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アミナス教使徒討伐 3
レオノーラは再び認識阻害のピアスを着けた。
「男の姿であろうとも、女の姿であろうとも、私は騎士だ。己が立てた誓いは守る。」
レオノーラはエペルの手を取り、手背を己の唇に寄せた。口付けることは無く、跪く事はしなかった。
しかしエペルは嬉しそうに微笑んだ。
「…私も…貴方の存在に…感謝し、貴方の任務が無事に遂行出来るように協力します…。」
「…ありがとう…」
「…私もです。レオノーラ・ラグラード卿。」
フレッサはレオノーラの傍らに立った。
「…我が主から、主の名を明かす許可は頂けていません。しかしあなたを護ると、主の命に従い、己自身に誓います」
レオノーラは、フレッサに頷いてみせた。
本当であれば、誓いを立てるには弱い言葉。しかし本当の自分を見せる事で、フレッサはレオノーラに誓いを立てた。レオノーラはフレッサの誠意を感じた。
レオノーラは、信じれる仲間が出来た。その喜びを今、感じていた。その仲間は自分を護ると誓ったが、レオノーラもフレッサを護ろうと思った。
「…さて。レオノーラ嬢。」
ロンが口を開いた。名を呼ばれ、レオノーラはロンに向き直る。
「此度の件…協力者としてザバス卿にお願いしている。これよりザバス卿からの伝聞だ。秘密裏に、兵を集めている。今時点では王宮騎士を動かす事は出来ない。そこで傭兵を集めている。聞き分けの良い者を選んでいるので、実際に『族』が来た時は『名を明かし』『主の名のもとに』存分に傭兵を使い討伐するが良い…との事だ。」
ロンがカーチスからの伝聞を言った。
ロンとカーチスの繋がりが見えなかった。そしてその繋がりの見えない事実こそ、レオノーラに隠されている他の事実もある様に思えた。
「…この度の件は、私が知らない事柄も含まれているのでしょうか?騎士を動かすという事を表沙汰に出来ない何か…」
レオノーラは、アミナス教の暴動計画の一端を担う、『聖水の製造』についての潜入捜査の命でここに来た。
極秘であるとはいえ、ルーファス殿下からの直接の命だ。
なのに騎士が動かせないという。
「…それに関しては私は把握していない。使い走りだからな」
ロンは嘯く。何れは知れる事だが、討伐を前に話題を避けた。レオノーラのアキレスでもある、父の話だからだ。
宰相に内密に動いているのだ。王宮騎士は動かせない。
そして段々緊張感が高まっている王宮の警備は、少しでも人数がいった。
今はカーチスの言う通りに従うしかないという事だろう。
しかし疑心を抱くだけでは無い言葉もあったからだ。
カーチスは信頼出来る上司だ。
そのカーチスが、時が来たらレオノーラの『名』を明かし、『主君の名のもとに』己の名を挙げよと言われているのだ。
それによりルーファス殿下の護衛としての実績を積めと。
カーチスの言葉を信じるのであれば、手配される傭兵もレオノーラに従う兵士として使う事が出来る者達だ。
「…ロンバート陛下と団長の繋がりが分からない以上、多少の疑心はありますが…」
「…陛下は止めてくれ。既に市井の身だ。本来ならばこのような表に立つ事は望んではいないのだが…まぁ、スピアーノが関わっている以上…逃げ場がなくてね…。まぁ、後はエペルと直接話す必要もあった。それ故に使い走りにされたのだ」
ロンの言葉はすんなりとレオノーラの中に入ってきた。
普段、ロンはマオを猫の姿に変えている。そして尋常ではない警戒心を持ってマオを護っている。店を訪れる度にそれは実感していた。
マオの本来の姿を、友人と言ったティグラートにすら見せていないのだ。
レオノーラは頷いた。
「…では、ロンさん。伝聞、拝聴致しました。ザバス卿は私にとって最も信頼の置ける上司です。分からぬ事情があろうとも、従います。」
「…では、人員の配備についての流れを伝えよう」
ロンは満足そうにそう言った。
◇◇◇◇◇◇
ロンとその場の皆で、これからの流れを話しあった。
傭兵は今日中に配備されるという事。
エペルの店の周りに、アミナス教の使者が来ても気付かれないように配備する。
突入は、レオノーラの溢れる魔力を放出する事を合図とする。
それならば打ち合わせが密でなくても突入出来る。
しかしロンから『魔力は多量に放出しないように』と忠告された。認識阻害の魔術陣が壊れる可能性があるとの事だった。
最低限、しかも一瞬に留めるようにとの事だった。
普段から魔力を使用しての戦闘に縁のないレオノーラだ。かなりの不安があったが、まぁ傭兵に見えれば良いだろうと頷いた。
エペルはそのまま店に置く。
本当であれば保護して遠ざけたいが、アミナス教との接触の際に、来訪した者がアミナス教の使者であり、聖水を受け取る事で討伐が可能になる。
レオノーラとフレッサが出来るだけ側に控え、取引の時は出来るだけ近くの影に潜んで護る事になった。
そして全てが終わったら、エペルは今後このような事に巻き込まれないように保護される。
「…では、ロン様は私がお見送りを致しますので、レオノーラ様はエペルさんと共にお願いします」
レオノーラにそう告げ、フレッサはロンと共に外に出た。
「歩きながら話そうか。あまり時間も取れまい」
ロンの言葉にフレッサは頷いた。
「ファーデン閣下からは、引き続きレオノーラを護る様にとの事だ。そして今回の傭兵とは、竜帝騎士団だ。騎士服は着用せず、傭兵としてここに来る。ファーデン閣下はティグラート陛下の繋がりが強い為、レオノーラに顔を覚えられるのは得策とも思えないので来ないとの事だ。」
手短に話すロンに、フレッサは頭を下げる。
「承知致しました。」
「…レオノーラの名を挙げるために、存分に暴れるが良い…との事だったぞ?」
ロンは笑いながら言った。
竜帝騎士団が王都で暴れるらしい。フレッサは一抹の不安を抱えたが、まぁ何とかなるだろう。なんと言っても使命があってやってくるのだ。竜を引き連れてくる訳でもない。何とかなるだろう。そう考えた。
そしてプテリュクスは、レオノーラが名を挙げる事を良しとしてると理解した。何れティグラートがレオノーラを娶るなら、そんな名声は要らない気もしたが、その前に宰相閣下から身を守る為に必要という事なのだろう。
「……主君の命ならば従うまで。」
「伝えておこう。では、エペルを頼む」
ロンとフレッサはその場で別れた。
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