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ありがちでありがちではない
ありがちな事は、よくある事だからありがちなのだと思う。
しかし、そのありがちな事全てがありがちな訳でもないのだろう。
その日は、旅行初日になるはずだった。
先ず時系列で話すならば、勤めていた職場を退職した所からだろうか。
ありがちと言えばありがちなのかもしれないが、職場の男女が恋仲になった。
仲の良い二人ではあったが、男性の方が少し気の多いタイプだった。
本命はいても、少し良いなと思った女性には良い顔をする。
そして女性は、少し思い込みの激しいタイプだった。
ありもしない浮気を疑い、そしてあろう事か、何故かその架空の浮気相手を攻撃するタイプだった。
このあたりで予想はつくのではないかと思うが、私、斉川優花がその架空の浮気相手に選ばれた女だ。
事実無根なのに、何故退職に至ったのか。
それは、本命の彼女が社長の娘だからだ。
それに加え、社長令嬢の彼女は150cm程の小柄の22歳。見た目は愛くるしく、誰かが助けてあげなければいけないと思わせる容姿だった。
それに引き換え、私は平均的な156cmで普通の体型の26歳。目こそ二重で少し大きいが、鼻筋が通っているわけでもない。とにかく至って普通の、地味な女だ。
そんな訳で、どれほど訴えても私の訴えは通らない。愛らしい愛娘の言葉が社長には『正義』で、私は『悪』だった。
切り捨てられるように、退職を余儀なくされた。
とはいえ、真面目に三年と少し勤めた私。
せっかくの『長期休暇』だ。次の仕事も早く決めなければならないが、せっかくなので旅をしようと考えた。
旅行なので動きやすさを重視して、ブラックのスキニーデニム。でも女性らしさはほしい。でも目立つのは苦手。だからベージュが強めの、スモーキーピンクのペプラムトップス。
少し低めのベージュのヒールに、ベージュのショルダーバッグを持つ。そして1週間分の荷物を詰め込んだキャリーケースを握った。
不運な状況に体調はあまり優れなかったが、この旅行を機に運気を変えたい。そんな気持ちで出発した。
マンションを出て空港へ向かう為に、地下鉄に向かう横断歩道を渡ろうとしていた時だった。
ちょうど信号が変わりそうな時で、渡る人は誰もが急いでいた。
そんな状況の中、目の前を通っていたおばあちゃんに、体格の良い男性がぶつかった。そしてそのおばあちゃんは、後方の私に向かって倒れてきた。
反射的におばあちゃんを助けようと手にしていたキャリーケースを手放し、両手でおばあちゃんの背中を支えた。
おかげでおばあちゃんは助かった。
しかし、運の悪い事は続くものである。手放したキャリーケースが、私の後ろの足元に倒れ込んできた。今度は私が後方に倒れそうになる。
それを踏ん張ろうとしたが、それもキャリーケースが邪魔をして出来ず、更にはヒールの不安定さが相まって、右足をねじってしまった。そして身体を捻って、どうにか体勢を整えようとした事が裏目に出た。
またしてもキャリーケースに邪魔され、今度は右手首をねじった。
運が悪いのか、キャリーケースが悪いのか。
勿論、運が悪いんだけれど。
とにかく『踏んだり蹴ったり』『泣きっ面に蜂』だ。
そして最後に、無様にうつ伏せにアスファルトに倒れた私の目前に、白の大きな高級車が現れた。
極めつけに、跳ねられて死んでしまうのか。
そう思った時、車は急ブレーキで目の前で停車した。
「大丈夫ですか!?」
車から降りてきた男性二人を見ながら、『大丈夫ではない』と思いつつ、気が遠くなったのだった。
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