ヴィペール・スウィラ・アスピスの弟子

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ヴィペール・スウィラ・アスピスの弟子

1階に降りたフレッサは、プテリュクスに『エペルという名の薬師と接触した』事を、ルーファスに『潜入元の対象者と接触した』事を、魔術帯で作った鳥を使って報告した。 報告内容を変えたのは、当然プテリュクス側の状況を優位にする為。レオノーラの事がある為、プテリュクスが先に動かなければならない事もあるからだ。 名前が分かれば、今の分かっている情報と合わせて新たに分かることもある。 プテリュクスからの連絡を待つ事にし、再度フレッサは2階に戻った。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「ロン、エペルという名の女性に覚えはあるか?」 ティグラートはロンの店を訪れていた。レオノーラが潜入捜査に当たっている不安をロンにぶつけていた所であった。 そこにプテリュクスからの報告が着た。 「…ある。ヴィペールが側に置いていた者だ。オドオドした、あまり自分の意思を持たない女だった気がする。」 「…じゃあ、そのエペルという女が聖水を造ってる可能性が濃厚になってきたな…」 カウンターで向かい合って座っていた二人は話す。 「…しかし早かったな…潜入するのが。流石に副団長の要職に就くだけの事はあるのかな、レオノーラ嬢は…」 ロンは予想外という反応をする。ロンと接している時のレオノーラは女性で、マオに優しく微笑む優しげな人物だ。 「…そうだな…。誇らしいような、しかしもう撤退して欲しいような…あぁ〜、複雑…」 「…自分の女にしてから言え」 ロンは呆れてティグラートに言う。ティグラートは片思い中なのだ。 ここに来店している時に、レオノーラの前でティグラートの近況を話す事がある。相槌をし、微笑む彼女がティグラートを追う意思がない事は明らかだった。しかし未練はある。そう感じていた。 声には出さず、ロンはティグラートに、まぁ、頑張れ…と思う。 ロン自身も執着の強い男だ。しかし目の前の男も凄いと思う。 一度、出逢ったその日しかまともに逢ってないはずだ。もう諦めてもおかしくはない。むしろその後はろくに逢ってもないのにその執着。怖い。 しかし不思議とティグラートからは後暗い感情は感じ取れない。彼の恋心は綺麗なものだ。そう言った意味では、ロンの方がどす黒い感情に近い恋情だ。 自分がなれなかったものに、ロンは羨ましくも思うのだ。 健やかに育てられたおかげかな。育ての親でもないのに、ロンは何とも言えない考えに自分で笑った。 ◇◇◇◇◇◇◇ エペルの許可を得たので、炊事場で簡単な食事を作っていたレオノーラの所に、エペルを連れ立ってフレッサがやって来た。 「起きて大丈夫ですか?」 「はい。あ…あり…がとう…ござ」 辿々しく話すエペルはまだ緊張しているのだろう。自分が家主だと言うのに。レオノーラは微笑んでエペルを見る。 「…具合が良くなってよかった。私達は勝手にお邪魔してるだけだから、そう気構えないで。言い間違えても大丈夫、責めたりしないわ。ゆっくり話して。」 そう言われ、エペルはホッとする。 そしてそんな自分を不思議に思った。普段なら、そんな事を言われれば言われる程緊張してしまう。勿論責められたら話せなくなるが。 レオノーラの笑顔はエペルを安心させた。 そしてレオノーラも、任務とは別にエペルの緊張を解いてやりたいと思った。 環境も状況も違う。しかしレオノーラは常日頃から秘密を守る為に身構え、ひたすら緊張して過ごしている。そんな姿を認識されることすら許されないのだ。 だからこそ、どうすれば緊張が解かれるか分かった。 ティグラートと接した自分が、彼の微笑みで警戒心を解いてしまった時の様に。優しく、常にレオノーラの事を考えてくれたティグラート。こんな形で彼はレオノーラの中に生きている。 未だ恋しくても逢えない。だからこそ、唯一くれた記憶がレオノーラに色々な感情をもたらした。その一つは他人に対しての優しさだった。 「簡単で悪いけど、お言葉に甘えて食事を作ったの。一緒にたべましょう?」 レオノーラの言葉に、エペルは頷いた。 野菜を煮込んだスープとパンをテーブルに運び、三人で食卓につく。 「…では!食事の前に自己紹介を!…私はフレッサと言います」 フレッサはエペルにニカッと笑い、子供のような笑顔を見せる。警戒心を抱かせない為だ。子供じみた仕草の方が安心出来るだろう。潜入の為にも必要だが、奇しくもエペル自身が怯えなくて済むだろう。 「そして!姉のレオノーラです!」 大袈裟に両手をレオノーラに向け、フレッサはレオノーラを紹介する。 「よろしくね、エペルさん」 女性同士ということもあり、エペルは笑顔を見せ始めた。 「今日は大変ご迷惑をお掛けしました。食事まで作って頂いて…」 「あら、材料はエペルさんのお家の物よ?」 レオノーラはクスクス笑う。 「ちょっとお行儀悪いけど、お話しながら食べましょうか」 そう言うと、三人で食べ始めた。 「早速だけど、何であんなに粉まみれになっちゃったの?」 レオノーラは首を傾げて聞く。何も知らないから聞いているように見せかけながら。 「…ちょっと…お薬造ってて…魔術陣…間違っちゃったの…」 エペルは気まずそうに俯きながら言う。 「…いつも…私…昔から師匠にも怒られてばかりだったから」 「そっか。私も両親には怒られてばかりで、何時も自信がなかったわ」 エペルに話を合わせながらも、レオノーラは少し本当の事を混ぜて話す。 エペルに入れ込んでは任務が果たせない。しかしどうも可哀想になってくるのだ。 「でも独り立ちしてお仕事してるんだから、偉いね」 レオノーラは励ましたくて言った。 するとエペルは少し驚いた顔をして、静かに涙を流した。
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