パリから帰ってきた料理人

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パリから帰ってきた料理人

ホテル・ザンビアンズ・アザリアを後にし、気付けばラグジュアリー感満載のマンションの30階にある一室で座っています。 何でも入口にはコンシェルジュが在中しているマンションだそうで。 谷重将悟さんは、数日前までパリにいたそうだ。 コックさんとか、修行とか言って海外で働くって聞くね〜。と、他人事ながら聞いた。 しかし日本に帰ってきたばかりなのに、自宅は綺麗に片付いているんだなぁと思ったら、それは『インテリアコーディネーター』なる人が整えてくれたらしく。 まぁ、何とも。聞く話が自分の経験とはかけ離れている。 私は地元から引っ越してくる時は荷物は自分で梱包したし、荷解きも自分でした。実に大変な思いをしたのだ。 「優花。移動したい時は言ってくれ。」 そう言うと、谷重さんはソファに私を残し、今居るリビングダイニングと同じ空間内にあるキッチンに向かった。 私は腰掛けたソファから見える大きな窓の外を見ながら、大きなため息をついた。 ◇◇◇◇◇◇ ホテル・ザンビアンズ・アザリアの医務室にて。 薄井さんの言う『谷重さんの自宅での1週間の療養』を辞退すべく、必死に自分が未婚である事を話したが、当然ながら言葉巧みに話を進められ、加害者である此方が世話をするのは当然と言われる。 しかも予想以上に捻挫というのは痛い。 とりあえず今日は片足でしか立ち上がれなかった。 しかもよろけても右側が手も足も使えないのだ。 そして良かったのか、悪かったのか。 私は旅行に行こうとしていた。1週間分の荷物をキャリーケースに詰めて持っていたのだ。 そんな訳で、最後は強引に、谷重さんに抱き上げられてマンションまで運ばれた。しかも『お姫様抱っこ』ではなく『俵抱き』で。 言葉を良く言えば、子供が抱っこされて運ばれる格好だ。 言葉を悪くするなら、人攫いの時の運び方ではないだろうか。 そして谷重さんは良く言えば人懐っこい人だった。面倒見の良い人とも言えるのか。 言葉はそんなに丁寧ではないが、ちゃんと目を合わせて話をする。ちょっとお兄ちゃんタイプだ。しかも面倒見の良い。 あっという間に私の事を名前で呼び、何かの度に頭を撫でる。 私の面倒を看る事が当たり前のようにされ、更には言い分を聞いて貰えないので、最後は諦めた。 本来であれば未婚の男女が、同じ部屋で1週間も過ごすなんておかしい。未だにそれは思う。 だけど谷重さんは誰が見ても魅力溢れる『イケメン』だった。 しかもパリで行われたスイーツのコンテストで一位になり、凱旋ではないが引き抜きのような形でホテル・ザンビアンズ・アザリアに勤めるようになったらしい。 スイーツとかケーキはパティシエさんだけが作るのかと思いきや、フレンチのコックさんでも作るのか。と、妙な納得をしてしまう。 とりあえず、そんな輝かしい経歴まである男性と、片や言いがかりとはいえ無職になってしまった平凡な私。 きっと間違いなど無いだろう。 そう考え、無理やり納得したのだった。 ◇◇◇◇◇◇◇ 連れてこられた谷重さんの自宅であるマンションは、一人暮らしには立派な広さだった。 高層階の部屋は見晴らしがよく、足が良くなったらバルコニーに出てみたい。 リビングダイニングキッチンが一室にまとまってあり、トータルで25畳はあるらしい。 キッチンの設備が充実しているのがコックさんらしい気がした。何でも小型とはいえ業務用のオーブンがあるらしい。 そしてバストイレ、お客様用の部屋が2つ。1つは納戸代わりに使っているらしい。 そしてあとはマスタールーム。主寝室ってやつだ。 「ほら。オーブンの使用感を確認する為に焼いたヤツだが食べとけ」 谷重さんが手にして私の所まで運んできたのは、見たからにフワフワのシフォンケーキ。 生クリームも添えられている。 「うわぁ〜、美味しそう…。」 「…そりゃ、どうも。お前、コーヒーは飲む?好みは?」 ドリンクのサービスまであるのか。 サービス満点だ。 「カフェオレが好きです」 「了解」 ニヤリと笑って、谷重さんは再びキッチンに戻っていく。 あの『ニヤリ』は、予想通りという事だろうか。 谷重さんの様子を見ていると、コーヒーを入れる為にマシンを触り始めている。 よくよく見ると、コーヒーと共にフォームドミルクがカップに注がれている。コーヒーマシンもどうやら業務用らしい。 予想したカフェオレとは違い、お店で出てくるカプチーノだ。 「…本格的ですね。もうお店にいけない」 笑ってカプチーノを受け取る私に、谷重さんは満足そうだ。 「コーヒーくらいマトモなもん飲みたいしな。ちなみにビールは発泡酒だ。」 そう言いながら、谷重さんは自分のコーヒーを手に私の隣に座った。 「とりあえず、乾杯代わりだ。怪我人に酒も勧めれないしな。1週間、宜しく。」 私の持つカップに、谷重さんは自分の持ったカップを当てた。 カチンッと小さな音が聞こえ、初日は二人でコーヒーを共に飲んだのだった。
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