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翌日はまた雨だった。こういう日の午前中の体育の授業は最悪だ。蒸した体育館で汗だくになる。
「あっつ……」
ポタポタと顎から汗が滴った。先生がそんな俺達をこき使って、モップかけろと威勢良く言う。一番動いていない先生がやってんだから、俺達もやるしかない。
体育の合同クラスで峯田に会った。深山を見かけたか聞くと、やはり会っていないという。
「お前最近深山と仲いいの?」
あまりに聞くもんだからついにそんなことを聞かれた。
「いーや。あいつ図書室でサボってんだよね」
「あー。なる。てか来てんだ。まあどうでもいいけど」
俺だってどうでもいいのに、流石に新品で何万もするイヤホン落とされたら、なんかちょっと無視出来ないよな。
体育が終わって更衣室に行くと、やっぱり制汗剤の匂いでクラクラして、俺は早々に部屋を出た。
前もそれで図書室に涼みに来たんだ。今日も、深山に会えるかと思って中に入った。
涼しい。
…だけだ。深山は、居ない。
「(まだ学校来てないんかな…)」
2時間目に不良生徒が来るわけ無いか。昼休みにまた図書室に寄ろうと、その涼しさを名残惜しく思いながら部屋をあとにした。
4時間目の古文が終わった頃、空腹で俺の胃はしぼみきっていた。何回鳴ったかわからない腹を擦る。今日は何にしようかなあ、雨だから食堂まで行くのダルいな、買ってくればよかったな、そんなダラダラとした気持ちは雨のせいだろうか。うなだれて外の雨を見つめていた。
そんな俺の肩を控えめに叩かれた。
「お、おい、スエちゃん」
その割には焦ったような声がする。宇留田だ。
「あん」
「何かした?お前」
「は?何が?」
宇留田は後ろに向かって指をさす。ふいと顔を上げると、入口にはあの大男が立っていた。
明らかな異装に、周りの生徒は距離を取ってガヤガヤしており、それに苛立ってか男の―深山の顔もしかめっ面になっていた。
「あ」
それに気づきもしないまま、イヤホン返すチャンスだ、と近寄る。
「スエちゃん大丈夫かな?ついてく?」
「やめとけよ、あれガチで関わっちゃいけないタイプのやつだろ」
宇留田と藤城はそんな噂話をしていたが、もちろんそれは聞こえない。
「おい」
ポケットのイヤホンを返そうと、話しかけようとした時。深山が俺の肩をグッと掴んで、ひっくい声で言った。
「ツラ貸せや」
え。
バカ怒ってんだけど………!?
「お、…………おおおお、う、おう」
えなんで?俺やっぱ悪いこと言ったんか!?
あれよあれよと廊下を連行されていく。目の前の人が避けて道を作っていく姿はまるでモーゼだ。
階段を降りて…というか、引きずり降ろされていく。
「あ、……あのちょっと…」
無視だ。図書室の前まで来たところで、勇気を振り絞ってその手を引っ剥がした。
「ちょっと待てって」
このフロアには会議室とか理科室みたいな、休み時間に人が来ないような部屋ばかりだ。図書室で飯は食えないから、この時間じゃ多分居ても少ない。ああ、あの角を曲がれば職員室なのに。頼む先生来てくださいお願いします。
「おっ俺なんかした!?したなら、あや、謝るけど、」
「………お前マジで言ってんの?」
ゴミを見るような目で俺を見下ろした。いやマジ何のこと?
怖すぎて、テンパりすぎて、俺は完全にバグった。
明らかにキレてるのに、そういえばイヤホン返さなきゃと、ポケットの白いケースを深山に押し付ける。
「そ、それより俺もお前に用事あんだけど!こっ、これ、落とし物!パクられたら困るから返そうと思っててっ!」
いや頼むこれで無かったことにしてくれー!!!頼むー!!!
ドッ、ドッ、と爆裂しそうな胸の音が俺の中に響いた。汗だくの手のひらから、イヤホンケースがするっと抜かれた。
「………パクったんじゃねーの?」
「パクってねーよ!落とし物ボックス入れたらそれこそパクられんじゃんか」
「……確かに…」
恐る恐る目を開くと、深山は、さっきまでの目つきじゃなくなっていた。
「そ、それ二万くらいすんだろ…」
「ああ、新品だとな」
「困ると思って…」
「ああ…」
「…でも確かに俺がパクったみたいに見えんね…」
許してもらおうと口からするする言い訳が出てきた。…いや、盗ってないけど。
「悪かったわ」
「えぁ、」
「パクられたと思ってた。悪い。すまんな」
深山から放たれた意外にも素直な言葉に、俺は一瞬呆気にとられた。
そこに、もう飯を済ませた3年生が自習道具を持ってやってきて、俺達はおずおずと横にはける。
「…ごめん、俺も」
「何が?やっぱパクった?」
「ちげーよ!先生に預けるとかあったかなって…それもそれで没収とかで怒られるかもなーって思ってやめたけど…」
「ふは、それはマジで最悪。お前が持っててくれてよかったわ。」
けらけらと深山はいたずらっぽく笑った。え、なに、あんま怖くねーじゃん。むしろちょっとフランクな感じ?
「サンキュ、スエちゃん。んじゃ。俺帰るわ」
「いや帰んなよ!」
思わずツッコんだ。
「午後バイトなんだよ」
「学校ある時間に入れんなって!」
「はは、ホントだよな」
深山はさっさと階段を降りて、俺に手を振って行ってしまった。反射的に俺も手を振り返す。
…あれ、意外といい奴か……?
てか俺名前覚えられてたな?なんで俺の名前知ってんだろ?
「あっいた。スエっち〜。大丈夫?」
階段際でぽかんとしていた俺の頭上から、心配してなさそうな宇留田の声がした。
「あ?え?おう。大丈夫」
「メシ行こ」
「行く行く」
藤城の誘いにも、反射でそう答える。腹が空いていたことを思い出しながら、俺は何度も雨の降りしきる窓の外を覗いた。
そこに一人分の傘がないかと、何かを期待して。
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