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1 図書室の深山くん
高校二年の二学期、なんとなく図書委員になった。
言うほどの真面目キャラじゃないから、立候補した時はどんな雰囲気になるかと思ったが、『まあ、スエちゃんなら…』と、大した反応もなくすっと受け入れられてしまった。
末藤喜壱で、スエちゃん。俺の昔からのあだ名だ。
「スエっち!」
と、時々そんな風にも呼ばれる。
「何」
「購買行く?」
4時間目の体育が終わり、クラスメイトの宇留田が汗を拭きながらやってきた。自慢のセンター分けも、今はぐっしゃぐしゃにかき分けられている。後ろには涼しい顔をした藤城。流石、バスケ部のエースだ。
もう10月になる。風は涼しいが、直射日光がよく当たるグラウンドはまだまだ暑い。でもサッカーだから許す。明日も体育がほしいくらいだ。
「行く。今日何?」
「クリームパン」
毎週火曜日は地元のパン屋がパンを売りに来る。実は、藤城のいとこがパン屋の店主だ。よって、毎週替わる『お楽しみパン』の中身は毎回藤城によってバラされている。
「えー。クリームパンかー。乗らね―」
宇留田は、上靴に履き替えながら気だるそうにそう言う。…きっとこいつは焼きそばパンに一直線だろう。人気だから成功率は高くない。買えなかった場合は渋々、食堂できつねうどんを啜る。何故か必ず、きつねうどん。
「俺クリームパンとたまごサンドにしようかな…」
毎回同じなのは俺もか。
「スエちゃんチョイス黄色すぎな。」
「それな。」
階段を登る間に、また息が上がる。教室は四階なのに、更衣室は三階。少し遠いことに毎度文句を言いながら、汗臭い男子更衣室でロッカーの自分の服を手に取った。
隣でシューと勢いよく消臭剤を体に吹きかける宇留田。そこかしこから清涼感のある匂いがして、結局ぐちゃぐちゃ混ざると気持ち悪くなってくる。
「おい。スエちゃんグロッキーになってるぞ」
藤城は笑い話にするが、今日はまた一段と臭い。俺は幸いあんまり汗が臭くない……と思う…ので、無香料のシートで拭くだけで済む。さっさと着替えてその場を後にすることにした。
「宇留田、藤城。図書室寄ってから教室行くわ。あったら買っといて」
「ういー」
はあ、暑いし、蒸れてるし、色んな匂いするし…。
そんな最近の体育後の休憩スポット。同じ階の図書室だ。
すぐそこの階段を上がれば教室だから、アクセスいいし、エアコン付いてるし、司書さんはわりと鍵をかけずに居なくなる。昼食前のこのタイミングなら誰も居ない。
戸を引いてみる。ビンゴ。今日も司書さん、鍵かけないままお昼行ったな。
「すっずし〜」
昼休みのためなのか、クーラーはつけっぱなしだ。最高ー。
奥にある古い方が風が強いことは、多分俺しか知らない。誰も居ないことを良いことに、風に吹かれて歌う定番の夏ソングを熱唱する。
「ヨゥ〜セイ〜夏が〜」
そんな、どこからどう見ても恥ずかしい行為中の俺を見る、目。
「生足魅惑のマ……………」
絶対に誰もいないと思ってた。
いると思うかよ、そこの本棚の後ろに、中腰でこっちを覗き込む男がよ!
「……見てた?」
「ああ…」
見てたかァーーー……
ぬっと出てきた男。図書室では見ない顔だ。…というか校内でも見たことがない。だって髪の内側ピンクだもん。ウルフヘア。ピアス。ほっそい眉毛。
いやもう、ザ、不良生徒…じゃん。
「、デカ…」
その男は、立ち上がると185は余裕でありそうな高身長だった。おまけに肩幅が広くて厚みがある。見えた腕の太さを見るに、俺五人くらいなら一発でぶっ飛ばせそうな筋肉があるのは間違いないだろう。
やべえ、見てた?とか普通に話しかけちった。
終わったーーーーー。
やっちまったと視線をずらす。近づいてくる足音に心臓がバクバクと鳴った。
うわあ怖い!痛い思いしたくないよぉ!
ぎゅっと目をつむるが、どこも痛くない。恐る恐る目を開ける。
「わりィ。もう昼休みか?」
見た目通りの、どすの効いた低い声がした。
な、殴られなかった…。良かった…。
「いや、まだ…今4時間目終わったとこ」
「ふーん。じゃ帰るわ。明日も鍵開けとけよ」
言うが早いか、荷物一つ持たずに、その男は帰っていった。
「え、いや、俺じゃ無い……んだけど…」
困ったな―…明日空いてなかったらボコされるかな…。
とりあえず司書さんが鍵を開けっ放しなことに気づかないようにと、俺もそっと図書室を後にした。
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