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購買戦争に負けた宇留田が、きつねうどんを啜っている。4時間目が体育だと、大体戦争に負けるんだよな。
「スエちゃんもいる?」
藤城はメロンパンを一口分わけてくれた。またもや黄色いパン。栄養もへったくれもない。
「スエちゃん遅くなかった?来んの」
俺の分を藤城が買ってくれたので困りはしなかったが、俺がつく頃にはほぼすべて完売で、人もはけたあとだった。
「うん、図書室でちょっと話してた」
「へー。先生と?」
「う……ん」
少しだけ誤魔化す。こういうところで漏れた話が、あいつの耳に入ってボコしにこられたら困るからだ。…が、名前も知らないあの男は誰なのか。単純に知りたくなった。
「ねえ、なんか不良みたいな人いなかった?」
「どこに?」
「そのへん」
「んー見てねーけどな。うちそういうの少ないじゃん」
そう言う宇留田はちょっとやんちゃな部類だけど。それでも確かに、あんなにあからさまな不良は見ない。何年生なんだろう。……3年だったらどうしよ。タメ口だったよな、俺…。
「宇留田ぁ、今日部活?」
「あるよそりゃ」
「俺と帰ってぇ…心細い」
帰り道で出くわしたら、一人では太刀打ちできない。せめて、バレー部の次期部長候補である目つきの悪い宇留田が居てくれれば。
「なんでだよ。お前ヤンキーに目つけられてるの?」
「いやあ、そんな感じじゃないけど―…」
話が深くなって、本人の耳に入ることを恐れた俺は、そのまま別の話題に切り替えた。昨日見たバラエティ番組の話から、今日のお笑いグランプリの話になる。
「何時から?」
「7時じゃね」
「えー。今日水曜?」
「うん」
ん?水曜?
「まじか、今日『無吉の壁』潰れて見れないじゃん、俺超楽しみにしてたのに…」
藤城が、そう落胆する。そしてその間に俺も…水曜は、図書委員の仕事が放課後にあるということを思い出して、手が冷えてきた。
流石に放課後に図書室来る人じゃないよね。うん、そうだ。もう帰ってる。ああいうタイプは昼休みから居ないはず。
そんな俺の期待は打ち砕かれた。
放課後の図書室にも、あのウルフヘア。
「わー…入りづら…」
入口の小窓から、本棚の奥にいるであろう男を覗き込む男。…廊下に誰もいなくてよかった。
仕事は仕事だから、バックレて帰るわけにもいかない。それにさっきとは違って、司書さんがちゃんと居るようだ。二人っきりじゃない。
それなら、まあ、手は出してこない…よな。
意を決して、扉を開けた。
「あ、決た来た。スエちゃん、待ってたよぉー」
司書さんは、誰にでも優しい、どこにでもいそうな普通のおじさんだ。
「これ、ブッカーかけて」
「げー、マジすか」
今日入荷したのか、そこには6冊ほどの本が積まれていた。他にも数冊、司書さんがブッカーかけを済ませたものがある。
『冬虫夏草図鑑』に、『世界のマンホール写真集』…司書さんの好みだな、相変わらず変なもんばっかりだ。
もちろん、最近話題の推理小説や、映画化された恋愛小説もある。今週のうちに入口に並ばせたいようだ。
俺はブックカバーをかける作業があまり好きではない。司書さんが言うに、俺は下手じゃないようだが、どうも緊張する。…スマホの保護シールを貼るときみたいな緊張だ。
「僕もやるからさあ。ね。」
「はーい……」
ちらりとあの男を見る。どうも机に突っ伏して寝ているようだ。あまり音を立てないように扉を開けて、図書室とつながる司書室に入った。
「司書さん。あれ…」
「あ、深山くん?」
司書さんの口から出た名前に、なんだか聞き覚えがある…ような。
「みやま…?」
「うん、二年生じゃないっけか。時々見るんだけど、なんかどうも不登校らしくて」
司書さんは、声を落としてこっそりと言う。
「僕なかなか声かけられなくてさあ…」
…司書さんそういうとこあるよな…。
「担任に言ったらどうっすか?」
「いやあ、何組かわかんないし」
「じゃあ、主任の高橋先生に…」
「高橋先生…ちょっと怖くない?」
それで放っとくのもどうかと思うけど、と思いつつ、…確かに怖いんだよな、顔が。
次第に、ブッカーかけに集中して口数が減っていく。ハサミを入れて、しわが寄らないように貼って…。
「う、……いや……セーフか…」
そんな独り言を言いながら、なんとか全てにブックカバーがついた。
「いやあ助かった。明日には並ぶよ」
「良かったっす。誰か読みますかねえこれ。冬虫夏草図鑑…」
一際目を引く印象的な写真が美しい。…が、なんというかこう…。借りはしないだろうな。
「よくない?ほら写真見て。おっきいの。よくない?」
うん、はいはい、イイっす。うんうん。
作業が終わって司書室から出ると、深山の姿は見当たらなかった。
話さなくてよかったという気持ちと、一言交わすことで今後の不安を解消したい気持ちの半分だ。
明日は来るだろうか。怖いもの見たさもあるだろうが、何故か俺は明日も寄るつもりになっていた。
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