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ミンタニア山脈の乱痴気騒ぎ 1
レオノーラが魔術師の制圧に当たっていたその時、ミンタニア山脈では魔物の頂点に君臨する竜の群れが動き始めていた。
上級の魔物である竜は、近隣の魔力にも敏感だ。
魔物であれど、動物にも近い。魔物は何時でも本能のままに動く。興奮すれば争い、恐怖に怯えれば身を縮こませる。
そして人間に対しても、好きな人間には指示に従う。懐く。場合によっては腹を見せる。
山脈に生息する竜は黒竜が長となる。長の黒竜は体格もよく、人の5倍は大きい。そして赤竜、青竜、緑竜を初め、黒竜よりも魔力が劣る竜は黒竜より小さい。しかしそうは言っても竜である。他の魔物から見れば巨体で恐ろしい。
レオノーラが制圧中に放った白銀の光が放たれた時、竜を初めとした他の魔物達、動物達が王都の方角をを見た。魔物は本能のままに。
白銀の魔力は、魔物や動物にとって“癒し”を与える。
本能的に、近くに行きたくなるものだった。
魔物や動物が光に向かって動き始めるのは、当たり前のことであった。
◇◇◇◇◇◇
ティグラートを初めとしたミンタニアの面々は、爆発的に立ち登った白銀の光の柱に勢いよく振り返った。
「…なっ…!」
驚きの声を上げるティグラートの横で、ロンは呻く。その足元でマオが弱々しく鳴いている。
「…うわぁ〜…、これはまた…」
光の柱を目にして、ロンは頭を抱えている。
その様子を見て、ティグラートはよく分からないと言わんばかりの顔をする。
「…あれはレオノーラの魔力だよな?」
「…そう。大暴走…、抑えろって言っておいたんだがなぁ。まさか真逆をいくとは…」
夜の闇の中、光り輝く柱は遠くのミンタニアの地ですら確認出来た。
「…まあ…、レオノーラが兵を率いて制圧に出るのは初めてと言う話だから…頑張ってる…、うん…」
自分が怒られている訳でも無いのに、ティグラートの語尾が弱くなってくる。
「…阿呆。あんな力見せつけられてみろ。もしあの光に力がなくても利用しようと思うだろうが。王宮かアミナス教かオルビタ教か…他国の可能性すら出てくるぞ。」
ロンはやたらと大きな溜息を長くつく。
そんな時、ティグラートの自室に迫る巨大な魔力を皆が感知する。
「…黒竜?」
「…そうだな。どうしたかな?」
ティグラートはバルコニーに出てみる。すると目前まで黒竜がやって来ていた。
「…どうした…?…と言うか…何だ、この魔物の気配…移動してる?」
『…主…、魔物と動物達が王都に向かって動き出している』
黒竜はティグラートを主と呼び、更にミンタニア山脈の状況を説明した。
「…光の柱…か?」
『そうだ。あれは“光”の“癒し”だな。魔物や動物が向かうのは仕方ない』
黒竜は庭に着地し、ティグラートと目を合わせ話す。
「…仕方ないじゃ済まないな…お前の命令は聞き入れないのか?王都に向かうなと…」
『…まぁ、主がそう望むならやってみるが…アレは“魅了”でもあるだろう。ネコにマタタビだな。』
黒竜はあまり成果が上がらないと言わんばかりに言い放つ。
しかしティグラートの願いは叶えようと、その場で大きな咆哮を上げた。
「耳!耳、やられる!!」
同室にいた騎士団の面々が呻き出す。屋敷全体が揺れ、周りの土地も地震が起きたように揺れた。
そして黒竜が鳴き止み、少し様子を見た。
『…うむ…半々だな。竜を主に、上級の魔物辺りは駄目だ。話を聞かん。中級から下の魔物は我の咆哮で止まったな。』
黒竜は顔を山脈に向けて言った。
知性を持った竜が話を聞かないと言う。マタタビ説は当てはまっているようだ。
『まぁ、仕方ない。アレが主の番いじゃ無ければ、我も自分のモノにするだろう…』
「…は?」
黒竜の言い草にティグラートは間の抜けた声を出す。
“番い”についても物申したい所ではあるが、竜の長たる黒竜ですらそのような事を言い出した。
『…それ程までに、あの“光”の魅了は素晴らしい。むしろ魔性だと言いたいくらいだ。…あの光をくらえば、敵も反撃しづらかろうな。…あの番いは虐げられて育ったと言っておったな』
「…お前にそんな話をした覚えはないが…?」
ティグラートは、むしろいつもの様に脱力しそうな話の流れを感じた。黒竜にレオノーラの話をした事などない。するきっかけすら無い。
『…主が話す事を聴いていなくてどうする。我はお主に従える黒竜ぞ。』
側にいない所での会話を聞いていた。言葉を悪くすれば、ミンタニアの山脈にいながら盗み聞きしていたという事だ。
黒竜の話に、ロンを初めとした面々は少し面白そうに聞いている。知性のある黒竜とは言え魔物だ。それが人間と同様にティグラートに従っている。力関係で主従関係が成り立っていた訳では無いということだ。
『主の望みが分からずして、忖度が出来ようか?…あの光を持ってしても虐げられて育ったというのならば、本来であればとっくに殺されていたのだろうな…あの番いは…』
黒竜は後ろめたさは欠片もなく、忖度の為に盗み聞きをしていたと言う。確かに黒竜は、ティグラートが望んだ時には言葉に出さずとも姿を現す。
そして黒竜は気になる事を言った。レオノーラは、本来ならば殺されていただろうと言うのだ。それ程までに、レオノーラは父であるジシークに憎まれて育ったという事だ。この場では、何故それ程まで憎まれていたか分からないが。
『…それはともかく…アレを止めぬ事には。我の制止は聞かぬようだ。』
「…ではどうする?黒竜殿」
ロンは口を挟んだ。さすがに魔物を止めるという策はロンにもプテリュクスにも思いつかなかった。征伐なら分かるが。
『…竜の核を持った長が動けば良い。簡単な話だ。』
黒竜はそんな事も思いつかないのか?と言わんばかりに言った。
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