5 抱えているもの

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5 抱えているもの

 真夜中、まだ執務室にいたアークトゥラス侯爵は侍女に呼ばれて薄暗い廊下を足早に進んでいた。  夜の屋敷は数人の使用人と侯爵家の護衛騎士が見回りをしているだけ。昼とは別の顔を見せる屋敷内の、更に静まり返った地下への入り口に到着すると、階段口辺りで呼びに来た侍女とは別の者がソワソワとその前を行き来していた。メリベル専属の侍女メラニーは当主の姿をみとめると、手に持っていたランプを差し出してきた。  階段下からは、扉を開けては閉める音が響いている。アークトゥラス侯爵はその音のする方へ向かいランプを持ち上げると、見つけた姿に小さく安堵の息を漏らした。  メリベルは寝間着姿のまま真っ暗な部屋に入ってはまた閉めるを繰り返していた。そして何かを探してはまた出てくる。そしてまた部屋の中に入ろうとしてドアノブに掛けた手を止めるように握り締めた。 「メリベル、手がこんなに冷えているじゃないか」  しかしぼんやりとしたメリベルはまだ扉を押し開こうとしている。アークトゥラス侯爵は一緒に部屋に入ると、手に持っていたランプで中を照らした。物置部屋は使わない物ばかりの為、そのほとんどに布が掛けられている。特別に貴重な物はなく、メリベルが赤子の時に使っていたベッドや、家具や季節毎の行事にしか使わない道具が置いてあるだけだった。 「母様がいる気がするの」  ぽつりと呟いたメリベルの手を強く握り、一緒に中に入っていく。そして隅々まで誰もいるはずのない部屋の中を確認した。 「ここにはいないみたいだよ。どうしてそう思ったんだい?」 「なんとなく。ここを思い出したからここにいるのかなって。でもほら、この部屋は寒いでしょう? 開けてあげないと出て来れないから見に来たのよ」 「そうだったのか。でも大丈夫、母様はこんな所にはいないよ。母様はどんな所にも自由にいけるんだ。だから万が一ここにいたとしてもちゃんと望む所に行けるんだよ」 「でも鍵が掛かっているから、迎えに来ないと出て来られないでしょ」  アークトゥラス侯爵はメリベルの肩を抱きながら微笑んだ。 「それならこうしよう。私がもう一度部屋を見回ってくるから、お前はもう部屋に戻って休みなさい。お父様に任せてくれるね?」 「……うん、お願いお父様。お母様がいるかもしれないからちゃんと声を掛けてね」  アークトゥラス侯爵は扉の向こうに控えていたメラニーに目配せをすると、メリベルを見送った。そしてしばらくしてから誰もいない物置部屋に鍵を掛けた。階段を上り、待っていた護衛騎士は申し訳なさそうに鍵を受け取りながら言った。 「鍵の保管場所を変えた方が宜しいでしょうか」 「そんな事をして確認したい場所に行けなかったから大変な事になってしまうだろう。鍵はこのままでいいが、危険な事がないように様子は見ておいてくれ」  アークトゥラス侯爵はメリベルの部屋へ足音を抑えて入って行くと、すでに寝息を立てているメリベルの頬に掛かった髪を避けてやった。すると薄く目が開いた。 「お母様はいた?」 「いいや、やっぱりあそこにはいなかったよ」 「良かった。あそこは暗くて寂しいもの。そんな所になんていなくて良かったわ」 「ああそうだね。もうお休み。愛しい子よ」  頭に口づけをするとアークトゥラス侯爵はその足で私室へと向かって行った。  妻と共に使っていたベッドに横になり、胸元のタイを緩めると深い息を吐いた。そして徐ろに立ち上がると本棚を横に移動させ、壁にある隠し扉に自分のペンダントを押し込んだ。扉は難なくしてフッと消える。中は歩き回れる程度には広く、剣やペンダント、ドレスに宝石、そして妻が愛用していたブランケットが展示品のように並んでいた。そっと細身の剣を手に取り抱き締めると、部屋の中に飾られている妻の肖像画を見上げた。
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