1 図書室の深山くん

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「なあ藤城、深山って知ってる?」 「あ?誰それ」 予想通りの返事がして安堵した。体育のあった昨日と違って空は雨模様。今日は体育がなくて良かった。 短い休み時間、しっとりとした廊下にわらわらと人が集まっている。俺達もそんな廊下組の一人。 「よっ、スエちゃん」 そこに割って入ってきたのは、俺と同じ中学から来た峯田(みねた)。 「あ。なあ峯田も。深山わかる?」 「ん?うん。一個前だもん出席番号」 「まじ?2組なんだ…。深山って…」 「ほぼ来てないよ―」 「なるほど…」 サボりに来てたのか。全くそんなやつがいると入りにくくて仕方ないよ。ただ、同じ学年だと言うことがちょっとだけ安心材料になった。 「てかさお前ら見た?昨日のお笑い王決定戦」 「見た見た!クッソ面白かった」 「でもさあ六千頭身のネタちょい不発だったよな」 男子高校生の話題なんてコロコロ変わる。お笑い芸人の真似をしだした藤城に、近くにいた男たちがわらわらと集まって手を叩いて爆笑しているうちに、休み時間の終了を告げる鐘の音が鳴った。 午前のうちに雨は降り切った。校舎は夕方まで湿り気いっぱいのままだった。 「だる、日直」 今日は部活の練習も委員会もないから早く帰れると思ったのに。 ペアになっていたはずのクラスメイトが休んだので、一人で黒板掃除も日誌もやらないといけない。 まあ、そうなってしまえばやり込んでしまうのが俺の性格だ。デカい黒板消しを右から左へ、大きく動かしてピカピカにしてやった。 ついでに机を揃えて、簡単に掃き掃除もしてやった。うん、なんて真面目なんだ。図書委員もやってるし。 日誌にこれでもかと日直としての働きを書き綴り、最後の行になった頃には、もうこのフロアに俺しか残ってなかった。 「(藤城も宇留田も部活ねーなら帰り誘ってくれりゃいいのにな)」 ちょっとだけ寂しさを覚え、一人で職員室へ向かう事にした。階段を降りるリズミカルな足音一つだけが響く。そんな心細さからか、つい、見えてきた図書室の入り口に足が向かって、中を覗き込んだ。 「あ」 居る、…深山っぽい。 他にも自習に来た生徒がいるようだ。それにしても堂々と寝てんな…。放課後なら帰れよ…。そう思いつつも、手は扉を開けていた。 エントランスには、昨日俺がブッカー掛けを頑張った本が並んでいる。 「スエちゃん、今日も来たの?」 司書さんはニコニコと話しかけてきた。もう手伝わないッス、というと、残念そうに笑いながら奥に入っていく。 図書室にはイヤホンをつけて勉強に励む生徒が三人、机に突っ伏す男が一人。 秋だから、三年も来るんだし、ほんと居座んなっての。 怖くて声をかける勇気は出ないが、図書委員として仕事してる感じでうろちょろすれば追い出せると考えて、深山の机まで変にうろうろとしてみた。 近づくと、聞こえてくる静かな息の音。 「(こいつ寝てやがる)」 ささやかに上下するその白シャツに、思わずため息が出た。それが急にもぞ、と動いて、俺は驚いて思わず後ずさる。 「………あ?」 夕暮れの黄色味がかった窓際で、眩しそうに目を細める。その目線は俺を捕捉した。 「(やべ、起こした、殺される)」 一瞬そう頭によぎり、焦った俺は何もできなかった。 とりあえず謝る?丁寧に帰ってもらおうか?いや、激昂するかも、やっぱめっちゃ謝ったほうがいい? 「…………今何時間目?」 しかし、そのしかめっ面からは想像できない素っ頓狂な問いに、 「え?……いや…放課後だけど…」 と、普通に返してしまった。 深山は少しずつ目を見開いていく。 「(うわー!めっちゃ嫌な言い方しちまったかも)」 手に汗が滲んできた。その目が怒って睨みつけられているように、俺には見えたからだ。 でも、見てたのは俺じゃなかったらしい。 「……5時」 深山は何度も瞬きながら何かを探すようにポケットを叩いた。胸、腿、ケツと来てついに見つかったスマホを見て、慌てて立ち上がる。 「わりい」 しかも、俺に謝りまでした。 「お………?おう…」 そして返事をした頃には、すでに図書室の扉が勢いあまってはねて、少し空いた扉から風が吹き抜けていた。 何時間目、って、いつから寝てたんだよあいつ。 それにしても、怒られなくてよかった。殺されるかと思ったもん。 はあ、とまたため息をつきながら乱暴に引かれた椅子を戻そうとすると、その座面に白い小さなケースが落ちていた。一目でわかる、これは…。この曲線のフォルム。蓋をあけるとやっぱりだ。ワイヤレスイヤホンが丁寧に2本刺さっている。 ……はあ。まじか。これは落とし物ボックスに入れたら盗まれるやつだ……。 司書さんは深山に話しかけられなさそうだし、峯田は学校に来ていないと言うから深山には会わないだろうし、先生に言ったら深山に「チクった」と因縁をつけられそうだし…。 二度目のため息を付きながら、俺はそれを制服のポケットに仕舞った。
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