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黒竜出現
パシュミナ王国の北側にはミンタニア山脈がある。
瘴気が濃く、魔物の出現率も高い為人々が近寄ることは少ない。
魔物の住処たる山脈は王国の端にあり、山脈の向こうは断崖絶壁。そして荒れ狂う海があった。その過酷な環境の中、魔物の最上位と言われる竜は、子を産み育てる。
竜の中でも最上位と言われる黒竜。魔物には知性が無いと言われるが、上位の魔物になると人と同じように知性を持つ者も現れる。
その黒竜が、赤子が産まれた朝。王国の上空より城の庭に降り立った。
『創世の女神は気まぐれだ』
警備に当たっていた人間には目もくれず、そっと黒竜は呟いた。
禍々しい巨大な瘴気の出現に、城内にいた魔導師や王族もバルコニーや庭の入口から外を見る。
「…黒竜…」
恐れるように声無き声で正妃が呟く中、王国を治めるルッジート王は護衛の制止を払い足早にバルコニーに出る。
『パシュミナの王よ、遅くなった』
「お初にお目にかかりま…」
国を治める王ではあったが、目の前の巨大な瘴気を前に震える声を抑えれない。
魔物最強と謳われる竜。その中でも頂点に君臨するのが、赤い瞳を持った黒竜。通常の魔物では持ち得ない知性を持ち、人ならざるものながらして、人と対話することが出来る。
いくら国を治める国王とはいえ、圧倒的な力の差を本能で感じ取れば、恐怖に戦いても不思議ではない。
『良い。要点のみを述べる。』
堅苦しい挨拶を制し、黒竜は話を続ける。
『そこの赤子。我の力で閉じ込めてはいるが、そなたらではどうする事も出来まい。赤子が育ち、力を制御出来次第そなたらに戻す。それまでは我が預かろう』
黒竜は少し顔を上げ、目線を上にする。
すると何も無い空間に、赤子が収まった赤い球体が現れ空中に浮かび上がる。
『この赤子…“竜の核”を持っておる。故に幼き身体では“力”を治めることが出来ぬのだ。』
赤い球体の中では、赤子を燃やし尽くしそうな勢いで炎が渦巻いている。
『…竜の核!?』
『うむ。本来であれば竜しか保有しないはずの“竜の核“が、この赤子の体内にはある。』
会話が進むにつれ、国王の周りの者も正気になり話を聞き入る。予想だにしない内容。国王を差し置いて口を挟むことは出来なかったが、周りの動揺を表すように静かだった空気がざわめき出す。
『創世神の悪戯なのか、何か意味のあるものなのか…我にも分からぬが…このまま赤子を王都に置いていても、更なる被害が拡がるより他は無い』
待望の第1子の誕生。しかし手放さねばならぬ心情を理解してなのか、黒竜は話を続ける。
『この国の辺境の地、竜の巣と呼ばれる山脈にて預かる。先程も申したように、“力“が制御出来るようになったら…その先はお主らで考えるが良い。我の関する事ではないな。』
国王は黒竜の言葉に、胸に手を当て頭を下げる。
拒否権など無い。なすすべもなく、国を燃やし尽くされる訳にもいかない。
『時折遣いを寄越すが良い。』
そう言うと、黒竜は大きな翼を広げ浮かび上がる。器用に赤子の入った球体を前足で掴み、そのまま上空へと羽ばたいた。
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