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パーティードレス
「それ」は、あの魔法使いにはぐらかされたことの1つだった。
消そうとしたが、何故かカンナハが苦しみだし、魔法使いの魔力が跳ね飛ばされたため、そのままになっていた。
「校内パーティー?」
「それ」をカンナハが思い出したのは、すっかり予定を忘れていた校内のパーティーの話が出たことがきっかけだった。
「参加できるの、3年からでしょ?せっかくだし一緒に行かない?」
まだ先のことだけど・・・
だが、うきうきでアニェスに採寸してもらっているキーラを見ると、カンナハは断る訳にもいかなかった。
パーティーか・・・。
あ、そういえば去年の今頃、先輩たちがパーティードレスの仕立てがどうのって言ってたな。
「私、着ていけそうな服無いんだけど・・・」
すると、器用にメジャーを使いながら書き込んでいたアニェスが言った。
「だったら私の姉から借りてくるよ。3人いるから、1つくらい大きさが合うやつがあるでしょ」
「いいの?」
姉がいるのは聞いていたけど・・・三人もいたんだ。
「うん。ええと、卒業しているスザンヌのやつと、アベラのやつで6着でしょ、あとアンジェリクのやつが2着」
あ、たくさんある。
「じゃあ、もし合うのがあれば、1着貸してもらおうかな」
そして今日、そのパーティードレスがアニェスの実家から、アニェスの新しいドレスと一緒に届いた。
淡い緑色のそのドレスは、2年前にアンジェリクが着てからずっとクローゼットに眠っていたらしい。
「ほつれとかシミとか、全然ないね」
「ああ、永久魔法がかかってるからね」
えっ⁉︎
アニェスの口からサラッと出た高級な言葉に、カンナハは思わずドレスから離れた。
よくよく見ると、ドレスの入った箱には国で人気の服飾家であるオロールのサインが書かれていた。
私でも知ってる・・・
そして、永久魔法というのは、ある「物」に対してかけた魔法が、術者が死んだあとも永遠に残り続けるようにかける魔法だ。
服だから、それこそシミとかほつれとかができない魔法の、永久魔法かな。
「アンジェリクが気に入ってたから、それだけかけてもらったんだよね」
それだけ・・・
「アニェスの家、資産家だからね」
そういえば・・・。普段そんなそぶり全然無いから忘れてた・・・。
「ていうか、そんな大事な服を借りていいの?」
「いいのいいの。もう着れる大きさじゃないから。大きさを変える魔法もかけてもらえるんだけど、当時着た思い出があるからってそのままだし、今年も新しく買うって言ってたから」
そうなんだ。
「今着てみたら?着心地とか」
うん、そうだね。
そっと箱から出して、カンナハはドレスをまじまじと見つめた。
「着るとどんな感じかな・・・」
箱からドレスを取り出してみる。と、下から封筒が出てきた。
なんだろう。
「あ、アンジェリクが店で試着して撮った写真だ」
お。
「今のカンナハの方が、少し背が高いね。足が長いかな。スカートが、写真より少し短いかも」
膝が隠れるか隠れないかくらいか。まあ、それはいいかな。・・・ん?
カンナハは思わず、写真のアンジェリクを見つめた。
・・・肩が出るの?この服。
アンジェリクの着ているのは、要はオフショルダーワンピースだった。
「・・・あ」
アニェスとキーラが不思議そうにカンナハを見る。
途端に、カンナハは立ち上がった。
「私、ちょっと保健室行ってくる」
「え?」
2人の返事を待たず、カンナハは部屋を出た。
そうだ・・・!すっかり忘れてた!
残された2人。
「どうしたんだろ」
「まあ、体調不良とかでは無さそうだね」
2人は細かいことを気にしない。
「ああ、来る頃だと思ってたわ」
保健室のマガリー先生は、カンナハに開口一番、そう言った。
「それは、どういう?」
「あの事は、入学前の健康診断で知っているから。カンナハももう、パーティーに参加できる学年なのよね。早いわねぇ」
ああ、あの魔力の色とかも同時に調べるやつ。
知られているのなら、カンナハは見せることに抵抗は無かった。それに、マガリー先生は保険教師だ。
「まずは、見せてもらえる?」
マガリー先生がしわのある、だが、柔らかそうな手を消毒した。
「はい」
カンナハは制服の胸当てを外して、襟を引っ張った。鎖骨から胸元までがはだける。
そこに、大きな傷跡があった。
まだ、傷であると言ってもいいのかもしれない。赤いような、紫のようないびつな丸い傷があった。所々ただれているような、がさついているような。
人に見せられるものじゃないよね。見えていてもあの人は気にしなかったし、私も気にしていないけど、学校や街だと隠してって頼まれるのが目に見えてる。
「この傷を消す薬がほしいのね」
「はい。普段は隠せているので、持っていなくて」
「少し、触るわね」
「はい」
マガリー先生は、変わらない穏やかな表情でカンナハの傷にそっと触れた。
「痛む?」
「いえ。触られても、感じにくいです」
「傷を消す『魔法』は、使った?」
「いえ。育ての人が言うには、傷は半分くらい治っていて、でも、私の体力を考えて治癒魔法は使わなかったらしいです」
体力というか、正確には衰弱していたらしいけど・・・
「5、6歳の時に、傷を消そうともしました。でも、魔力が跳ね返ったって」
「たまに、あるわね。その傷に毒が残っている場合とか」
「跳ね返る以外、特になにもないんですけどね」
マガリー先生は、薬棚をあさり始めた。
「パーティーの時期になると、傷を隠したいって保健室に来る子が増えるから、たくさん用意しておくのよ」
「そうなんですね」
「周りに知られないようにしている子は、普段は寮生活だから、部屋には置いておけないって」
薬は毎日塗ると皮膚に悪いから、本当にたまに使うだけなら保健室でもらったほうがいいのかも。買って余ったのが無駄になる、なんてことが無いし。
傷は見せたくないから隠しているわけだし、傷があるっている事自体、知られたくない人もいるよね。
「私も、胸元にあるんでみんなとお風呂には行けないんですよね。普段見えていないとなおさら」
「あら、いつもシャワーなの?あともう1つ・・・ああ、あったわ」
マガリー先生が持ってきた薬は3つあった。どれも陶器に入っている。
「今あるのは、これ。塗り薬よ。どれが皮膚に合うか試しに塗ってみてね」
さじで1杯分すくうと、それぞれ紙に包んでくれた。
「もし痒くなったり、荒れたりしたらすぐに来なさいね」
「はい、ありがとうございます」
これで、借りたドレスをしっかり楽しめるかな。
今日は試着しないで、薬の試し塗りをしておこう。2人には・・・最悪、傷のことを話してしまおう。2人のことだし、深く追求してこないとは思うけど。
カンナハが保健室を出たあと、ベッドで休んでいた生徒も出ていき、保健室はまたシンとしていた。
マガリー先生が塗り薬を片付けているところに、ちょうどブランディーヌ先生がやって来た。
「失礼しまーす・・・。あら?その薬は」
「傷を消す薬よ」
「そういえばさっき、廊下でカンナハを見かけましたね」
ブランディーヌ先生は、なんとも言えなそうな顔をしていた。
「相変わらず、私は目をそらされましたけど」
「あら、そうなの?」
片付けの手を止めてこちらを見たマガリー先生に、ブランディーヌ先生は慌てて手を振った。
「いや、不仲なわけじゃないんです。苦手意識持たれてるんです、私。カンナハ本人は気づかれてないと思ってるみたいですけど」
「あらあら」
マガリー先生はほがらかに笑った。
「話せたらいいなとは思っているんですけど、難しいですね」
「そうね、ブランディーヌちゃんも、ずっとしかめっ面だったものねぇ」
変わらぬ表情で言われ、ブランディーヌ先生は真っ赤になった。
声を抑えてマガリー先生に詰め寄った。
「それ、生徒の前では言わないでくださいよ!?私は一応、騎士コースの担当なので!普段は、戦闘系の魔法しか使わないので!生徒には憧れの目線を送られてるんです!」
騎士コースの「騎士」とは、王都の警備をする、警備魔法使いとはまた別の職だ。
「はいはい、そうだったわねぇ。・・・ところで、何のご用事だったの?」
「あ」
本来の目的を思い出し、ブランディーヌ先生はベッドの方に向かった。
「生徒の様子見に来たんです。朝から体調不良だったみたいで、同室の子たちと最初に会ったのが私なんです。担任は仕事があって、代わりに私が」
「・・・あら?」
マガリー先生は違和感を持った。
「今ベッドを使っている生徒はいないわよ?」
「・・・え?」
「確かに、さっきまでダーフィニが使っていたけど、戻ったわ」
「え!?」
念の為と見たベッドは空。
「ダーフィニです、私が見に来たのは・・・。カンナハより早く出たんですか?」
「いいえ、後に」
「私、途中でカンナハとすれ違いましたけど、ダーフィニには会っていません・・・」
「あら」
「え、え!?どこ!?」
ブランディーヌ先生は真っ青になり、しばらく固まった。
「たまたま別の廊下を通っていたんじゃないの?」
「確率低くて納得できません!私、最短距離で来たんですよ?遠回りする理由はどこ!?ちょっとその辺見てきます!」
「廊下を走っちゃ駄目よー」
「分かってます!」
そう言い、勢いよくドアを開けて小走りで行ってしまった。
「久々に思い出話をしようと思ったのだけど・・・」
再び静かになった部屋で、マガリー先生はぽつりとつぶやいた。
「ま、あの子も立派な先生になったってことね」
その頃。
カンナハは、校庭の一角で1人の生徒に呼び止められていた。
見たところ同い年の女子生徒で、綺麗な赤毛をおろしている。
「あの、なんか、ごめんなさい。つけるような真似をして」
え?つけられていたの?
傷のことを考えながら歩いていたカンナハは、そんなことをされていたとは思ってもいなかった。
「あの、さっき、私も保健室にいたの」
あ、そうなんだ。
「それで、えっと、あ、名前は?」
「カンナハ」
「あ、そうなんだ。私、ダーフィニ。3年」
ダーフィニは落ち着かない様子で、所々早口になっていた。
「あのね、カンナハ」
はい・・・
「あの、本当に、失礼かもしれないんだけど、」
うん
「あの、傷、見せてくれない?」
・・・へ?
カンナハは一瞬、幻聴かと思った。
え?見れたものじゃないと思うけど。
「あの、本当にごめんなさい。でも、見せてほしいの。なんでもするから!」
そんな危険な言葉をサラッと・・・
よほどの事情があるようだった。
「見せるのはいいよ。そこに抵抗は無いから。でも、結構ひどい傷だよ」
「うん!見せて!」
そんなに?
カンナハはあたりを見回して、念の為認識阻害の魔法をかけておいた。
真上から盗み見ようなんて人はいないだろうけど、念の為。
「ダーフィニ、近くに来て」
「うん」
胸当てを外して、大きな傷を見せた。
途端に、ダーフィニが固まったのが分かった。
やっぱり、衝撃的ではあるよね・・・
「これ、いつできたの」
「わからないんだよね。3歳くらいの時にできたんだと思う」
私、誕生日とか知らないからなあ。あの人の家に来たのが、大体3歳か4歳だった気がするし。
「カンナハって、親いる?」
「・・・ううん」
「きょうだいは?」
「いないよ」
・・・なんだろう。
カンナハは、ダーフィニがカンナハのことを知っているかのような質問ばかりしているように感じた。
もしかしてダーフィニって、私を狙ってとか・・・いや、それは無いか。そもそも何が私を狙っているのかなんて知らないし。
「ダーフィニ、何が気になっているの?」
「・・・っ」
?
「ダーフィニ?」
途端に、ダーフィニが膝から崩れた。
カンナハはとっさに、ダーフィニの脇に腕を入れて支えた。
「どうしたの?」
「っない」
え?
「私も、わかんない・・・」
そのまま泣き出すダーフィニを、カンナハは何もできないまま見つめていた。
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