1 図書室の深山くん

4/4
前へ
/10ページ
次へ
翌日はまた雨だった。こういう日の午前中の体育の授業は最悪だ。蒸した体育館で汗だくになる。 「あっつ……」 ポタポタと顎から汗が滴った。先生がそんな俺達をこき使って、モップかけろと威勢良く言う。一番動いていない先生がやってんだから、俺達もやるしかない。 体育の合同クラスで峯田に会った。深山を見かけたか聞くと、やはり会っていないという。 「お前最近深山と仲いいの?」 あまりに聞くもんだからついにそんなことを聞かれた。 「いーや。あいつ図書室でサボってんだよね」 「あー。なる。てか来てんだ。まあどうでもいいけど」 俺だってどうでもいいのに、流石に新品で何万もするイヤホン落とされたら、なんかちょっと無視出来ないよな。 体育が終わって更衣室に行くと、やっぱり制汗剤の匂いでクラクラして、俺は早々に部屋を出た。 前もそれで図書室に涼みに来たんだ。今日も、深山に会えるかと思って中に入った。 涼しい。 …だけだ。深山は、居ない。 「(まだ学校来てないんかな…)」 2時間目に不良生徒が来るわけ無いか。昼休みにまた図書室に寄ろうと、その涼しさを名残惜しく思いながら部屋をあとにした。 4時間目の古文が終わった頃、空腹で俺の胃はしぼみきっていた。何回鳴ったかわからない腹を擦る。今日は何にしようかなあ、雨だから食堂まで行くのダルいな、買ってくればよかったな、そんなダラダラとした気持ちは雨のせいだろうか。うなだれて外の雨を見つめていた。 そんな俺の肩を控えめに叩かれた。 「お、おい、スエちゃん」 その割には焦ったような声がする。宇留田だ。 「あん」 「何かした?お前」 「は?何が?」 宇留田は後ろに向かって指をさす。ふいと顔を上げると、入口にはあの大男が立っていた。 明らかな異装に、周りの生徒は距離を取ってガヤガヤしており、それに苛立ってか男の―深山の顔もしかめっ面になっていた。 「あ」 それに気づきもしないまま、イヤホン返すチャンスだ、と近寄る。 「スエちゃん大丈夫かな?ついてく?」 「やめとけよ、あれガチで関わっちゃいけないタイプのやつだろ」 宇留田と藤城はそんな噂話をしていたが、もちろんそれは聞こえない。 「おい」 ポケットのイヤホンを返そうと、話しかけようとした時。深山が俺の肩をグッと掴んで、ひっくい声で言った。 「ツラ貸せや」 え。 バカ怒ってんだけど………!? 「お、…………おおおお、う、おう」 えなんで?俺やっぱ悪いこと言ったんか!? あれよあれよと廊下を連行されていく。目の前の人が避けて道を作っていく姿はまるでモーゼだ。 階段を降りて…というか、引きずり降ろされていく。 「あ、……あのちょっと…」 無視だ。図書室の前まで来たところで、勇気を振り絞ってその手を引っ剥がした。 「ちょっと待てって」 このフロアには会議室とか理科室みたいな、休み時間に人が来ないような部屋ばかりだ。図書室で飯は食えないから、この時間じゃ多分居ても少ない。ああ、あの角を曲がれば職員室なのに。頼む先生来てくださいお願いします。 「おっ俺なんかした!?したなら、あや、謝るけど、」 「………お前マジで言ってんの?」 ゴミを見るような目で俺を見下ろした。いやマジ何のこと? 怖すぎて、テンパりすぎて、俺は完全にバグった。 明らかにキレてるのに、そういえばイヤホン返さなきゃと、ポケットの白いケースを深山に押し付ける。 「そ、それより俺もお前に用事あんだけど!こっ、これ、落とし物!パクられたら困るから返そうと思っててっ!」 いや頼むこれで無かったことにしてくれー!!!頼むー!!! ドッ、ドッ、と爆裂しそうな胸の音が俺の中に響いた。汗だくの手のひらから、イヤホンケースがするっと抜かれた。 「………パクったんじゃねーの?」 「パクってねーよ!落とし物ボックス入れたらそれこそパクられんじゃんか」 「……確かに…」 恐る恐る目を開くと、深山は、さっきまでの目つきじゃなくなっていた。  「そ、それ二万くらいすんだろ…」 「ああ、新品だとな」 「困ると思って…」 「ああ…」 「…でも確かに俺がパクったみたいに見えんね…」 許してもらおうと口からするする言い訳が出てきた。…いや、盗ってないけど。 「悪かったわ」 「えぁ、」 「パクられたと思ってた。悪い。すまんな」 深山から放たれた意外にも素直な言葉に、俺は一瞬呆気にとられた。 そこに、もう飯を済ませた3年生が自習道具を持ってやってきて、俺達はおずおずと横にはける。 「…ごめん、俺も」 「何が?やっぱパクった?」 「ちげーよ!先生に預けるとかあったかなって…それもそれで没収とかで怒られるかもなーって思ってやめたけど…」 「ふは、それはマジで最悪。お前が持っててくれてよかったわ。」 けらけらと深山はいたずらっぽく笑った。え、なに、あんま怖くねーじゃん。むしろちょっとフランクな感じ? 「サンキュ、スエちゃん。んじゃ。俺帰るわ」 「いや帰んなよ!」 思わずツッコんだ。 「午後バイトなんだよ」 「学校ある時間に入れんなって!」  「はは、ホントだよな」 深山はさっさと階段を降りて、俺に手を振って行ってしまった。反射的に俺も手を振り返す。 …あれ、意外といい奴か……? てか俺名前覚えられてたな?なんで俺の名前知ってんだろ? 「あっいた。スエっち〜。大丈夫?」 階段際でぽかんとしていた俺の頭上から、心配してなさそうな宇留田の声がした。 「あ?え?おう。大丈夫」 「メシ行こ」 「行く行く」 藤城の誘いにも、反射でそう答える。腹が空いていたことを思い出しながら、俺は何度も雨の降りしきる窓の外を覗いた。 そこに一人分の傘がないかと、何かを期待して。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加