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妖精との話
妖精たちのはしゃぎ声で、カンナハは目を覚ました。
見ると、テーブルでアニェスに砂糖水をもらっている。
「あ、カンナハ起きたね。欲しがってたからあげちゃったけど・・・大丈夫だった?」
・・・ええと?
例の妖精だけが、カンナハの眠るベッドの上にちょんと座っていた。
〈ごめんなさい、他の子たちが騒がしくしちゃって〉
・・・
昨日、どうやって眠りについたのか、カンナハは思い出せなかった。
「ちょっと前から花置いてあるなーって思ってはいたけど、まさか妖精が遊びに来て寝てるカンナハを起こそうとするとは思わなかったよ。私で来るか分からなかったけど、その子が砂糖水につられるって言うからやってみたんだよね・・・まあ、見事に引っかかったね」
・・・あ、そうなの。
〈ごめんなさい、起こしちゃって〉
「ううん、いいの」
カンナハは普段、かなり早起きだが、アニェスが起きているところを見る限り、今日は寝坊したようだった。
夜型キーラはまだぐっすり。
とりあえず着替えよう・・・。
「ねえ、昨日、私、どうだった?」
砂糖水の粒を追いかける妖精を見ながら、アニェスは言った。
「呆然としてた・・・かな。夕食の時間でもそうだったから、とりあえずパンだけ食べさせて、シャワー浴びなって言っといたよ。で、素直に従って寝た」
だいぶ迷惑かけたな、私。
「ごめんね」
「ううん。よくわかんないけど、何か話せることがあったら相談してよ」
「 うん」
2人とも、いつもいろいろ聞かないでいてくれるよね。細かいことをあんまり気にしないっていうのもあるだろうけど。
でも多分、話せる相談は無いな。ごめんね。
「私、ちょっと外出てくるよ」
「わかった」
カンナハはアミントレに触れた。
蕾は閉じたままだった。
例の妖精がそっと話しかけてくる。
〈カンナハ、大丈夫?〉
「うん。あ、昨日はごめんね。確か私、アミントレに掴みかかろうとした気がする・・・」
〈いいのよ。私たちの依代にも、まだ出来るけど、それはカンナハの花よ。昨日他の子たちに聞いたけど、アラスター、しばらく来ないのね〉
「うん」
〈私はカンナハのことよく知らないから、アラスターとすぐにでも話したいことが何なのかわからないわ。でも、何かあったんでしょ?〉
「うん・・・」
妖精は笑って、カンナハの指先をそっと撫でた。
〈ちゃんと、言おうとしたのね。偉い偉い〉
怖いことがあったら、ちゃんと言うのよ。
いつだか言われたことを、カンナハは思い出した。
そっか、私、怖いんだ。
「アラスター、次いつ来るんだろう」
〈さあ?でも、もともと私たちの依代だった、アラスターが持っているアミントレを感じないから、それだけ遠くにいるのね。私でも感じないから・・・国の端っこにいるのかしら〉
そっか・・・。
まあ、本来は独立魔法使いだもんね。他の魔法使いより、圧倒的に行動範囲が広いから。
独立魔法使いの詳しいことは、2年生の時に習っていた。
昔は魔法使いを管理する組織が無く、言ってしまえば全員が「自称魔法使い」だった。危険な仕事の振り分けもなく、1人で魔獣や悪徳魔法使いと闘って死ぬこともよくあった。そうして魔法使いが減っていったことや、魔法の教育を受けない魔力持ちが増え、それ故の事故や事件が起こるようになったことから、危機を感じた王室によって組織が作られていくようになったのだ。一般人に関しては地域によるが、魔力持ちは魔法の教育を受けさせるために、ゴールダッハに登録されるようになった。
そして、どこにも属さない魔法使いを独立魔法使いと呼ぶようになった。
そのような歴史もあり、独立魔法使いは、よほど強い魔法使いでないとならない一種の「職業」となったのだ。
各警備地域の組織に所属している警備魔法使いとか、王室付きの魔法使いとかが、上の判断で断られるような危険だったり無謀だったりする仕事を、独立魔法使いが引き受けることが多いんだよね。それは個人からの依頼の時もあるし、王室からゴールダッハに、その仕事が出来そうな独立魔法使いの人選を命令されることもあるって習ったな。基本的には個人から仕事を引き受けるか、倒した魔獣や採取した魔法植物を売るか、人によっては自給自足で放浪しているらしいね。
アラスターはどうなんだろう。
〈カンナハ、アラスターのこと、少しは頼ろうと思うようになったのね〉
「うん・・・今まで危機感が無さすぎたよ。強力な守護魔法がかけられていたっていうのもあるけど」
〈そういえば、カンナハのその守護魔法、誰がかけたの?そこまで強いのって、ディクシーとかアラスターくらいしか思いつかないわ〉
「ディクシーって、アラスターの姉だよね?」
〈そうよ。えーと、ここにいたのは10年くらい前かしら〉
あ、アラスターとも結構年が離れてるんだ。
〈多分、アラスターより強いんじゃないかしら?〉
同じ独立魔法使いだっけ。
「今まで会った中で1番強い魔法使いは?」
〈そうね、私が生まれたばかりの頃会ったわね。その時はまだ、この学校は無かったわ。森ももっと広くて、巨木が3本あった。だから、アミントレももう少し咲いていたと思うわ〉
じゃあ、学校の周りにある3つの森はもとは1つの森だったのかな。
〈名前はわからないけど・・・その人は私に人間の事を教えてくれたわ。人間はとっても複雑で、残酷で、強くて弱くて優しくて・・・結局何なのかしら〉
・・・うん、そこまで壮大だと私もわからなくなってきた。
〈その時1番年上だった妖精は、今の私よりさらに200年くらい長く生きていたと思うわ。私たちは、人間がいうところの「可愛らしいもの」らしいから、取られすぎないように気をつけないといけないって〉
その頃からあったんだ、それ。
〈それで、私たちはとっても可愛いから、取られないようにどうしたら良いのって聞いたの〉
うーん、私が質問されたら返答に困る。
〈そしたら、森全体に防御魔法を張ってくれたの。100年くらいそのまま続いたわ〉
・・・森全体?
アミントレを採取した1つ目の森だけでも、校舎と同じくらいの広さだ。
どうしたらそこまで広範囲で魔法をかけられるんだろう・・・まだ、管理組織がない時代だろうから、調べても誰なのかわからないだろうな・・・。
でも、あの人も同じくらいできそうだと思う。そう思わせるくらい強い。
〈カンナハ、あんまり驚いてないわね〉
「・・・なんでそう思うの?」
〈もっと強い人、ずっと見てきたんでしょ?巨木様が跳ね飛ばされたときも、その理由を知ったときも、カンナハ、あんまり驚いてなかったもの〉
・・・そうだったかも。
〈カンナハが見てきたその人は、どんな人なの?〉
「私を育ててくれた人だよ。ここに通うことになってから、会えてないけどね」
〈カンナハも強い?〉
・・・
「そうでもないかも」
カンナハはまだまだ、「簡単な魔法が苦手」という状況をどうにかしなければいけなかった。
「身を守るためにも、もっと魔法を使えるようになりたいんだけどね。なかなか難しい」
〈育ての人ならなんて言う?〉
え?
〈人は行き詰まった時、過去を振り返るってみるって1番強い人が言ってたわ。それで、忘れていたことを思い出すって。初歩?だったかしら〉
初歩・・・
カンナハの頭に、最後にあの魔法使いと話したときのことが自然と浮かんできた。
『カンナハ、これからまるで違う場所で生きていくことになるけれど、やっていけそうかい?』
『どうやって生きていけばいいの?』
『どうやって、か。教えることがあるとしたら、その時やれる事をやっていけば良いということかな。そしてやるべきことは、きちんとやりなさい。ここにいる時は、そんなことを気にしなくても良かったわけだけど、これからカンナハが生きる場所は優先順位が違うから』
『今までは何が1番上だったの?』
『とにかく、カンナハが生きられるようにすることだった』
『・・・ん?』
『達成していることにいちいち目を向けていなくても大丈夫だよ。達成できなかったことも同じだ。それを気にしている時間があるなら、今出来ることに目を向けなさい。そうしたら少なくとも、今が過去になった時、その「今」を後悔することは無いからね』
『・・・うん・・・ん?』
『いざそうなってみれば分かるよ』
『そうなの?』
『そうだよ。それから、カンナハ。人々と居ることで、いろいろ起こるだろうけれど、絶望しすぎてはいけないよ』
・・・
「今、出来ることをやる?」
〈それが思い出したこと?じゃ、やってみなくちゃね〉
いろいろ不安なことが山積みだけど・・・とにかく、簡単な魔法の克服、か。まずは火の魔法かな。
アニェスが帰ってくる様子はまだない。カンナハはひとまずキーラを起こして実技の練習にいくことを伝えようと思ったが、その前にドアをノックする音が聞こえた。
あれ?アニェスじゃないよね・・・
「はい?」
出てみると、顔を知っているだけの同級生がいた。
えっと・・・?
「あの、私ダーフィニと同室のスローン。貴方カンナハ?」
「うん、そうだよ」
「じゃ、来て!」
答えるなり、スローンはカンナハの腕を引っ張って走った。
〈あ、誘拐⁉︎〉
え、え⁉︎何⁉︎
「カンナハ、妖精育ててるの?・・・まあ、今はそれはいいか」
そのまま、2つ隣のダーフィニたちの部屋であるフェニチアに連れ込まれた。
「ダーフィニ、連れてきたよ!」
見ると、ダーフィニがベッドに横になったままうなっていた。もう1人の同室の生徒が、すぐ隣で背中をさすっている。
「どうしたの?」
「わからない。朝、もっとひどくうなってて、私はそれで目が覚めたの。先生を呼ぼうかと思ったんだけど、ダーフィニがカンナハを連れてきて欲しいって言って・・・あんまり遠くの部屋だったら拒否するつもりだったんだけど、ジャシンタならすぐ近くだったから」
私を呼んだってことは、お母さんのことで気持ちに何かあったのかな。
「ダーフィニ、どうしたの?」
「嫌だー」
ダーフィニはカンナハと目は合わせたものの、受け答えをするのは難しそうだった。
「嫌だー」
すぐに両手で目を覆ってしまう。
「何か、嫌なんだね」
怖い夢でもみたのかな。
「ダーフィニ、目を開けていて。「今」目の前にあるもので視界をいっぱいにして。真っ暗だと、嫌なものは余計思い出しちゃうよ」
カンナハがそう言った途端、ダーフィニは目を見開いた。
「明かり、窓、アグレイア、カンナハ、テーブル、スローン・・・」
頭の中を埋めるように見たものの名前を次々言っていく。
「カンナハ、カンナハ」
「うん、何?」
「話、話、話」
「うん、話そう」
ダーフィニはカンナハと、アグレイアというもう1人の同室の生徒に引っ張られてようやく起き上がった。
「なんか、2人で話したいこと?」
「外がいい」
外?
「すぐ出るの?」
「うん、出たい」
「じゃあ、何か羽織って行ってね」
アグレイアが用意していた水を飲み、ダーフィニは部屋着のまま上着を着た。
「カンナハ、行こう」
うん、行こう行こう。
「帰ってきたらでいいから、いろいろ説明してもらえる?」
アグレイアの言葉に頷き、カンナハは外に出た。
あの2人は、多分、私がダーフィニの友達だってこと自体を初めて知ったよね。
カンナハは、外のどこで話すのかはダーフィニに任せることにした。
ダーフィニが立ち止まったのは、昨日2人で話した場所と同じ場所だった。
途端にダーフィニは、大きくため息をついてしゃがみ込んだ。
「ごめんなさい・・・」
「謝らないで。どうしたのか話せる?」
カンナハは念のため、認識阻害の魔法をかけた。
「うん・・・」
ダーフィニは乱れていた赤毛を手櫛で軽く整えた。
「あのね、入学してからは全然そんなことなかったんだけど、」
うん。
「私、お母さんの死体見たでしょ?その日の夜、ずっと夢の中でお母さんが死体と同じ姿で苦しんでいるところを見たの。久々に、その夢見ちゃった」
「そっか・・・」
私は、両親の死体とか見た記憶が無いからな・・・小さかったのもあるけど、よくよく考えたら、お墓があるだけであそこに埋められているかどうかまでは聞いたことがなかったし・・・。
少し考えこんだカンナハを見て、ダーフィニは慌てて言った。
「あ、あのね、カンナハと話したこと、後悔しているとかじゃなくて」
「あ、うん、大丈夫。わかってるよ。大丈夫」
しまった、余計に不安にさせちゃった。
「スローンと、アグレイア、だっけ。あの2人には話していないの?」
「うん。エストラードに行く予定だったけど、片親(叔父)で金銭面が不安定になったからメーリスヴァングにしたってことくらいしか。アグレイアも両親がいないし、スローンも元々農村に住んでいてお金に不安があったらしいから、そこまでは自然と話せてたんだ。でも、お母さんが殺されたらしいとは言えなくて」
まあ、そういうものなのかもね。
「カンナハに話したのが初めてだったの。担任の先生も寝たきりの叔父と、妹と暮らしているってことは知ってるけど・・・ねえ、昨日の話の続きしてもいい?」
「うん、もちろん。むしろ話したい」
不安な気持ちを打ち明けられる相手は、お互いに必要だった。そして、今はお互いしかいなかった。
「あの、カンナハは親がいないって言ってたでしょ?それはどうして?あ、親が同じように『修行の場』に行ってたとかは・・・そういえば聞いてなかった」
ああ、それね。
「親のことは、本当にわからないんだ。死んだってことは知ってる。でも、どんな人だったとか、そういうことは全然わからなくて。育ての人にも何も教えられてないから、同じ傷を持っている・・・とかはわからないんだ」
「そっか・・・でも、その可能性があったって考えてもいいのかな?」
「うん。むしろ、その可能性が高いと思う」
傷がダーフィニのお母さんと同じ理由であるなら、私もその『修行の場』にいたのかもしれないってこと。魔法使いでも殺されてしまったのに、幼児の私が1人で行って逃げ出せたとは到底思えないからな。
「カンナハの周りの人が狙われたり、とかは・・・」
もしそうなら、ダーフィニも狙われる立場だしね。
「狙われていたかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「?」
まあ、そうなるよね。
「私、森育ちだから。身を隠している悪徳魔法使いとなら何度も遭遇したし・・・その中に、私や育ての人を『修行の場』関係で狙っている悪徳魔法使いがどれだけいたのかは正直わからないんだ」
それに、周囲の人と言ったらあの人くらいしかいないし。
「それは確かに・・・どうしたらわかるかな。もしかしたら、私やカンナハも狙われているかもしれないってこと。無闇に人に話せないでしょ?」
そうなんだよね・・・
「調べようとしたら、なおさら狙われるかもしれないし・・・」
アラスターがいればなんとかなったのに。
「そういえば、保健室で言ってたよね。傷、魔法が跳ね返ったって」
ああ、うん。
「傷の理由がもし、何かに故意につけられたのだとするなら、何かしら魔法がかけられていてもおかしくないと思う。怪我をさせるだけっていうのもよくわからないし・・・魔法がまだ残っていて、傷に他の魔法がかけられることに反発しているんだと思う」
「なんの魔法かわからないかな?」
うーん・・・私ができるのは分析魔法くらいかな。でも、どっちにしろ反発するだろうし、分析魔法って失敗した時の衝撃が大きいから、傷の場所的に致命傷になるかもしれないし・・・。あ、場所にも何か理由があるのかな。
「今のところ、方法はないかも。それより今1番問題なのは、場合によっては狙われているかもしれないってこと」
「四年生になったらコース授業取れるから、騎士コースでも選んで攻撃系の魔法覚えようかな・・・あ、カンナハは何の魔法が得意なの?」
「私は、空気を操る魔法かな。あと、水を操るのも得意」
それ以外の魔法は、黒魔法になりそうだから言わないでおこう・・・他に使っている人なんていないから、得意不得意の境界がよくわからないし。
「空気!?私、その類は1年の時に習った酸素を集める魔法くらいしか・・・」
ああ、そんなのもあったな・・・。自分の周りに酸素を集めるっていうだけの魔法で、自分が移動しても集めた酸素は一緒に動いてくれないし・・・結局授業中に覚えられなくて、空気を操る魔法を使っていた気が・・・。何が違うんだろう、あの2つの魔法。
「空気を操る魔法と酸素を操る魔法って、どう違うの?」
「うーん・・・空気は一切操れないからわからないけど、でも、酸素を集める魔法は、本当に、酸素だけが一気に自分のところに来る感じかな。空気を操る魔法は、空気中から酸素だけを集めて、それを自分に纏わせて・・・ってしないといけないの?」
「・・・私、そうやってた」
同じ酸素を集める、でも、私は随分手間をかけてやってたんだな。酸素を集める魔法を覚えたら、空気中から酸素を集めて、自分のところまで・・・っていうのが一瞬なんだ。
「カンナハ、随分時間かかるね、それ」
「簡単な魔法って苦手で・・・指定された場所に火をつける、とかもできないの」
それを聞くと、ダーフィニは驚いた様子でカンナハを見た。だが、すぐに笑った。
「じゃあ、私が教えよっか?」
「・・・いいの?」
「うん!今回急に呼び出しちゃったお詫びとでも思って。うまく教えられるかわからないけど・・・」
「別に、迷惑だなんて思ってないよ。ぜひ教えて」
「じゃ、私一旦着替えてくるね。1番近くの校庭で待ってて」
「うん、わかった」
今、やれることをやらないとね。
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