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過保護な旦那様(仮)と腹黒の対決
夜半、インターフォンが鳴る音が聞こえた。
隣りで優花はぐったりとした身体を横たえ、そのまま眠りに就いている。
この時間にやって来るという事は、薄井しかいない。
疲労感もあり対応もめんどくさいとは思ったが、どうせ話さなければならない事もある。
ズボンを穿き、そのまま玄関へ向かう。
「よぉ、悪いな。」
そう言いながら、薄井は足を進めてダイニングまでスタスタと歩いていく。
その後ろを歩き、椅子に座った薄井にいつものようにウィスキーを入れて渡す。
「…会長が居る時に、何で彼女来店させた?」
ウィスキーを一口飲むと、薄井は早速口を開く。
「紹介がてら。あまり深い意味もない。何か後で動いてもあしらっておけば何とかなると思っている。」
「…親父を敬ってやれよ」
俺の言い草に、薄井はぷッと吹き出して笑う。
「…どうせすぐに『優花』の事は親父にも耳に入るだろう。」
「…会長の側に置くのと、俺の下に置くのはどっちが良い?」
俺もウィスキーをグラスに入れ、薄井の晩酌に付き合う。
今日の話は、薄井に軽く話を持ちかけていた『優花の就業先』についてだ。
「…会長秘書はさせない。でも広報部もゴメンだ。」
「…どうしろって言うんだよ?俺のアシスタントならどうだ?」
元々薄井は『腹黒い』。
父である会長の話は『エサ』だ。
薄井のアシスタントとして働かせようとしている事が、今の話で分かった。
薄井のアシスタントというのは、秘書室長のアシスタントだ。
つまり『谷重家』の内部に関わらせ、抜け出せないようにしようとしている。
「…優花の調査内容はそんなに良かったのか?」
「…正直、前の会社…何やってんだ?って感じ。」
そう言うと、鞄から書類を取り出し渡してきた。
優花の前職の業務内容だ。
中堅の商社で、アジアを中心に取引を行っているようだ。
そして優花は営業事務として勤めていたようだ。
しかし営業こそしていなかったが、それ以降の取引の交渉、契約締結、その後の進捗。それらを全て行っていたようだ。
「…営業…何やってんだ?…声掛け係?」
「…まぁ、下が仕事を上手く回してくれてたから、楽して成績は自分のモノにしてたんだろうな」
どうでも良い事だが、優花が居なくなった今後がどうなるか楽しみな会社だ。
「…中国語、韓国語、英語…」
「…話すのはクィーンイングリッシュのようだが、インド英語も理解は出来るようだ。」
仕事の為だけにこれ程の言語が話せるとは。
しかも優花は就職して三年程しか経っていない。
「…その辺で遊ばせておくには勿体ないと思っている」
薄井はニヤリと笑っている。
少し厄介な事になったな。そう考える。
薄井が自分の手の者として優花を使うようになれば、お気軽な仕事という訳にはいかなくなる。
別に仕事自体、どれも気楽な仕事があるとは考えていない。しかし程度が違う。会社の裏事情も全て把握する程に仕事にどっぷり浸からせる気は無いのだ。
「…今から『新婚生活』を送ろうと考えているのに、そんなの許す訳ないだろうが。」
ウィスキーを口にしながら言う。
「…将悟。お前に断りを入れてるだけでも『優遇』してると思ってくれても良い。勝手に配置しても良かったんだがな。」
随分とゴリ押ししてくる薄井を怪訝そうに見る。
「会長が、多分明日には彼女を会長秘書に指名してくる。その前に俺の傍に置いた方が良いと思っている。」
薄井の言葉に俺はため息をついた。
多分、会長の話も本当だ。そして薄井のアシスタントにも使い勝手が良いのだろう。
そして優花を薄井の手元に置いておけば、会長もそれなりに満足はするだろう。
さらに言えば、優花は俺の弱点そのものだ。
優花を抑えておけば、俺は谷重に居座るだろうという事だ。
会長を満足させ、ついでに兄である社長や百花も満足する。
薄井にとっては中々良い状況だ。
「…会長秘書はさせない。お前のアシスタントも半日出勤なら良しとする。残りは在宅ワークだ。」
「…は?」
「谷重の深部までは関わらせない。これが条件だ。特に本家。人間関係で疲弊気味の優花にフルタイムで働かせる気は無い。」
グラスをコツンッとテーブルに置き、そう宣言する。
過保護だろうと、それ以上はさせる気がなかった。
本当なら働かなくても良いとすら思っているのだ。
だが部屋に閉じ込めておくのも可哀想な気がしたので、少しなら…と考えて薄井に話をした。
それなのに、予想以上に優花が使えそうだと判断されたようだ。
これからたっぷり甘やかそうとしているのに、ガッツリ働かせるわけもない。
「…薄井…。俺のカードを切る。だから…お前…今回は引けよ。」
薄井を見据え、声を低くして告げる。
「…随分強気だな?…俺が仕事で引く程のネタがお前にあるのか?」
薄井は谷重内部まで関わる仕事をしている。
片や俺は帰国したての料理人。
だが薄井にも弱点がある。妹の百花だ。
幼い頃より、他人である薄井が守ってきた百花。
当然、薄井には並々ならぬ『想い』がある。
但し長年すぎたのか、拗らせている。
何故か最近、薄井は裏で手を回し、百花に大手企業の御曹司との縁談が来るようにした。
今は釣書が届いた辺りだ。
調査に調査を重ね、一般的には人の良い性格の御曹司だった。
「橋本家の長男との縁談…お前が手を引いてるらしいな。百花は知らないのか。」
「…だからどうした?」
百花に関する事だ。薄井も少し声が低くなる。
「そこの長男…一昨日…、マカオのテレンス・ラオの所の娘に手を付けて…種を蒔いて出来たらしいのが判明したぞ」
マカオの大手企業の社長の愛娘を孕ませた。そう言うと、薄井の顔色が悪くなった。
「…早く破談にしないと、裏からお前が手を引いてたのがバレるぞ。…忙しくなるな。」
「…何処からの…?」
「…李娜」
ショップに行った時に、李娜が告げてきたネタだった。
李娜こそ何処でそんなネタを拾うのやらだ。
「あと、リー・グループの会長。」
リー・グループはホテル業を中心とした企業で、昔、リー・グループのホテルに勤めないかと誘われた事があった。
結局、そこの娘に追っかけ回されたのが面倒で行かなかったが、親である会長とは波長が合い、未だに付き合いがある。
その会長のお膝元で起きた話だ。すぐに伝わってきた。
但し、日本のホテル業を生業とした、世界で言えばさほど大きくもない企業を経営している一族の話を知っているという事は、調べていたとも言えるが。
そこはそんなに自分に関わらないので放置している。
「…お前次第で…、会長エドムンド・リーが圧力を掛けて見合いが向こうから断りが入るように手配が出来ている。」
「…分かった。…半日在宅ワークね。」
「今後も仲良く出来そうで良かったよ。千晄君?」
薄井の下の名を呼ぶと、「…うるせえ」と小さい低い声で返された。
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