広報担当のにこやかな人

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広報担当のにこやかな人

「失礼します」 そう言って、谷重さんの横に並んで立った男性。 にこやかに人の良さそうな笑顔を見せる。 「ホテル・ザンビアンズ・アザリアの広報担当、薄井と申します。」 滑らかにお辞儀する所作は、正にビジネスマンだ。薄井さんからも名刺を頂く。 「この度はうちの従業員が大変ご迷惑をおかけ致しました。」 恭しくお辞儀する薄井さんの横で、谷重さんは『アレは俺のせいか?』と呟いている。 言いたい事も分かるので、身が縮こまる思いだ。 その谷重さんに、薄井さんはチロリと視線をやる。『余計な事は言うな』と言う視線のようだが、表情は相変わらず笑顔のままだ。 ちょっと胡散臭い人なのかもしれない。 今の私は『人間不信気味』なのだ。 「…おい、このお嬢さんは『無職』らしいぞ。都合が良かったな」 楽しそうに笑いながら、私の現状を躊躇いもなく話すのは止めて欲しい。 「…谷重さん…少し横で静かになさってて下さい。」 少し笑い気味に話す谷重さんを薄井さんは制止する。 しかし『都合が良い』とはなんだ。 「谷重から怪我については聞いていらっしゃいますか?右手首と右足首を捻挫していらっしゃいます。」 「あ、はい。聞き及んでおります。勝手に此方が転んだのに、大変ご迷惑をお掛け致しました。」 話の流れが分からないものの、謝罪は必要だ。話の流れのついでに謝罪する。 「いえいえ。ちなみに、治療に関わる事は当方にて負担致しますので、しっかり療養して頂けると幸いです。…その、お仕事も今はされていないとの事であれば、此方も安心して療養して頂けるというものです」 『無職』についてまでフォローされてしまった。 しかも何がか自然な言葉運びで、違和感もなく聞き入れてしまう。 薄井さんの柔らかな雰囲気のせいかもしれない。 「…あ、私は斉川優花と申します。仰る通り、現在は仕事に就いていませんので、お気遣いなく。自宅で療養致しますので、特に必要無いです。」 無職とはいえ多少の貯蓄はあるし、まぁ何とかなるだろう。 のんびりそう返すと、二人は自然を合わせため息をついた。 何故?二人のその様子が分からない。 「…斉川さん。右手、右足が使えない状況でおひとりは難しいと思います。あと、お願い事もございまして…」 「お願い事?」 「はい」 薄井さんはニコニコと私に笑顔で話す。 「実は当ホテルのスーシェフ・谷重ですが、勤務初日まであと1週間ほど『無職状態』でして…」 「俺は『無職』じゃねぇだろ」 谷重さんの返しに、薄井さんは『似たようなものでしょ?』と答える。 「丁度手が空いているのでございます。斉川さんのお手伝いをさせようかと思います」 「…は?」 「…あと当方の事情もございまして…」 薄井さんはこの言葉を言うと、少し困ったようなしょぼんとした仕草を見せる。 「…実は…谷重は先日当ホテルの名で雑誌の取材を受けておりまして、3日後にその雑誌が発売される予定になっております。」 その言葉に、私は『はぁ。おめでとうございます』と返す。どう返して良いか分からなかったが、間違いはないだろう。 「ホテルの名も出ている以上、出来れば『交通事故』などの情報が漏洩するのも防ぎたいと考えております。勿論、斉川さんがそのような事をするという話ではありませんので、誤解のないようにお願いします」 途中で『えっ?』という私の声に、薄井さんは即座に対応して話を続ける。 凄いな。反射神経が良いと言うか…。頭良いんだろうな。 ぼんやりそう思いながら、話を聞き続ける。 「まぁ、一石二鳥とでも申しましょうか。手の空いている谷重に生活の一部を手伝わせるので、斉川さんは安心して療養して下さい」 薄井さんは、有無を言わせない笑顔でそう言い切った。
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