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「まだ、着かないのですか?」  つまらなそうに朝食を食べる手をとめて、姫は尋ねた。ウェールは地図を広げる。自分たちが目指す先は大陸の東の果て、『最後の庭』と呼ばれる。奇特な魔法使いの終の住処となった場所だ。 「まだまだ着きませんよ、あと二十日ほどかかる計算です」  ふう、と息をつく姫の姿に、祖国で蝶よ花よと愛されていたころの面影は消えつつある。豪奢な衣装も華美な装飾品もなくし、それでもせめてと祖国にいたころのように髪型だけは変わらず、盛ってリボンをあしらっていた。  翡翠のような瞳もまた変わっていない。  変わらぬ瞳で水の入った木杯の水面を眺めてはそれを煽る。  自分も飲むかと傍らに目をやるが、ない。  木杯を置く。姫のそばにふたつあった。 「あ、それ、私の……!」  何か問題が、とでも言いたげに姫が鼻を鳴らすとウェールは肩を落とした。  この旅もウェールひとりだけであるならまだはやい。魔力で空を飛べば、いまのように馬で二人乗りで山を越えたりする苦労をせずに済む。  しかし姫は魔法を使えなかった。そもそも言い出したのは姫なのだ。  いわく、桜を見たい、と。 『最後の庭』には桜の樹が現存している。奇特な魔法使いはその魔力をもって異世界を幻視することができた。その幻視した姿を描写したスケッチをまとめた本は始め、周囲の人びとの好奇心を煽ったが当然、それを信じぬ者も出てくる。  魔法使い自身も好奇心を抑えられず、研究の末ついに異世界の一部をこの世界に転送することに成功したのだった。  それからというものスケッチをまとめた本は木版で印刷されいつしか世界中で読まれることとなる、魔法使い亡き後も人気はとどまることがなかった。  祖国にもその噂は伝播し、ある旅の魔法使いがその一冊を献上するのと引き換えに永住を望んだのだ。  姫の祖父にあたる人物が王を務めていた時代の話だった。
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