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〈1部〉1 王立ソルナ学園へ
『時の女神に祈ろう。忘れたい過去が見つかったなら、その“鍵”で閉じるんだ。分かったな? 簡単さ、そしてその“鍵”は必ず私に渡すように。いいな? それが対価だぞ』
重厚な門の中央には、創世記の神々を象徴する太陽神ソルと月神ルナのマークが生徒達を見下ろすように光り輝いている。身分は関係ない。貴族から平民まで通えるこの学園に唯一必要なのは“才能”、それだけだった。
「メリベルーーッ!」
門の前に立ち、噛み締めながら今日入学する学園への一歩を踏み出そうとしていたメリベルは、後ろから突撃してきた友人によって呆気なくその境界を超えていた。
「……もうシアったらッ!」
がばっと振り向くと後ろにしがみついている小柄な友人を抱き締めた。
初等部の頃に通っていた学校からの付き合いの友人は、一年会っていないだけでこれでも随分身長が伸びており、ショートヘアだった髪の毛も肩に付く程の長さになっていた。
「メリベルメリベルメリベル!」
「シアシアシアシア! このこの、可愛い奴め」
抱き込むように一年振りの再会をしていると、トンッと誰かにぶつかってしまった。
通り過ぎざまに目が会ったのはとんでもない美女。目の覚めるような美しい金髪に、すらりとした身長。少し冷たそうな瞳も相まって誰もが目を引く容姿をしていた。謝るのを忘れてメリベルが固まっていると、その後ろに続いた女生徒が目の前に立っていた。
「ちょっとそこのあなた。クレイシー様にぶつかっておいて謝らないなんてどういう事なの!? すぐにお詫なさい!」
「えと、すみません。久しぶりに友人に会ったので嬉しくてつい」
「なんなのそれは! そんなのが謝罪になる訳ないじゃない! 今すぐに頭を下げて……」
「アビー、止めて頂戴。こんな所で騒がないで」
美しい女性は声も美しいらしい。声は見た目に比べて少し高く、守って上げたくなるような可愛らしいものだった。
「このお方はクレリック家のご息女様なのよ。あなたのような平民?のような者が声を掛けても触れてもいいお方じゃないの。いいわね? 今度一切近づかないようにしなさいよ!」
言うだけ言うとアビゲイルはクレイシーの後ろを追い掛けていく。肩までの黒い髪を翻し、振り向いたお尻には揺れる尻尾が見えたような気がした。
「何あれ、何で言い返さないのよ! クレリック家と言ったら侯爵家だけど、メリベルだって侯爵令嬢じゃない!」
シアの声が入学して早々学園の広場に響き渡る。とっさにシアの口を覆うと、早足でその場を後にした。
次第に手の中でシアが重たくなっていく感覚に、メリベルはとっさに手を離した。
「ッはーー! メリベル酷いよぉ」
肩で息をしながら壁に手をつくシアの背中を擦りながら、メリベルはキョロキョロと周囲を見渡した。凝った建物は見かけだけではないらしい。柱一本、扉の装飾、階段の手摺り、硝子一枚をとっても一級品で揃えられている。どれも貴族の屋敷に置いても見劣りしない物で、さすがは貴族子息子女が多く通う学園の事はある。しかしこの学園は能力主義。貴族でも平民でも高い能力があれば身分に関係なく学ぶ事が出来る、王国揃ってのエリート校だった。
「なんかだか中等部までの学園とは違って何て言うか、全てが高そうって感じだね。間違って壊しちゃったら弁償しなくちゃいけないのかなぁ」
「生徒の中には平民もいるのよ? わざとじゃなければ大丈夫だと思うわ。それにしても……」
メリベルは小さく息を吐いた。
「迷ったわね」
「!? もう! メリベルが連れてきたんだからね!」
「入学式に遅刻はまずいし、とにかく人の流れを探さないとッ」
シアはいつの間にか腰に縋り付くようにして立ち、知らない場所に侵入してしまった猫のように周囲を警戒しながらグイグイと背中を押してくる。
「ほらあそこ、私達と同じじゃない?」
取り敢えず建物から出て裏庭らしき場所を歩いていると、開けた場所で生徒達の集団を見つけた。メリベルはシアの手を取って走り出した。
「絶対遅刻なんて出来ないんだからシアも走って!」
「そうそう、そんな情けない姿をあのお方にお見せする訳にはいかないもんね? どうせこのお休み中も何度も会っていたんでしょう? 私には一度も会いに来てくれなかったのに。薄情者め」
「一度だけお会いしたわ」
「一度だけ? たった一度?」
「そうよ」
「なんで? 同じ王都に住んでいるのに。一年の間にたって一度だけ!?」
「だってお忙しいお方だもの。それに私達だってこの一年はただのお休み期間じゃなかったのよ。高等部に上がる前に将来をしっかり見据えて……」
「つまり本当に一度しか会っていないって事なのね!?」
耳の側で怒鳴り声が鼓膜を震わせてくる。ユサユサと体を振られ、シアが複数人に見えた。
「だからそう言ってるじゃない」
「メリベル、こんな事は言いたくないけれどね、あなた達は異常よ。私でさえ、こ、こ、婚約者とは定期的に会っていたのに」
今度は顔を真赤にしたシアを追い詰める番だった。
「ほうほう? 私でさえなんだって? それは自慢しているのかなシア君。婚約者と会って何しているのか言ってごらんなさい」
次第に人の波に乗り、入学式の会場となる広い講堂に到着していたらしい。じゃらけて絡み合いながら歩いていたメリベルとシアは、奇妙な物でも見るような冷たい視線に気づき、さっと身だしなみを互いに整えた。
そこはさすがエリート学園。国内の優秀な学生達が集まっているだけあって皆賢そうな顔をしている……気がする。メリベルは背筋を伸ばすとさっと髪の毛をひと撫でした。
講堂は授業を受ける校舎とは離れ、一際立派な聖堂のような造りになっている。それもそのはず、ここでは生徒達が祈りを捧げられるよう聖堂の役割も兼ねた造りになっていた。
「うわぁ、素敵ね」
思わず声が漏れてしまう。入った講堂の窓には美しく大きなステンドグラスが嵌め込まれ、昼は太陽の光を、夜は月の光を取り込めるように設計されている。今は太陽の光を通したステンドグラスが講堂全体に降り注いでいた。この学園は魔術によって光を灯していると聞いていたが、もしかしたらステンドグラス自体に魔術が施されているのかもしれない。それ程に講堂内は幻想的な光に包まれていた。
上を見ていると後ろからぶつかられる。ドンッと前によろけると、その後ろから大あくびをした中年が入ってきた。その周囲だけざわめきが起こり、シアが心配したようにぐいっと体を引き寄せてきた。
「ガキ共入り口を塞ぐな」
謝るでもなくボリボリと頭を掻き、肩までの長ったるしい灰色の髪は絡まっているように見える。その者はこともあろうか、入学式の会場に薄汚れた白衣を肩から掛け、中に入って行ってしまった。そして迷う事なく教師達の集まる方へと歩いて行く。後ろからシアが怪訝そうにその背中を追っていた。
「あれってもしかして先生? 嘘でしょ……」
「一瞬薬草の匂いがしたから、もしかして魔術の授業のどれかを受け持っているかもね。私達が教わる先生かも」
「嘘でしょ、詰んだよ。あんなやる気のない先生! しかも、しかもなんか不潔だし」
「シア! 何でも思った事を言わないように!」
急かすようにシアの背中を押しながら、事前に通知が来ていた座席へと進んでいく。学園では家門よりも成績が優先される為、侯爵家のメリベルと男爵家のシアでも近い席になる事が出来た。二人挟んで席に着いた時、講堂全体がドッと動くような悲鳴が上がった。
「ジャスパー殿下よ! ジャスパー殿下ーー!」
(ジャスパー様!? どこにいるの)
周囲から悲鳴と歓声が湧き上がりどこを見ていいのか分からなくなる。人々の視線を辿って振り向いた先、辛うじて人と人の隙間から見えたのは、この国の第一王子ジャスパー・オリオンだった。
数人の取り巻きを連れて颯爽と歩いてくる様は崇高な儀式を見ているかのような美しさで、メリベルは声の限り叫んでいた。
「ジャスパー様ーー! メリベルはここにいますッ! ちゃんと入学して出来ていますからね!」
一瞬視線がこちらに向いた気がしたのは気のせいだろうか。ジャスパーは聞こえなかったのか、それとも声は聞こえたがどこにいるかまでは分からなかったのだろうか。
(仕方ないわね。男子生徒達の間に埋もれていたし)
メリベルは声を出してすっきりし、ストンと席に着いたのだった。
「ッく、でっけー声ッ」
ジャスパーの後ろに着いていたアイザックは何とか吹き出すのは堪えたが、喉はプルプルと震えていた。
「アイザック。それ以上喋るな」
「後でリーヴァイとノアにも教えてやろっと」
「アイザック? 聞こえていなかったようだな」
ジャスパーの冷えた声に、アイザックは眼鏡をクイッと押さえて頬の緩みを隠すと、第一王子の最側近らしい顔つきで、成績上位者達が座る一番前の席へと歩いて行った。
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