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そこは、部屋の奥が見通せないくらいに、広い空間でした。
そして床一面に、おびただしい数のセミどもが、仰向けに横たわっています。
彼らの背中の羽はボロボロに破れ、中には半分ほどちぎれてしまったものもいます。これでは、春が来ても飛ぶことはできないでしょう。
そんなみすぼらしい有り様とは対照的に、どのセミも、異様に膨れてツヤツヤとした腹をさらけ出しています。
ブブブ……というのは、酔ったセミどもの間抜けな羽音でした。
彼らの傍らには、琥珀色の"食料"の欠片が、だらしなく散らばっています。
良く見ると、どのセミの細長い口元にも、溶けて飴のように流れた"食料"が、べったりとこびりついていました。
「時は来た! 1年の働きを労おうぞ!」
ワアアァッ……と地響きの如く歓声が反響します。
気がつくと、広間のあちこちに、仲間のアリたちの姿がありました。
ベータチームの仲間――57号や、若い93号の姿も見えました。
「さぁ、我が子どもたちよ! 無礼講である! 思うまま、飢えを満たすが良い!!」
女王様の号令を合図に、アリたちは満足に動くことのできないセミどもに、一斉に群がりました。
琥珀色の"食料"の匂いに、すっかり酔っ払ってしまった84号もまた、うまそうに膨らんだセミの腹にかじりつきました。
しびれるように甘い汁が口中に広がり、冬の間続いていた空腹に染み渡っていきました。
セミどもの断末魔の羽音が、段々と小さくなっていきます。
やがて森の恵みを喰い尽くし、満たされたアリたちは、幸せな眠りに就きました。目覚めれば、また地中で働く日々が続いて行くのです。
しばし静寂に包まれたアリの巣穴の遥か上――地上では、山から風が吹き下ろし、凛とした沈黙が灰色の空から降り積もります。
白い布団に覆われた世界は、まだ遠い新しい春を夢見ながら、深い眠りの中に沈んでいきました。
【了】
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