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 門扉の開く金属音を、末緒(みお)の耳はさとく拾った。  最愛のパートナー、澤 蒼真(さわ そうま)が帰宅したのだ。 「蒼真さん、とうとう帰って来ちゃった……!」  どうしよう。  ドキドキする。 「喜んでくれるかな?」  今日の末緒には、とっておきのニュースがあるのだ。  第二性をオメガとして生まれた彼にとって、人生初、そして一番嬉しい報告が。  しかし、それを蒼真に伝えることに、わずかだが不安もあった。  アルファの蒼真は、仕事熱心な男だ。  水族館で、ドルフィントレーナーとして働き始めて、もう10年になる。  33歳の中堅である彼は、若手の指導も任されるようになった。 『どう? ルーキーたちの教育は』 『やりがいは、ある。だけど、それと同じくらいストレスも溜まるよ』  以前、末緒は蒼真と、こんな会話を交わしたことがある。  天才肌の上に努力家の蒼真には、不慣れな新人たちのミスや気の利かなさが信じられないのだ。  その都度、厳しく指導をするので、周囲からは『鬼の澤さん』と呼ばれ、恐れられていた。  いや、それは今に始まったことではない。  彼は新人の頃から、自分にも他人にも厳しかった。  イルカのためなら、上司にすら意見するほどの男。  寡黙で、同僚と笑って過ごすより、イルカプールの様子を見る時間の方が多いのだ。  そんな蒼真を、唯一恐れなかった人間が、いる。  それが、末緒だった。
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