンナハは、繊細なんだね」  え?  あんまり自分をそう思ったこと、無いけど・・・ 「今話した同期はそうだったよ。簡単な魔法は苦手だけど、相手が魔法を使う瞬間は、相手のほんの少しの変化や癖で見極められるし、複数の魔法を同時に使えた」 「あ、私も使えます」 「やっぱりね。そいつが言うには、複雑に考える方が適しているらしい」 「難しい魔法だと、応用とかで、魔法に魔法を重ねていく感じなんです。同時に動いたり、相手の動きに合わせたりもするから、頭をいっぱいに使って魔法が使えるというか・・・。簡単な魔法だと、そこに集中出来なくて。使う頭が少なくてスカスカになるというか・・・」  ・・・あれ、もしかしてこれ、侮辱になってるかな? 「すみません、上手く説明出来なくて」 「いや、いいんだよ」  バシレイオスは相変わらず優しそうに笑っていた。 「カンナハ、学生時代、そいつにも言ったことなんだけど」  はい。 「簡単に考えてできるから、簡単な魔法なんだよ」  ・・・ 「例えば、火の魔法で、少し遠くにある蝋燭に火を点けるとする。的である蝋燭を見て、つけ!って念じるようにするとして、それからどうするかっていうと、何も無いんだ。火は、水と違って自分で生み出せる。水を器に入れるなら、水を持ってきたり、空気中から集める。それが、『複雑』。でも、火は生み出せるから、移動させたり、他の形になっているものをわざわざ変えたりする必要は無い。だから、『簡単』。カンナハの言うように、ああしてこうしてって考えていくと、急に次が無くなる。複雑な魔法ならその考え方で良いんだろうけど、簡単な魔法だと勢い余ってしまうんだろうね」 「あぁ」  勢い余る・・・だから吹っ飛んでたんかな、私。 「アラスターにも、聞いてごらん。こういう事もちゃんと教えてくれるから」 「・・・はい」  よし、また簡単な魔法、頑張ってみよう。  やる気が出たカンナハ。  だが、次の問題はすぐそこだった。
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