ダーフィニ

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ダーフィニ

 そのままの体勢でいるのもなかなか厳しいため、カンナハはダーフィニを座らせた。  胸当てを付け直して、ダーフィニの様子を見る。  保健室に居たって・・・姿は見なかったから、ベッドの方で寝ていたのかな。話し声が聞こえたとして、どうしてそんなに気になったんだろう。 「ごめ、んなさい・・・」  泣きじゃくりながら謝るダーフィニの背中に、カンナハはそっと手を当てた。  カンナハは、誰かが目の前で泣くところを見たことが無かった。キーラもアニェスも、あの魔法使いも泣いているところを見たことが無い。たまに、街や市場に行った時、小さな子供がぐずっているのを見たくらいだ。  こういう時、なんて言えば良いのかわからないな・・・。だったら、何も言わないのが正解なんだろうけど。  カンナハはふと、すぐそばの低木を見つめた。蝶が何頭か、蜜を吸いに集まっている。  あの木、確かバベットっていうんだよね。随分人気なんだな・・・。  その様子を眺めながら、カンナハはダーフイニの背中をなで続けていた。  泣きながら謝り続けるダーフィニにはいともいいえとも言うわけにはいかなかった。  ダーフィニが落ち着き始めたころには、バベットに集まっていた蝶たちはいなくなっていた。 「ごめん、カンナハ。なんか、思ったより驚いちゃって」 「ううん。一体どうしたの?」 「あのね」  うん。 「その傷、似たようなものを見たことがあるの」  似たようなもの・・・? 「なんでなのか、ずっと分からなくて。でも、カンナハにも同じところに傷があるって聞こえて・・・もしかしたら、知ってるかもって」  で、私も分からなかったと。 「どこで見たの?」 「うん、あのね、私、入学前はお母さんと妹と伯父さんと住んでたんだ。でも、お母さんが、私が魔法学校に入学する半年くらい前に『今日から別の所で暮らす』って言い出して、伯父さんは止めたんだけど、1人で出て行っちゃったの」  え・・・ 「お母さんは、完璧主義の魔法使いで、それを私たちに強要することは無かったけど、自分に厳しくて。それで、もっといい魔法使いになるために、修行をするんだって」 「修行のために、別の場所で暮らすって言い出したってこと?」 「うん。なんか、そういう場所があるとか、そんなことを言ってた」  へえ・・・ 「でもね、」  うん。 「3ヶ月くらいして手紙が来て、帰って来るって書いてあったの」  短いのか長いのか・・・ 「でも、帰ってこなくて」  あれ。 「もしかしたら、近くまで来てるかなって思って、私、森に入ったの。見送る時、お母さんその森の道に入っていったから。警備魔法使いがいて、安全な道だし、私も防御系の魔法をいくつか覚えていたから、1人で行ったの。伯父さんは魔力持ちじゃなくて、妹はまだ小さいから、1人で」  そうなんだ。 「そしたら、ちょっと進んだ先で警備魔法使いが騒いでて。道から外れた、斜面の下の方を見てた」  ・・・ 「私も見てみたら、お母さんが死んでたの。お母さん以外の魔力らしいものを強く感じたから、魔法を使う何かから襲われたんだろうって。警備魔法使いが警備する道からだいぶ離れた場所だったから、しばらく気が付かれなかったみたい。それで、お母さんにも、カンナハと同じところに、似たような傷があった。親がいるかって聞いたのは、それが理由。お母さんの死因は分からなかったけど、もし何か、危ないところに行っていたり、巻き込まれたりしたなら家族の私も危ない目に合うかもって思って・・・」  まあ、そう思うよね。  それで、私の親はどうなんだって思ったんだ。 「きょうだいがいるか聞いたのは?」 「ああ、それは、お母さんが妹も連れて行こうとしたからなの」  え? 「私、あんまり覚えてなくて。だから、お母さんが言ってた『修行』が実際に何だったのか分からないの。でも、修行の話をした時、妹が寂しそうにしているのを見て、魔法学校に入学するまでだったら、一緒に行く?って」  うーん・・・。  最終的にお母さんが死んじゃったところまで聞くと、『修行』が怪しく危なく感じるけど、妹を連れて行くっていう選択肢があったなら、危ないところに行くわけじゃ無かった・・・のかな? 「妹は何歳なの?」 「今は7歳だよ。あの時は、3歳か4歳かな。伯父さん怒ってたし、私も妹とも離れるなんて嫌だったから反対した。妹は・・・よくわかってなかったと思う。でも、お母さんが死んだって聞いて、やっぱり一緒に行けばよかった、会えなくなるなら一緒に居たかったって、大泣きして。私、嫌われちゃった」 「でも、妹が巻き込まれる心配もあったしね」 「そう。だから、反対して良かったと思ってる。私たちはまだまだ子供だったから簡単に『修行』って言われたんだろうけど、多分、伯父さんはどういうところに行くのか詳しく聞いていたと思うの」 「伯父さんには聞けないの?」 「うん・・・。当時は妹が嫌がったからその話は出来なかったし、今は帰っても、妹は私を嫌がって学校で居残りしたり、友達の家に行っちゃうんだけど、」  ・・・うん。 「伯父さん、あれから倒れちゃって。あんまり話をできる状態じゃないんだよね」  そっか・・・ 「私の学校生活に興味津々だから、その話をすることが多いんだよね」 「妹は、今7歳ってことは、どういう学校に通っているの?」  魔法学校はどこも11歳からだよね。 「魔法のコントロールとか覚えさせてくれる、魔力持ちの子向けの『事前学校』に行ってる。魔法学校に入学する時、役立つからって。私は、お母さんに教わってたから行ってないけど」  ・・・ああ、そっか。  メーリスヴァングは、他校だと受け入れられない子供を受け入れている。  その中には、『事前学校』に通っておらず、さらに事情で両親から魔法について教わらなかった生徒もいるのだ。大抵は、そのどちらかを通して魔法学校入学前に魔法を多少身につけるのだが、どちらもできない子供もいないわけではない。『得意』を重視するメーリスヴァングとは違い、他校だと魔法をある程度コントロール出来たり、多少の魔法を覚えていたりすることは入試の1つでもある。 「他校を受けるなら、そういう学校に通っておかないとだよね。・・・あれ?他校行くの?」  メーリスヴァングなら、お金の心配も殆ど無いのに。 「うん、たとえ在籍期間がかぶろうがかぶらなかろうが、私と同じ学校には行きたくないって・・・」  ・・・なんと返せばいいのやら。 「お金!お金どうするつもりなんだろう!私、本当はお母さんの母校のエストラードに行く予定だったの。でも、学費が払えなくなって、それを伝えたら通えないって言われて。ぎりぎりだったけど、メーリスヴァングが入学を受け入れてくれたの」  エストラードも、名門だよね。メーリスヴァングがゴールダッハの官僚を輩出しているとしたら、エストラードは、騎士とかの王室付の魔法使いを輩出しているって言われている。 「・・・あ、妹の話にずれちゃった。それでね、カンナハ」  うん。 「カンナハは、そういうの、聞いたことない?修行の場みたいな。お母さんの胸の傷、そこだけ酷かったから目立ったの。カンナハも、同じような怪我、他の場所にもたくさんあるわけじゃないでしょ?」 「うん、ここだけだね」 「お母さんは、小さい私には簡単に伝えたのかもしれない。それを考えると、もし、『胸の傷』っていうのが偶然じゃなくて必然だったら、『修行』にどういう事情があったと思う?」  う〜ん、 「少なくとも、『胸の傷』が必然的な修行なんて想像がつかないよ。怪我をさせられるっていうなら、その修行の場が、何か騙しているようにしか思えない」 「騙す?本当は、修行じゃなくて何をさせていたと思う?やっぱり、お母さんは危ないところに行ってたのかな。そうだと思いたくはないけど、それなら最初に妹も連れて行こうとしたのにも納得がいっちゃう・・・騙されてたんだから・・・」 「う~ん・・・」  ・・・あれ?さっきからあくまで他人事でいたけど・・・私にもあるんだよね、傷。もしかしたら、同じ理由であるのかもしれないんだよね?  私を狙っている「何か」も、もしかしたらダーフィニのお母さんを殺した何かかもしれないってことだよね。 「調べてもらったの?お母さんが亡くなったこととか・・・現場とか」 「うん。でもね、襲われた時誰も気が付かなかったし、手がかりになりそうなものは何も残っていなかったし、何か魔法の攻撃を受けたっていうことだけしかわからなかったみたい。それに、伯父さんが早く家に連れて帰りたいって言ったから。私は、何か危ない目にあったのかとか、家族が巻き込まれないかっていう心配があったよ。でも、結局何も起こらなかったから安心しきってたんだ。・・・でも!」  うん、そうだね。 「同じような傷を持つ人が他にもいるって分かったら、お母さんが言ってた『修行の場』について何か知ってるんじゃないかって気になって!」  ・・・私も気になるな。  いろいろ、可能性があるなら教えてあげたいことはあるけど、私は現に危険にさらされている立場だし、下手に教えてダーフィニに何かあったらと思うと・・・言えないな。  それに、アラスターにも聞いておかないと。できれば直接。 「・・・あ、話しすぎたよね。ごめんね、急に話しかけてこんな話して」 「ううん。私も、どうしてこんな傷があるのかわからなかったから。可能性が1つ分かってよかった」  ・・・私の両親も、もしかしたらダーフィニのお母さんと同じ目に遭って死んだのかもしれないんだよね。両親にも同じ傷があったのかは知らないけど。  そう考えると、今同じ傷を持ちながら生き続けていることに、カンナハは急に緊張してきた。 「私、そろそろ寮に戻るね、カンナハ。私、体調不良で同室の子に保健室に連れてきてもらってたの。もしかしたら様子見に来てるかもしれないから」  ああ、それは心配させちゃうね。保健室は別の建物だから、寮から行く時は、多分校内の転移魔法を使ってきたんだろうし・・・。まさか外にいるとは思わないだろうね。 「お母さんのこと、ずっと考えてなかったけど、カンナハの事知ってまた気になってきた。よかったら、また話し相手になってくれる?私の部屋、フェニチア」 「うん、もちろん。私の部屋はジャシンタ」 「あ、2つ隣の部屋?近いね!」  ダーフィニは少し元気になったようで、小走りで寮に戻っていった。  カンナハは歩いて、同じ道を辿っていく。  あの人にはぐらかされるから、何かあるんだろうと思ってはいたけど・・・思ったよりずっと危険かもしれない。  あの森で襲ってきた悪徳魔法使いたちは、大抵は人気の無い森に隠れているからたまたま遭遇しただけだと思う。でも、その中に、もしかしたら「私」を狙ってきた魔法使いもいたかもしれない。まだ、どこかから狙っているかもしれない。  でも、もしそうならどうして在学してから今まで襲われることが全く無かったんだろう。既にあの森で見つかった悪徳魔法使いなら、殺されて無くても、私の姿を見たかもしれないってことで、あの人に記憶を消されているはずだけど・・・ 「・・・ますますわからなくなってきた」  1人で考えていてもどうしようもないか。  寮に戻る足を早めた。  こんなにもアラスターに会いたくなったのは、カンナハは初めてだった。 「あ、やっと戻ってきたー!」 「ごめん、ちょっと話し込んじゃって」 「やっぱり体調不良じゃないみたいだね」  あ、アミントレが咲いてる!  カンナハは真っ先に自分のベッドに飛び乗り、窓辺に置いてあるアミントレの花弁に触れた。  次に来る日を伝えてきたのかな。  だが、聞こえてきた内容にカンナハは愕然とした。 『急用が出来た。今月はそっちに行けない』  え・・・ 「なんで!」  そんなことをしてもアラスターが来るわけがないのに、カンナハは思わず花に掴みかかりそうになった。 〈わ!〉 〈ごらんしん!?〉  ちょうど遊びに来た妖精たちが驚いて花の影に隠れた。 「なんか騒がしい?」 「カンナハ、どうしたの?」  なんで・・・  2人が心配する声も、妖精たちのひそひそ声も、カンナハには聞こえていなかった。  こんなにも心細くなったのは、入学初日以来だった。
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