1 図書室の深山くん

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購買戦争に負けた宇留田が、きつねうどんを啜っている。4時間目が体育だと、大体戦争に負けるんだよな。 「スエちゃんもいる?」 藤城はメロンパンを一口分わけてくれた。またもや黄色いパン。栄養もへったくれもない。 「スエちゃん遅くなかった?来んの」 俺の分を藤城が買ってくれたので困りはしなかったが、俺がつく頃にはほぼすべて完売で、人もはけたあとだった。 「うん、図書室でちょっと話してた」 「へー。先生と?」 「う……ん」 少しだけ誤魔化す。こういうところで漏れた話が、あいつの耳に入ってボコしにこられたら困るからだ。…が、名前も知らないあの男は誰なのか。単純に知りたくなった。 「ねえ、なんか不良みたいな人いなかった?」 「どこに?」 「そのへん」 「んー見てねーけどな。うちそういうの少ないじゃん」 そう言う宇留田はちょっとやんちゃな部類だけど。それでも確かに、あんなにあからさまな不良は見ない。何年生なんだろう。……3年だったらどうしよ。タメ口だったよな、俺…。 「宇留田ぁ、今日部活?」 「あるよそりゃ」 「俺と帰ってぇ…心細い」 帰り道で出くわしたら、一人では太刀打ちできない。せめて、バレー部の次期部長候補である目つきの悪い宇留田が居てくれれば。 「なんでだよ。お前ヤンキーに目つけられてるの?」 「いやあ、そんな感じじゃないけど―…」 話が深くなって、本人の耳に入ることを恐れた俺は、そのまま別の話題に切り替えた。昨日見たバラエティ番組の話から、今日のお笑いグランプリの話になる。 「何時から?」 「7時じゃね」 「えー。今日水曜?」 「うん」 ん?水曜? 「まじか、今日『無吉の壁』潰れて見れないじゃん、俺超楽しみにしてたのに…」 藤城が、そう落胆する。そしてその間に俺も…水曜は、図書委員の仕事が放課後にあるということを思い出して、手が冷えてきた。 流石に放課後に図書室来る人じゃないよね。うん、そうだ。もう帰ってる。ああいうタイプは昼休みから居ないはず。 そんな俺の期待は打ち砕かれた。 放課後の図書室にも、あのウルフヘア。 「わー…入りづら…」 入口の小窓から、本棚の奥にいるであろう男を覗き込む男。…廊下に誰もいなくてよかった。 仕事は仕事だから、バックレて帰るわけにもいかない。それにさっきとは違って、司書さんがちゃんと居るようだ。二人っきりじゃない。 それなら、まあ、手は出してこない…よな。 意を決して、扉を開けた。 「あ、決た来た。スエちゃん、待ってたよぉー」  司書さんは、誰にでも優しい、どこにでもいそうな普通のおじさんだ。 「これ、ブッカーかけて」 「げー、マジすか」 今日入荷したのか、そこには6冊ほどの本が積まれていた。他にも数冊、司書さんがブッカーかけを済ませたものがある。 『冬虫夏草図鑑』に、『世界のマンホール写真集』…司書さんの好みだな、相変わらず変なもんばっかりだ。 もちろん、最近話題の推理小説や、映画化された恋愛小説もある。今週のうちに入口に並ばせたいようだ。 俺はブックカバーをかける作業があまり好きではない。司書さんが言うに、俺は下手じゃないようだが、どうも緊張する。…スマホの保護シールを貼るときみたいな緊張だ。 「僕もやるからさあ。ね。」 「はーい……」 ちらりとあの男を見る。どうも机に突っ伏して寝ているようだ。あまり音を立てないように扉を開けて、図書室とつながる司書室に入った。 「司書さん。あれ…」 「あ、深山くん?」 司書さんの口から出た名前に、なんだか聞き覚えがある…ような。 「みやま…?」 「うん、二年生じゃないっけか。時々見るんだけど、なんかどうも不登校らしくて」 司書さんは、声を落としてこっそりと言う。 「僕なかなか声かけられなくてさあ…」 …司書さんそういうとこあるよな…。 「担任に言ったらどうっすか?」 「いやあ、何組かわかんないし」 「じゃあ、主任の高橋先生に…」 「高橋先生…ちょっと怖くない?」 それで放っとくのもどうかと思うけど、と思いつつ、…確かに怖いんだよな、顔が。 次第に、ブッカーかけに集中して口数が減っていく。ハサミを入れて、しわが寄らないように貼って…。 「う、……いや……セーフか…」 そんな独り言を言いながら、なんとか全てにブックカバーがついた。 「いやあ助かった。明日には並ぶよ」 「良かったっす。誰か読みますかねえこれ。冬虫夏草図鑑…」 一際目を引く印象的な写真が美しい。…が、なんというかこう…。借りはしないだろうな。 「よくない?ほら写真見て。おっきいの。よくない?」 うん、はいはい、イイっす。うんうん。 作業が終わって司書室から出ると、深山の姿は見当たらなかった。 話さなくてよかったという気持ちと、一言交わすことで今後の不安を解消したい気持ちの半分だ。 明日は来るだろうか。怖いもの見たさもあるだろうが、何故か俺は明日も寄るつもりになっていた。
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