167人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ
ミンタニア山脈の乱癡気騒ぎ 2
とにかく龍の群れを王都に向かわせる事を阻止する為、ティグラートは黒竜の背に乗り出立した。
『…主…とりあえず最初に言っておく。いざとなったら魔力の解放をすれば竜は山脈に戻ると思う。』
本能的に、敵わないなら従うのが魔物だ。力関係で押さえ込めという事だろう。
「…出来れば避けたいがなぁ。ミンタニアを悪目立ちさせるだけだろう」
ミンタニア山脈は魔物の巣と言われているが、基本的にはただの田舎扱いだ。
竜や魔物を逆撫でする人間の出入りは避けたい。人間も魔物も、両方が穏やかに過ごすのが一番だとティグラートは考えている。
そこにティグラートの魔力を放出すれば、人の視界に入る。忘れられた土地であるべきなのだ。
忘れられた土地だからこそ、ティグラートはそこにいる。
自分が忘れ去られるべきだと思っているからだ。
竜の核を保有し、尋常じゃない魔力を保有する人間。
潰すだけならば、ただ一人で一個小隊を簡単に撃退出来、1個大隊であろうとも多少の苦戦はしようとも、消滅させる事が出来るだろう。
それ程までに、ティグラートの魔力量は千万無量だ。
しかしティグラートは王として君臨する事も、ましてや独裁も興味が無い。ミンタニアのこの環境を守り、平和に田舎で過ごせば良いと思っている。
他の魔物と違い、上級の魔物である竜であれば話をする事が出来る。何とか鎮まってくれれば良いが。
黒竜の背に乗り、そんな事を考えながら竜の群れに近付いた。
程なくして竜の群れの先頭の前にティグラートは辿り着いた。
正直、このような事態は初めてのことであった。つまり現状、無策のまま竜の群れの前にいる。
どうすれば良いか思いつかないまでも、とりあえず威圧の為に、ティグラートは何時もよりは魔力が身体から溢れるように解放する。
すると紅と闇の色が交差するように入り交じった、巨大な魔力がティグラートを中心としてゆっくり拡がる。
それは透明な水に落とした絵の具のように、弧を描くように拡がる。
その魔力に、竜の群れは動きを止める。
「竜達に告ぐ。このまま退いて元の所まで戻るがよい。」
ティグラートは静かに竜の群れに告げた。
決して大きくないその声は、無自覚にもティグラートが己の舌で紡いだ魔術帯が絡んでいた。
そしてその言葉は魔物の頂点の、更に上に君臨する王の言葉だった。ティグラートは生まれながらにして『竜の核』を保有する絶対王者だ。逆らう事は本能が許さない。
しかし抗えない誘惑を前に、竜の群れは動きを止めただけでその場を去ろうとしない。
「…聞き入れよ。」
その言葉を切っ掛けに、より一層の魔力の放出がされた。
爆発的は放出では無いので、魔力感知が出来ない者であれば周辺にいない限りは気付かれない。
そしてここはミンタニア山脈。人の出入りの無い土地。魔力が現時点で感知出来る者はティグラートの屋敷にいる者だけ。
『…竜核の主よ…』
竜の先頭にいる赤竜がティグラートに話し掛けた。
『…我らはアレが欲しい…。これは我らの本能が訴えかけるモノだ。…それとも…人間である主には分からぬか?』
赤竜はティグラートを見据えた。
そしてこのままでは、赤竜を初めとした竜の群れはティグラートに向かって来る。
向かって来られたとて恐れを抱く訳では無かった。
しかし今まで同様に、このミンタニアで静かに過ごして欲しいと考えるティグラートには少々不都合であった。
しかしティグラートは別の事を考えていた。
レオノーラはティグラートが最も欲している女性だ。
竜からすれば『番い』にしようとしている者だ。
それを横取りさせろと言われている様なものだ。
ジワジワとティグラートの中で怒りが増す。
そしてそれは紅の魔力となって、更なる魔力の放出に繋がった。
魔力を感知出来る者からすれば、そこは既に大地が割れマグマが溢れた状態にすら見える状態であった。
「…ほぉ…アレを私から奪うと…?」
怒気しかないその言葉は、竜の群れを戦かせる。
「…私はお前達に恩義を感じている。…幼き頃より世話になったからな…」
怒りの焔は、ティグラートの紅き瞳を更に燃え上がらせる。
立ち向かう事が出来る者など、誰1人、竜のどの個体でも無理だと思わせた。
「…だが、アレを私から奪うと言うのであれば話は別だ…。向かって来るが良い。…消し炭になりたければな。」
普段の、温厚なティグラートからは信じられないくらいの怒り。そしてレオノーラへの執着心が紅の魔力となりその場を支配した。
竜のどれも、もう逆らう事はしなかった。
『…竜核の主よ…主の気持ちは分かった…我らに逆らえるはずもない…』
こうして竜の群れは山脈の竜の巣へ戻った。
「まだ自分の女でも無いのに、その執着心!怖いわっ!」
誰も口にしなかった言葉を、執着心の塊であるロンがティグラートに言い放ったのであった。
最初のコメントを投稿しよう!