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「離婚、しよう?」
矢崎くんからの返事はない。
沈黙に耐えかねてなにか言おうとしたら、ようやく彼が口を開いた。
「それは、俺が鏑木社長の甥だからか」
今度は私が黙る番だった。
その理由は当たっているが、はい、そうですと素直には答えられない。
「俺だってアイツの甥だなんて嫌だ。
でも、こればっかりはどうしようもないんだ。
それを理由に離婚なんて切り出されても困る」
苦しそうに矢崎くんの顔が歪み、私も息が詰まる。
私だって彼が、アイツとは違う、誠実で優しい人だって知っている。
でも、わかっていても感情では受け入れられないのだ。
「……ごめん」
沈黙。
「でも、私と離婚して」
「嫌だ」
起き上がった彼が、私を押さえつける。
彼の目には静かな焔が燃えていた。
「俺はずっと、純華と結婚したいと思っていた。
やっとその願いが叶ったんだ。
手放すわけがないだろ」
傾きながら近づいてくる顔を、ただじっと見ていた。
あの、形のいい唇が私の唇に重なり、離れていく。
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