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桜も雪も乗り越えて
ほんのりと淡く色づいた白い花びら。
風に舞い散るその花びらは、雪にも似ている。
雪が苦手だった僕にとって、桜の花が咲き乱れる時期は、憂鬱でしかなかった。
地面に落ちて無惨に踏みつけられて汚れていく桜の花びらを見ていると、為す術も無く、吹雪に包まれ眠りにつくしかなかったあの世界でのできごとを……僕ではない僕が過ごした前世の記憶を思い出してしまうから、好きにはなれなかったんだ。
だけど今は……。
「晴れて良かったわね。絶好のお花見日和だわ」
僕の隣には、キミがいる。
桜の木々を見上げて、キラキラとその瞳を輝かせて、僕へと優しい笑顔を向けてくれるキミの存在が、僕にとって救いとなった。
違うはずなのに。
似ていないはずなのに。
昔から繰り返し何度も夢の中で見た僕ではない僕の記憶に鮮明に残る、憂いと慈愛を湛えたアクアマリンのような色の澄んだ瞳と儚い笑顔を浮かべていた巫女の姿とキミの姿が重なるんだ。
誰かと重ねて見てしまうなど、彼女にとっても失礼なのに。
ふとした時に見せる仕草、表情……彼女と夢の中の巫女は、あまりにも似ていたんだ。
「桜は苦手なのかしら?」
「え?」
突然問いかけられて、困惑した。
「雪を見上げていた日もそうだったけれど、あのあと、他の木より早く花を咲かせた桜を見ていたあなたが、同じような表情を浮かべていたわ」
僕の頬に手を添えて、眉を八の字に下げた彼女が心配そうに僕を見つめている。
「泣きたいのに泣けない、そんな表情よ?」
自覚はなかったけれど、どうやら僕は、そんな表情を浮かべていたらしい。
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