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谷重家の重鎮
プレオープンを迎えるその日。
ディナーよりも前の時間に、オーベルジュ・ミュゲを訪れた面々がいた。
「…やっとこの日を迎えたねぇ。将悟君も帰って来てくれたし、家族が日本に揃ったよ。ねぇ、ママ?」
「そうですね、パパ。将悟も家業に携わってくれたし、これで安心ね」
『パパ』と『ママ』と呼び合う夫婦の横に、もう三人ほどいた。
「職場で『パパ』『ママ』言うのはどうかと思いますよ?会長?」
そう言うのは、ジャケットにシフォンスカート姿の女性。
「職場だけど、今は将悟君の門出の為に来てるんだから良いじゃないか。百花は仕事熱心だよね。君も将悟君の妹なんだから、秘書も今はお休みしたら良いのに…」
百花と呼ばれた女性はため息をついて、『会長』の言葉を流した。言っても無駄だったと判断したようだ。
オーベルジュ・ミュゲに到着すると、ギャルソンがテーブルを案内する為にやって来る。そして御一行様を案内する。
すると目の前に、息子である将悟が歩いてきた。
会長は嬉しそうに手を挙げた。
勿論、自分達を迎えに来てくれたと疑いもせずに。
しかし息子は軽く手を上げると。
「いらっしゃい。テーブルに案内してもらって。」
そう言って通り過ぎた。
愛しの息子はそのまま入口に向かっていく。
「…あれ?将悟君…どっか行っちゃったけど?」
「他にも誰か迎えないといけないゲストがいるんだろ?」
しょんぼりする会長に、あまり優しくない言葉をかける男性。
「恭弥君も何かつれないよね。社長が冷たいと社員が嘆くよ?」
「…社長くらい厳しくないと、会長が甘いですからね。」
息子であり社長の恭弥につれなくされ、会長は更にしょんぼりする。
「会長、とりあえず将悟は後から来るでしょうから、お席へ。」
しょんぼりした会長に声を掛けたのは、薄井だった。
そんな面々がテーブルに案内され、無事に席に着こうとしていたその時、彼らの横を将悟は通り過ぎた。
白いワンピース姿の女性をエスコートして。
その女性に対し、蕩けるような微笑みを浮かべている。視線はその女性に固定され、コチラを全く見ようとすらしなかった。
「…何か…ちょっと。薄井君?」
会長が辿々しく薄井に声をかけ、薄井は返事をする。
「…何か…将悟君が『エスコート』してる…。僕達…見知らぬ女性だよね?」
父であり会長は、当然、VIP扱いの人物であれば見知っている。
しかし将悟が連れ立っていた女性は、多分初見だと思った。
「…あ〜…。はい。…彼女は…。将悟が囲い込んでる女性ですね」
「はぁ!?」
薄井のコメントに、会長は驚く。
「ちょっと…色々…。一般的ではない事を述べますので、大きい声を控えて貰う覚悟をお願いします。」
薄井の言葉に、会長は黙る。
その態度を了承と受け取り、薄井は話を続け出した。
「半月ほど前…。ちょうど帰国三日目でしたか。車ではねかけた女性でして、その日のうちに家に連れ込んで囲い込みました。」
その言葉に、会長はポカーンと口を開け、隣りの奥方は「まっ」と口に手を当てた。
社長である兄と会長秘書である妹は事情を知っていたのか、「あぁ、あの話か…」と呟いている。
「そして四日目に『嫁にする』と言っていました。今は…多分、結婚の了承を得た所だと思います。あの女性の就業先について相談を受けましたので。」
「…結婚!?」
結構大きな声が飛び出した会長に、薄井は「会長、お声が少々大きいようです」と冷静に返す。
薄井が説明をしている間も、二人は仲睦まじい。笑顔で会話をし、家族である自分達を放置して将悟は甲斐甲斐しく彼女の世話をしている。
「…えっと…将悟君…、帰国して…何日目だっけ?」
「17日目でしょうか?」
「…で?」
「三日目に一目惚れした女性を攫って、囲いこんで、多分現在は婚約状態です。」
薄井は再度、今度は言葉を短く的確に伝える。
しかし会長は頭を抱えながらも「…将悟君だもんね」と納得し始める。
とにかく会長にとって将悟は『破天荒』なのだ。
中学卒業と共に海外に逃走しようとするし。
気に入ったと言って買おうとした時計は700万もするし。
料理人になると言った意思は曲げず、高校、大学とスキップして卒業するし。
他にも実家はホテル業なのに、ライバルのホテルに雇われそうになるし。
ライバル企業の愛娘に気に入られ、でも相手にしなかった事で企業間で揉めそうになるし。
そして今度は突然、一目惚れした彼女を囲いこんで嫁にしようとしている。
そんな彼らの元に、一つのケーキが運ばれてきた。
「本日のデセール、『クー・ド・フードル』です」
ツヤツヤのチョコレートケーキが面々の前に置かれていく。
「…重症だな。『一目惚れ』だとさ。」
兄である社長はそう呟き、面々は二人を見ながらため息をついた。
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