実家への連絡

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実家への連絡

プレオープンの日の夜。 約束通り優花にディナーを振る舞い、その後、急かすように実家に連絡を取ってもらう事にした。 携帯から漏れ出て聞こえるコール音の後に『はい、斉川です』 と応答の声が聞こえる。 女性の声だ。 「あ、お母さん。優花」 家族に対しての声色はとても柔らかい。側には俺しかいないのに、あたかも側に『母』が居るような表情。 初めて見る表情に、隣に座って見ていた俺は肘を着いてじっくり見る。 視界の中の優花は26歳の女性なのに、少し幼く感じたのは声色のせいか。 「…あのね、…突然だけど、結婚を考えとぉ人がおると。」 そう言うと、受話器の向こうが少し賑やかになった。 しかし俺は優花が口にした『方言』に気を取られた。 これは…『博多弁』? 聞き慣れない言葉やイントネーションが随分と可愛く聞こえる。 「…うん、それでね、…そう。あの…、近々紹介を兼ねて家に…。うん。一緒に帰ろうかと思っとるんよ」 俺の視線を感じたのか、話しながら優花は俺を見る。 つい聞き惚れてたが、本来の目的を思い出す。 優花にジェスチャーで電話を代わりたい事を説明する。 『で・ん・わ・か・わ・れ・る?』 声に出さずにジェスチャーでするが、会話が途切れない様子だ。少しオロオロし出す。 『うん、電話代わるけん…。』 そしてやっと話が途切れた様子で、耳から離した携帯を俺に渡してくる。 その携帯を受け取り、俺は話し出した。 ◇◇◇◇◇◇◇ 生憎優花の父は外出中だったらしく、優花の母と話した。 急な話にはなるが、真剣に結婚を前提に付き合い出し、出来れば近々挨拶に伺いたい。そして婚約期間もそう長くは考えておらず、早々に婚姻関係を結びたいと考えている旨を伝えた。 随分と驚かれてはいたが、優花の母からは特に拒否感を感じることも無く、概ね好感触で話が終わったように思う。 電話を切ると、少し心配そうな顔をした優花がこちらを見ている。 「…ん?どうした?」 「…いえ、母…随分と浮かれてたので、失礼な事を言ってないかと…」 確かにかなり浮かれた、嬉しそうな口調で話された。有難い話だ。 「優花が心配するような事は何も無いよ。寧ろ急いで事を進めようとしているのは俺だから、少しは咎められるかと思ったけど、全然だった。」 ホッとした顔の優花の頬を触りながら、俺はジッと優花を見る。 「言葉…戻ってる。…もう少し聞かせてよ、『博多弁』」 俺の言葉に、顔を赤くして優花は横を向いてしまう。 「可愛かったのに…。もう少し聞きたい。話してみて」 「…やだ…。方言…恥ずかしい…」 優花の顔を俺の方に向けようと手をやるが、両手で掴まれて阻止された。 「良いじゃん、方言。優花の出身地って博多?後で詳しく教えて。色々聞きたい。お前の事は何でも知りたい。…ダメ?喋ってみて?」 俯いてしまった優花の表情は見えなくなってしまった。 でも目の前の頭頂部がうっすら赤い。顔が赤い時は頭も赤くなるのかと、知らなかった事実を目の当たりにする。 「…からかわんとって…。」 俺の手から自分の手を離し、両手で顔を覆うと優花はそう言う。 「Ma petite chérie《可愛い》…」 優花の両手を取って、それでも俯いている顔を無理やり覗き込む。 「…将悟さん…。フランス語…分かんない…。」 「…つい出るんだよな。17年使ってるとなぁ。ちょくちょく日本ともやり取りしてたから日本語もすんなりとは話せるけどな。」 俯き気味の優花の顔に近付き、眉間にキスする。 「《可愛い》って言っただけ。…普段から話してくれても良いのに。」 「だいぶ抜けてきたけど、やっぱり家族と話したりすると出ちゃう。」 「そっか。優花の家族と直接会って話すのも楽しみだな」 優花の家族だからと言うのもあるが、知らない土地の人間と話す楽しみもある。 「居住地は都市部?」 「山手の方ですよ。都市部もそこまで離れてはないけど」 話を進めてくると、言葉が標準語に戻ってきた。 本気で残念に思い、何度か促すが、もう話してくれないらしい。からかってる訳ではなかったんだが。 しかし優花には揶揄いに感じたようだ。とうとう背中を向けられてしまった。 「…愛する恋人の事を知りたいってだけだろうが。怒ってる?…許して?お前には永遠の愛を誓うから。」 結婚を意識して、そんな言葉を優花に言う。 するとクルッと優花は振り返った。そして言った。 「我不相信永远的爱,因为我只会一天比一天更爱你。 《永遠の愛なんて信じない。なぜなら日を増すごとにあなたをもっと愛することしかできないから》」 予想外の事にビックリする。 「…何語?中国語?」 「中国語です。…私の分かんないフランス語ばっかり言ってイジめる将悟さんに仕返しです。」 中国語なら、注意深く聞けば単語の意味くらい読み取れたかもしれなかったが、突然の出来事過ぎて分からなかった。 しかもかなり早口で流暢に聞こえた。 「…大学で学んだ言葉?」 「…いえ、仕事で必要で…」 しかも専攻して学んだ訳でもないようだ。俺のようにそこに住んで必要に駆られてという訳でもない。なのに話せるのか。 感心してしまったが、それにしてもなんと言ったのか。 ものすごく気になりだした。 『してやったり』な顔をしている優花の頬を撫で、彼女の弱点の耳に触れる。 「…やっ…」 「…教えて?…なんて言ったのか…」 力は殆ど加えず、擽るように耳を辿る。 弱点に触れられた優花は身を捩り、少し逃げ腰だ。 「…教えて?…ほら、意地悪しないで…」 反対の耳に顔を寄せ、耳元で話す。 「…や…んッ…。意地悪するの、将悟さんの方じゃないですかぁ…」 「…俺の言ってる事なんて予想つくだろ?…優花は俺に…何て言ったのか…知りたい…。」 そう言って舌で耳を舐める。 優花は声が口から漏れないように意識しているのか、キュッと唇に力を入れて開こうとしない。 その分、籠った声が鼻から抜けて出てくる。 「…お前の事は何でも知りたいって…さっき…言っただろ?」 まだ知らない事だらけだ。家族に対しての態度も、今日、少しだけ見ただけだ。色んな優花を、まだまだ知りたい。 「…ほら、意地悪すんなよ。…悪口でも怒らないから。」 そう言うと、優花は俺を見つめた。そして言った。 「我爱你(愛してる)」 そして続けた。 「我不相信永远的爱,因为我只会一天比一天更爱你。 《永遠の愛なんて信じない。なぜなら日を増すごとにあなたをもっと愛することしかできないから》」 そっと優花の唇が俺の唇に触れた。 「…愛してる…。でも永遠の愛なんて信じない。だって…日を増すごとに…あなたをもっと愛することしかできないのだから」 優花からの言葉を耳にし、強く引き寄せ抱きしめた。 「Je t'aime aussi《私も愛してる》」 キスする寸前に、無意識にフランス語が出る。 「…また…」 キスの合間に、優花の責める口調が聴こえた。 「…俺も…お前を愛してる。だから…煽った分だけ愛されてくれ。…明日の朝食は一人で食べさせることになるかもしれないが…。」 出勤前に優花が目が覚める事は無いかもしれないと予告し、キスを深めた。
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