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偽硬貨製造について
そこは夜の蝶の住処。
麗しき夜の蝶が撒く鱗粉に触れれば、その夜限りの泡沫の夢を魅る事が出来る。
泡沫の夢が魅せるのは、美しき蝶の舞。
金色の硬貨を引き換えに、蝶は今宵も殿方の上で舞い踊る。
「トレーネは何処に着いている!?私が来てもコッチに来ないとは!!」
パシュミナ王国最大の娼館にて。
その夜はいつもに比べて娼館内が騒がしかった。
その娼館のトップ3の内の一人。トレーネの指名が取れないと騒ぐ顧客が入口で騒いでいた。
大枚をはたく事は出来ても、彼女の時間は買えない。
既に彼女は娼館内で顧客を選ぶ立場になっていた。
入口が騒ぐ客がどれ程叫んでも彼女が現れることは無い。
店の護衛に店を追い出されて終わるのだ。
「…宜しいのですか?コチラは構いませんよ?」
トレーネと共にいたプテリュクスはトレーネに尋ねた。
その隣でカーチスがブランデーを口にしていた。
「あら?プテリュクス様が私の心配をして頂けるなんて…。嬉しいですわ。てっきりカーチス様を取り合うライバルかと思っていたのに…」
何度か店を訪れた事のある彼らは、既に砕けた口調で話せる仲になっていた。
ここでは身分は関係ない。
「…何言ってんだ?」
カーチスはトレーネの言葉を聞き、怪訝そうな顔をする。
何故自分が、プテリュクスとトレーネの間で取り合いになると言うのか。
「やだ…カーチス様。私がカーチス様をお慕い申しているのはお分かり頂けてると思っていたのに…。」
「…それも嘘くさいけどよ、プテリュクスが何でそれに参戦するんだよ」
変な話で面白がるなとカーチスは笑う。
「…もうっ。自覚ないっていや〜。カーチス様はプテリュクス様のお気に入りなのは分かりきってるのにぃ」
トレーネはカーチスの空のグラスに新たな酒を作りながら、横目でカーチスを可愛く睨む。
「ね〜っ、プテリュクス様」
トレーネの言葉に、プテリュクスは腹に一物確実にある、そんな顔をする。
「…この顔、…これをお前は“俺を慕ってる”って判断するのか…。」
カーチスは呆れながら話す。渡されたグラスに口をつけ、満足する。
「…フフっ…だからカーチス様は可愛い…。」
プテリュクスはカーチスと同じブランデーを口にしながら二人の会話を聞いている。女性がいる時は、話の主導権は女性に渡しておけば良い。面倒くさがりの一面もあるプテリュクスは何時でもそうしていた。
「可愛いカーチス様に大満足〜。フフっ…じゃあ、私の愛してるもう一つのモノのお話もカーチス様に言っちゃおうかしら」
何が楽しいのか、トレーネはクスクス笑いながらカーチスに寄り添って座る。そして腕にすがりつきながら話した。
「…何?宝石?」
「…やん、カーチス様。宝石は素敵だけど、すぐに手に入るじゃないですか。」
ケロッと言うトレーネに、カーチスは少し呆れた顔をする。
宝石は、トレーネが言うほど簡単には手に入らない。手に入れるにはそれなりの対価が必要だ。
「…宝石も、お金も…私の時間も…黄金の輝きがなくてはダメ。なのに…最近の黄金の輝きは、私の好きな輝きが無くて…。」
トレーネは自分の指を口元にあて、微笑みながら話す。
「…フゥン…、そのお前の大好物の黄金を曇らせてるのは誰だ?プテリュクスが退治してくれるって」
「…何で私なんですか?貴方の仕事でしょう?飼い主に言いつけられてるんでしょうに…」
カーチスに名を出されたプテリュクスは笑いながらカーチスに言い返す。
「もうっ、悪者退治を姫の為にしてくれるって立候補してくれない王子様なんて酷いっ」
トレーネはカーチスの腕から身体を離し、赤ワインを口にする。
「…とんでもない、お姫様…。貴方に憂いをもたらしている悪者はどなたで?退治してしんぜよう。」
「…嬉しい…金貨は輝いてないと…」
トレーネはカーチスが座る横に膝立ちで立ち、手にした赤ワインを口にする。そしてその赤ワインはカーチスの口に自らの口で移していく。
「…フフっ…なんて素敵なマリアージュ…カーチス様と赤ワイン…味わい深いわ…」
「…俺は食いもんか…」
慕っていると言う割に、トレーネから遊ばれているカーチスは片目を眇めた。
その様子を気にすることも無く、プテリュクスは話を継続した。
「…金貨か。国内のどれ程がすげ替わっていると?」
「…3分の1くらい…って素敵な方が仰ってたわ。最近、女神像を手にした御方…」
トレーネは、カーチスの口の端から伝い落ちた赤ワインを舌先で舐めとる。そして楽しそうな表情のまま、プテリュクスに向き直って言った。
「…本当に食いもん扱い…」
トレーネからもたらされた赤ワインを嚥下し、ソファに背を預け天井を見上げたままカーチスは呻いた。
「…それはそれは…素敵な高級品を手に入れるにはどれ程の金貨が必要だったのやら…」
プテリュクスは顎に手を当て、フッと笑いながら言った。
「…今、スピアーノの大器…コッチに来てるんだろうなぁ。でもさぁ、大器ぶっ放したとしてさ、アミナス教の教皇に登り詰めれる程アミナス教の上層部は弱ってるのか?」
「…上層部が死ねばなれるでしょう」
カーチスが口にした疑問を、プテリュクスは簡単に答える。
「…え〜、そんな都合良く…いや、…イケるか…」
「はい、成人の儀です。オルビタ教の式典にはなりますが、アミナス教も式典の終了後に謁見予定がある筈…。祝辞を王太子に述べるんではなかったですか?」
トレーネはカーチスに抱きつきながら、本格的になった話の邪魔をしないように黙っている。
「…無理やりねじ込んできたからな。アミナス教もそろそろオルビタ教に成り代わりたいよなぁ」
「……成り代わる…」
そこでプテリュクスは黙り、思案し始めた。
悪辣百般なプテリュクスが考え出す事は、とても嫌な予感しかしないカーチスは、何となくトレーネにしがみつく。
トレーネはカーチスの頭をヨシヨシする。
「…な…何?」
「…仮定です。オルーサがアミナス教の教皇になるには頭が足りないと思います。」
その時点で、トレーネが吹き出した。
「…手足のジシーク閣下も同様です。あんな羽虫に使われる時点で痴れてます。」
大きな声では反論できなかったが、カーチスも口は悪いのに、『言い方ってねぇか?』などと呟いている。
「…では、オルーサは何故野放しに?」
二人の様子を歯牙にもかけず、プテリュクスは続ける。
「…アミナス教の教皇が、オルーサが暴動を起こして大器で散らかした後始末の名目で現れたら?…目立つ手段としては、女神を見つけたいですね…。この前、光り輝く柱が夜空に立ってましたね…」
「腹黒には腹黒…」
「本来は王宮の宰相の役目なんですけどね?ザバス卿?」
プテリュクスはニコリと笑う。怖い。
「…私なら、そうします。女神を手に入れて、壊滅したオルビタ教から教徒の改宗を狙う。せっかくオルーサがお膳立てしてくれるんですから。ついでにオルーサの傍に影を付かせて、偽金と入れ替えて溜め込んでいる金貨は自分の物として奪う。」
その場が静まり返る。
「…オルーサ様の側仕えは、マガルという司祭です。」
「…女神の保護は請負う。マガルという司祭の確認を頼む」
溜息混じりにカーチスは言った。
決断の早いカーチスに、プテリュクスは満足そうに微笑んだ。
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